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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
コボルドの見習い聖騎士
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第四章 『そういうもの』の願い(4)

 それでも、エレオノーラの話はまだ終わりではなかった。

 一方で、と、言ってエレオノーラは僕の前に座りなおした。そして、話の内容を変えた。

「その後、この次元に私は帰還したけれど、新しい問題を抱えることになったわ。それは『エレオノーラ』が次元魔法の素質を発露させたこと。実際のところ、『エレオノーラ』があなたに語った話は、あの子が体験した話という意味では本当にあったことなの。彼女は自分の精神体の一部を奪われ、危険な精神界の観察を繰り返したわ。実のところそれはすべてデルデラたちの感知するところで、あの子が精神界に接触するたびに、デルデラは手中にある彼女のかけらを通して、魔力を必要な時に制御下におけるように自分の支配下に置いたわ。けれどそれでは王都の次元壁を崩すには足りなかった。それでデルデラは『エレオノーラ』の魔力を使用することを諦め、さらなる次元術の素質保持者に狙いを定めた。それは、セラフィーナだった」

「彼女にもその素質が?」

 僕は驚くしかなかった。思いもよらない人物の名前に、僕はあんぐりと口をあいたまま綴じるのをしばらく忘れた。

「そう、セラフィーナ自身はそのことを知らないだろうと、ロッタは言っていたけれど。ロッタはセラフィーナが狙われていることに気づいていた。彼女がこの街に来た理由、彼女が大聖堂に残らなければいけなかった理由が、それなの。彼女はここに残り、セラフィーナを守らなければならなかった。彼女が連れ去られたのは、おそらく、彼女ではデルデラを倒せなかったから。セラフィーナの身代わりとなって自分がついていったのだと思う。目の前で妹を連れ去られたセラフィーナは、今頃司祭様に自分が妹を助け出すと押し問答をしているころだと思う。そして、彼女は制止を振り切り、大聖堂を飛び出していくわ」

「……」

 僕はエレオノーラの言葉に何も言うことができなかった。すべてを知っているからこそなのだろう、彼女の目には深い哀れみがあった。

「……表向きは」

 しかし、彼女の次の言葉に、僕が想像もできないような恐ろしい流れのようなものが、根底にあるのだと知った。

「あなたは知るべきだから教えてあげる。あなたが夢という形で啓示を得てこの大聖堂に聖騎士の訓練を修めに来たように、彼女もまた啓示を得てこの場所にいたの。そしてそれは彼女が決して脚光を浴びる道の啓示ではなかった。あなたは光と影の両方に愛される道を歩くわ。その裏で、彼女は決して誰からも称賛されない、けれどこの世界のために必要な道を歩くわ。セラフィーナとロッタのことは、あなたは探さなくていい。彼女たちは彼女たちの成すべき道をもう歩き始めているから。けれど覚えておいていてあげて。あの子たちの道は、いつまでもあなたの足元を固めてくれる。そのための生贄のような使命に、セラフィーナは少し感情的にあなたに当たったかもしれないけれど。それは自分の使命がそういうものだと知っていたからなの。だから、あなたは最後まで、彼女たちの名前だけは、覚えておいていてあげてほしいの」

「分かった……正直、話が突飛すぎてうまく解釈できる自信がないけれど、きっと忘れないようにするよ」

 僕は絞り出すように言った。正直もう誰に流されているのか分からないような、ものすごい恐怖心でいっぱいだったけれど、僕は、とにかく、覚えていることだけくらいなら、今の自分にもできることだと思った。

「これで、私があなたについていった理由、ロッタが残らなければいけなかった理由がそろったけれど、それじゃ何故ポータルの解除にロッタが名乗りを上げたのかだけれど」

 エレオノーラはこともなげに言った。

「彼女もまた、私が行かなければいけないことを知っていたからよ。だから、私たちは、もしあなたがエレオノーラは連れていけないと言い出した場合には、こうしようと二人で決めていたの。他の人が名乗りを上げてしまうと面倒なことになるから」

「なるほどね」

 乱暴だけれども、結果セレサルのポータルは無事解除されたわけだから、僕から今更反論することはしなかった。第三者としてエレオノーラが名乗りを上げちゃ駄目だったの、とは思ったけれど、今更終わったことを蒸し返しても何にもならない。

「さて、そろそろ『エレオノーラ』の話にまた戻るね。『エレオノーラ』は大聖堂にいまもいて、今朝まではあなたと一緒にいたわ。私と入れ替わったのは、『エレオノーラ』とその護衛、ロッタの三人が別室に移った時」

「あ」

 ここにきてそのあたりの全容が、ようやく僕にも分かった。そういうことか。

「じゃあ、ひょっとして昨日の黒マントも、今日の護衛も」

「そう全部私。ロッタに化けたのも『そういうもの』としての私の能力を使えば朝飯前ってことね。ただし、鎧は張りぼてだけど実際の物体。何故って入れ替わった後、エレオノーラが大聖堂内を二人うろついたら大騒ぎになってしまうから。だから、今は『エレオノーラ』があれを着ているはずよ」

 エレオノーラの表情は暗い。彼女は本筋とは関係ない話ではあるけれど、と前置きしてから話をすこし横道に逸らした。

「彼女は王女らしくふるまってくれている。けれど内心はひどくつらいはずなの。当たり前よね。私が一ヶ月ほど前に、この次元に帰還したことをきっかけに、彼女の状況も変わっていったから。まず、本物が帰還したなら、もう偽物がエレオノーラを名乗る必要はない。そんな当たり前の理屈が、当時の彼女にはとても恐ろしかったはずよ。『エレオノーラ』でなくなった彼女に居場所なんか今更ないものね。けれど、そうはならなかった。けれど、そのことが逆に彼女を複雑な気持ちにさせてしまった。思い出して。私はもう『そういうもの』であって、お父様やお母様、兄弟姉妹たち、そして、『エレオノーラ』にそれを分かってもらう必要があった。だから、私は」

 目を閉じて、開いて、また閉じて。それから、エレオノーラは吐き出すように言った。

「皆の目の前で、わざと自分の肉体に触れた。あの女竜が教えてくれた通り、私の体は『そういうもの』である私には耐えられず、塵の山になって崩れ落ちたわ。そして私の中に蓄積された悠久の時間の重さは、その塵の山すら存在を許さなかった。私の肉体だったものは、私自身の存在の重さで、消滅したの。私はそうすることで、レウザーリア家の娘には戻れないことを、皆に見せたの。私は『エレオノーラ』にお願いしたわ。いつまでもお父様、お母様の娘、エレオノーラでいてほしいと。そして私は『そういうもの』として、カーニムの銀盤を制御できることも説明して、その管理者になることを選んだの」

 それがどんなに家族を悲しませることなのかは分かっていた、彼女の表情はそう言っているようで、

「つらかったね」

 思わず、僕はそう口にしていた。

「そうかもね。私には分からない。気が付けばみんな泣いていたし、『エレオノーラ』もわんわん泣きながらうなずいてくれたわ」

「それはきっとご家族に、君の思いが伝わったからだと思う」

 僕は、そう信じたかった。その場にいたわけではないから本当のところは分からない。けれど、彼女の話に出てくる人たちは、そういう暖かい人たちだと思った。

「ありがとう。そうね、きっとそう」

 エレオノーラもうなずいて同意してくれた。

「でも、『エレオノーラ』については、それで終わりではなかったの。私に接触したことで眠っていた『エレオノーラ』の潜在的な素質が目を覚ました。彼女が次元魔法に目覚めたきっかけは、私に接触したことだったの。そして彼女はデルデラに魔力を支配下に置かれた。彼女は危険な崖っぷちにいて、けれど私にはきっと彼女を救ってくれるひとに心当たりがあった。私は精神界に潜り……」

「あ、そういうことか。アストラル界の生命体になりすまして、君が彼女に僕を紹介したのか。つまり」

 話がつながった気がした。全部の経緯が。

「そう。『エレオノーラ』に敵が侵略者であることを明かしたのも私。精神生命体に成りすましたのは、ごめん、私のわがまま。『エレオノーラ』の手を私が引いてしまったら、彼女が私に依存しないかが心配だったの。山賊に彼女が捕まることも、あなたが助け出すことも、あなたの日記に書いてあった。だから『エレオノーラ』があなたに助け出されれば、すべてはうまくいく確信があったから、自信をもって彼女に嘘を吹き込めたわ。あなたの精神体がほかの人と違って目立つのは当たり前で、だってあなたはモンスターなんだもの。ごめんね、『エレオノーラ』にはそれを特別な光とか吹き込んだけれど、今のあなたに特別な生命の輝き、とかそういうのはないわ。あなたはそんな生まれながらにしての化け物じゃないから安心して」

「いや、それはどっちでもいいんだけど」

 特別だろうと特別でなかろうと僕の思うところは変わらないし、僕が気になるのはそれではなかった。

「今更だけど、王都に向かわなくて大丈夫かな?」

「ええ。そうね。私の話のだいたいの所は終わったし」

 エレオノーラは、うなずいて立ち上がった。

「そうね、行動の時ね」

 僕も立ち上がった。

 結局、カンテラは組み上げられなかった。

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