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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
コボルドの見習い聖騎士
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第四章 『そういうもの』の願い(5)

 僕たちはコーレン司祭に王都レウザリムに向かうことを告げ、大聖堂を発つことにした。逆にコーレン司祭からセラフィーナが大聖堂を飛びだしたという話を聞いたけれど、彼女の使命のためだから大丈夫、などと聞きかじりの話はできなかったから、見つけたら連れて帰る、とだけ答えた。

 ここで言う僕たちというのは、僕と、エレオノーラ、ムイム、それに『護衛の人』の四人だ。

 エレオノーラはまず田園地区でハリスンの所に寄り、ストーミーを買いつけると言った。エレオノーラはストーミーのこともよく知っていて、ストーミーは普通の馬ではなく、天上の馬、セレスティアル・ホースと呼ばれる異次元の馬を祖にした血を引いているのだと教えてくれた。

「セレスティアル・ホースは、異次元界にも順応するし、一度覚えさせれば次元転移や次元跳躍も覚えるの。ストーミーを買ったら、王都の近くまで全員転送するわ。そうすれば次からはストーミーが瞬時に運んでくれるようになるわよ」

 エレオノーラはそう説明してくれた。けれど、正直その時は、僕の頭には半分くらいしか入っていなかった。

 ぎくしゃくと付いてくる『護衛の人』が気になって仕方なかったのだ。

「大丈夫?」

 と、ささやき声をかけると。ビクッと『護衛の人』の中の彼女が体を震わせた。

「聞いたから分かっているよ。鎧が大きすぎるんだよね。痛かったりはしない? 平気かい?」

 こくん、と鎧がうなずいた。

「ラルフ様、私は平気です。お邪魔には決してなりません」

 くぐもったささやき声が、鎧の奥から返って来た。言葉とは裏腹にとても難儀していそうな声で、僕は吹き出し笑いを抑えられなかった。

「だめだよ、すごい苦しそうじゃないか。デルデラは必ず止めなければいけないけれど、それだって、君を無理させていい理由にはならない。エレオノーラに姿を変えてもらって、その鎧は置いて行くのはどうかな」

「……ありがとうございます。正直、ちょっと辛いです……」

 そう言った『エレオノーラ』の声は、今にも泣きだしそうだった。

「頼める?」

 エレオノーラに僕が聞くと、

「ちぇ、随分この子に優しいのねえ。人の説明も半分聞かないでさあ」

 彼女は不満そうに口をとがらせてから、ひらひらと手を振った。

「そうしましょう。というか、そっか。私がこの姿にこだわらなければもっといろいろ単純だったのね。今更遅いけど……なんで気が付かなかったんだろう」

「うん、それは僕も気になっていた。護衛の人の立ち位置のまま自分ができると名乗り出ていれば、ロッタが名乗り出る必要もないんだし、入れ替わりだって必要なかったんじゃないかなとは思う」

 僕もうなずいた。けれど、それを責める気にはならなかった。

「でも、それは別にそれでよかったんじゃないかな。完璧に正論の対応ができる人なんていないよ。そういう隙みたいなものがある心が、『そういうもの』になっても君から失われていないことの方が、ずっと大切なことなのかもしれないよ」

「やだ、このコボルド。そういう言い方はどこで覚えてきたの。よく恥ずかしげもなくスラスラ出て来るよね」

 エレオノーラは笑い転げんばかりの態度だった。そんなにおかしかっただろうか。

「ごめん、ごめん。そんな顔しないで。あんまり優しかったから、ちょっと素直にありがとうって言えなかったの。ごめんね、それにありがとう。救われた気がする」

 僕たちはもう一度僕の部屋に戻り、エレオノーラはピクシーの姿に変わり、『エレオノーラ』は鎧を脱いだ。それから、僕たちは大聖堂を出た。

 田園地区に着いた僕たちはハリスンにストーミーを買うことを告げた。価格は高かったけれど、代金はすべてエレオノーラ(ピクシーのほうだ)が支払ってくれた。

 ハリスンに連れてこられたストーミーは、ようやく正当な主人を見つけたように、まっすぐにエレオノーラの前へ来て、頭を低く下げた。彼女がピクシーの小さな手で鼻筋ををなでると、ストーミーは気持ちよさそうにおとなしくしていた。

「いい子ね。よく待っていてくれたわ」

 ハリスンが手綱や鞍をつけてくれている間じゅう、エレオノーラとストーミーは静かに触れ合っていた。

「昨日君に反応したのも、彼女が迎えに来たのかと一瞬思ったのかもしれないね」

 それを眺めながら僕が『エレオノーラ』に声をかけると、彼女はこくんとうなずいた。

 用意が終わり、僕たちはストーミーに乗って牧場を後にした。僕が前で手綱を握り、『エレオノーラ』が後ろで僕にしがみついて乗っている。ムイムとエレオノーラは、器用にストーミーの頭の上に座っていた。

 僕は手綱を持っていたけれど、ほとんどしがみついているだけの状態だった。ストーミーはエレオノーラの指示を理解している様子で、彼女の誘導に従って走った。

 手綱や鞍があるのと、裸馬では、乗っている僕たちの安定性が全く違っていた。だからだろう、昨日のストーミーの速度は、まだ全力ではなかったことを僕は思い知った。

 ある街から程度の距離まで、ストーミーは街道上を駆け抜け、エレオノーラに誘導されて、街道脇のけもの道に逸れた。

「さて、ここから本番よ。転送ポータルを開くわ。全部ストーミーに任せれば大丈夫」

 エレオノーラが振り返って言う。

「かなり反動が来るから、しっかりつかまっていて。いい?」

「分かった」

「はい」

 僕と『エレオノーラ』は短い返事をした。

 それを聞いたエレオノーラはストーミーの頭の上に立って前を見据えた。何か僕には分からない言葉でストーミーに告げているのが聞こえてきた。

 エレオノーラは、僕たちがイメージしているような、まじない的な、複雑な動作などは何も行わなかった。だた前を見据え、両手を無造作に前に突き出しただけ。

 たったそれだけのことで、呪文の言葉を口にするようなこともなく、気が付けば僕らの前には突然真っ黒い亀裂のようなものが現れた。ストーミーは吸い込まれるように、躊躇なくその亀裂に駆け込んだ。

 その瞬間だった。

 僕の体は、何かが目に見えない壁のようにぶつかったような衝撃に襲われた。確かにこれは先にエレオノーラが注意してくれていなかったら振り落とされていたかもしれない。

 必死にストーミーにしがみついて耐える。思わず目を瞑ると、自分の口の中から、奥歯がぎりぎりと鳴っている音が聞こえた。

 全身がばらばらに砕けそうな痛みをこらえていると、耳元で誰かがささやく声が聞こえた。

「頑張って。あなたはやれる」

 大丈夫だと答える余裕は僕にはなかった。それでも少しずつ、ほんのわずかずつ、痛みは和らいでいく。やがて痛みは我慢できないほどのものではなくなり、僕は目を開けた。

 そこは何色とも形容しがたい空間で、光も闇もなかった。ストーミーは相変わらず走り続けているけれど、その足元には地面もなかった。風もなくて、僕には、進んでいるのかいないのか、全く判別がつかなかった。

「もう一度反動が来ます。気を付けて」

 ささやく声が、耳元でまた聞こえた。横を見ると、そこには小さな銀色の光が飛んでいて、僕はそれで、僕たちが確かに進んでいることを知ることができた。僕はその光にうなずいて身構えた。

 一度体験したからだろうか。二度目の衝撃は先程ほどのものには感じられなかった。僕らの周りに光があふれ、気が付くと、ストーミーは僕が知らない草原を走っていた。

 あたりを見回しても、銀色の光は見つからなかった。エレオノーラだったのかもしれない。

「すぐにレウザリムの軍用門に着くわ。一般には開放されてないけれど、お父様から通すよう言ってもらってあるから、心配しないで」

 と、エレオノーラがストーミーの頭の上で前を向いたまま告げた。

「コボルドもいるってことも伝わっていると思っていいのかな?」

 僕が一番の懸念材料を聞くと、

「エレオノーラと一緒に着くコボルドは味方だって知らせてもらってあるわ」

 エレオノーラはきっぱりと答えてくれた。それを聞いて安心した。

「かなりきつかったね。『エレオノーラ』は大丈夫だった?」

 僕の背中にしがみついている『エレオノーラ』に尋ねると、彼女から元気な声が戻って来た。

「ラルフ様が盾になってくださったので、ほとんど私は衝撃が来ませんでした」

 それはよかった。僕の小さな体でも案外捨てたものではないのかもしれない。

「よかったよ」

 僕は答えて、次にエレオノーラに言った。

「ありがとう、エレオノーラ。君が励ましてくれなければ衝撃に耐えきれなかったかもしれない」

「え? 私は何も言ってな……」

 エレオノーラが驚いて振り向いてくる。そして、すぐに驚きの表情を浮かべた。

「それ、いつの間に持っていたの? あなた、護符なんて首に下げてた?」

 その声に驚いて、僕は自分が初めて護符を首から下げていることに気が付いた。表面には竜の姿が彫られた護符で、裏面が平たい。

 知らない護符だった。

「見せて」

 エレオノーラが飛んできて、表面の竜の彫刻を見る。そしてしばらく指で撫でて言った。

「大切にしないとね。それは竜の護符よ」

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