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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
善色の悪業
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第一章 竜使いの討伐(8)

 そう聞かれて、答える訳がない。

 半竜人の緑の体の中に、目立って輝く黄金色の目を、無言で睨み返す。半竜人の背後で、先程のフェアリードラゴンが左右に控えた。

「まあ、聞いたところで、敵に教える訳がない、か」

 半竜人は不敵に笑った。

「儂は、ゴラウという。ゴラウ・ドーランダ。逃げ出したティフェリを連れ戻さねば、主に首を刎ねられる。ここは譲ってはくれぬか」

「一応聞いておく。主とは誰だ」

 だいたい答えは予想がついている。それでも、頭ごなしというのは、僕の格に関わる。爬虫類としての。僕は聞くだけは聞いた。

「君の想像通りだよ。儂の主は、レダジオスグルムだ」

 半竜人が頷く。それ以外の答えはこちらも対応に困っていたところだ。意外性のない状況で僕としても狼狽えなくて済んだ。

「まあ、待て。相手が君だというのであれば、儂に争う意志はない。勝てぬ相手には挑まんのが信条でな」

「フェアリードラゴンを嗾けておいて言ってくれる」

 僕は一笑に付した。状況が穏便ではないことは明白だった。

「それは相手が分からなかった為に、ドレイクを襲撃する輩にお灸を据えようと思っただけのことだ。ワイバーンも戻ってこなかったので、何者かに討たれたのだろうとも思っていたからな。儂とて可愛い子等を殺されて黙っている訳にはいかん」

「成程」

 僕は頷いた。

 道理ではあった。確かに横から第三者が首を突っ込んで手勢を殺したら、腹にも据えかねるのは理解できる。とはいえ、ティフェリはワイバーンを知らなかった。ゴラウの言葉がすんなり信用できる訳でもなかった。

「受け入れる必要はないということが分かったよ。目の前で襲われているひとがいれば助ける。それの同類が徘徊していると知ればこちらから討伐に打って出もする。当然だと思わないか?」

「そちらの立場ではそうだろう。だからこそ儂は戦意を撤回した。フェアリードラゴンに襲わせた非礼と暴力も詫びよう。だが、話だけは聞いてくれんか」

 ゴラウは頷いた。

「結果が平行線なのは変わらないと思うが、いいだろう。聞くだけは聞こう」

 相手に戦意がないのでは、話も聞かずに斬りかかる訳にもいかなかった。他に選択肢がなく、僕は剣を収めずに、ひとまずは話だけ聞くことにした。構えは解き、すぐには争わない意志を示す。

「有難い」

 と、ゴラウは答え、まず、質問から入った。肩に担いだ戦斧の頭を地面にずしりと落とし、両手で柄尻を支える。向こうもすぐには襲い掛からないという意思表示だ。

「アラスネスカの灰は知っているか?」

 書籍で見かけたことがある。アラスネスカというのは女竜の名だ。その女竜が滅びた灰であると言われていて、青銅製の壺に納められているという。三百年前のものとも、二百年前のものと噂される、比較的新しい秘宝だ。ただ、その女竜の正体は不明とされている。

「聞きかじり程度には」

 僕が答えると、ゴラウは満足そうに二度、頷いた。

「博識だな。それであれば僥倖」

 そう告げて。彼は本題に入った。

「あの娘、ティフェリは、まだ子供ではあるが、優秀な錬金術師だ。主の命を受けた者が、あの娘を保護し、劣化が激しい灰壺の修復を任せていた。だが、ティフェリはその者の目を盗み、脱走したのだ」

「保護、ね。軟禁の間違いじゃないのか?」

 レダジオスグルムの手勢など、どうせろくなものではないだろう。僕は苦笑した。

「彼女を捕えていたのが誰で、今どうしているかなど、聞いても意味はないのだろうな」

「そうだな。既に粛清された者の名を聞いてもどうにもならんだろう。それに、事実が軟禁であろうが、儂にはどうでも良い」

 ゴラウの話は簡単だった。要するに、粛清されたそいつの代わりに、ティフェリの捕獲を命じられたという訳で、それに失敗したら、ゴライも責任を取らされ粛清されるというだけの話だ。

「同情はする」

 僕はため息交じりに言った。

「だが、僕がその娘さんを知っているか、知らないかに関わらず、お前をこのまま探しに行かせる訳にいかないことは理解できた。粛清については、仕える主を選ばないからだ、とだけ言っておく」

「ならば仕方があるまい」

 ゴラウは戦斧を担ぎ直して、首を振った。

「どの道死ぬのであれば同じこと。儂は、君に挑もう」

「そうか。ならば、相手になる」

 僕も頷いた。

 剣は構えない。彼我の実力でいえば、彼の言葉に偽りはない。フェアリードラゴン二体を数に入れてなお、勝負は見えていた。

 互いに、動く。踏み込むのは僅かにゴラウの方が速かったか。どちらでも結果は変わらない。

 ゴラウの陰から、左右同時にフェアリードラゴンが散開しつつ、光弾を乱射する。良い連携だが、しかし、狙いは甘い。

 僕は光弾の間をすり抜け、振り下ろさせるゴラウの戦斧の軌道の下を一瞬速く駆け抜けた。まず右を、そして、左を。フェアリードラゴンを蹴り飛ばし、昏倒させる。フェアリードラゴンは強いと思えば、主人を簡単に替える移り気な気質でも知られている。あるいは生かしておけば僕に従うかもしれないから、殺しはしない。

 右へ飛ぶ。背後から、振り向きざまのゴラウの戦斧の一撃が、空間を裂くような苛烈さで閃いた。

 しかし、僕は当然その範囲外だ。そして。

 僕の剣と盾は地面にあった。弓矢に持ち替え、僕はそれを引き絞っていた。この一瞬で、既に、勝敗は決していた。

 闇を貫いて飛んだ矢は、ゴラウの眉間に突き刺さり、頭蓋を割った。

「がっ、これほどかっ」

 ゴラウは大量の血を吐き散らしながら、笑った。そして、戦斧を放り出し、地面に仰向けに倒れた。

「ここまで……勝負にならぬかよ」

 放物線を描き、回転しながら飛んで行った戦斧が地面を打ち、けたたましい音をたてた。

 彼の為に弁解しておくと、ゴラウが油断していた訳でも慢心していた訳でも、最初から諦めていた訳でもない。ただ純粋に、なるようになっただけの順当な結果だった。

「ふはっ、ふふっ、ふははっ」

 ゴラウは血と脳髄を割れた頭蓋から溢れさせながら、それでもまだ生きていた。とはいえ、徐々に鈍くなる瞳の光が、死が呑み込もうとしていることをはっきりと物語っていた。

「コボルド相手に……手も足も出んか……悪くない。世の中、こうで……なくてはな」

 その言葉を最期に、ゴラウの全身から、ぐったりと生気が抜ける。

 僕は剣と盾を拾うと、ゴラウの首を剣で斬り飛ばした。彼がどのような理由でレダジオスグルムに仕えていたのかは知らないし、知る必要もなかった。どのような生涯を歩み、どのような経緯でドラゴンテイマーとなったのかも興味はなかった。

 レダジオスグルムがアースウィルに放った手勢の一人で、アースウィルの害になっていることが分かるから、排除しただけだった。僕は地面を汚しながら転がっていくゴラウの首を眺めながら、シーヌに思念の中だけで語り掛けた。

《聞こえる?》

《ええ。当たり。そいつよ。次はそこから北東に向かった国》

 返答があった。勿論、僕にはテレパシーの才能はない。シーヌが僕の思念を拾ってくれたのだ。

 そうではないかと思ったけれど、僕がムベイロンの地で成すべきことが終わった訳だ。シーヌの言葉に、僕は盾を背負うと、空間に小さなポータルを開けた。

 そこに手を突っ込み、カルドにもらった地図を引っ張り出す。亜空間魔法はとても応用がしやすく、便利だ。

《距離は? 北東だと、おそろしく広大な土地、ヘイレン。その向こうだと、ラズレンシアという土地になるみたいだ。その先は北極の海だね。いずれにせよ、月単位の旅になるな》

《少し待って》

 シーヌもアリスの記憶を探るのにまだ慣れ切ってはいないようで、僕の問いへの回答には少し時間が掛かった。

《ラズレンシアね。北方海に面した雪国らしいけど、一応不凍港はあるみたい。一旦ムベイロンの地を西に抜けて、船旅にした方が早いかもしれない》

 その答えに、地図をなぞる。ムベイロンから視線を西にずらすと、アラテア、と呼ばれる国名が目に入った。

《分かった。その方が良さそうだ。ありがとう》

 僕は短く礼を言うと、テレパシーでの会話を終えた。そして、丁度、その時。

 二体のフェアリードラゴンが気絶から復帰した。ふわりと浮き、主人の亡骸を見下ろしてから、こちらを見て。

 二体とも捨て身で突っ込んできた。

 想像以上にゴラウに懐いていたらしい。僕は軽く落胆しながら、首を刎ねた。

 ゴラウ達の骸は特に葬らなかった。ムベイロンの森の獣達が処理してくれるだろう。

 僕はその場をすぐに立ち去り、キャンプに戻った。


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