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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
コボルドの見習い聖騎士
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第四章 『そういうもの』の願い(3)

 エレオノーラは、もう一度、全部僕のおかげなのだ、と言って、少し笑った。

「といってもあなたが私を救いに来たわけではないけれど。私の前に一体の女竜が現れて、私がどれほど恐ろしいことをしているのかすべて教えてくれた。それでやっと自分が取り返しのつかないことをしたことを知った。私の精神体は『そういうもの』に変質してしまっていて、私はもう人間ではなくなっていた。けれど、記憶や思考力など人間らしい最後の部分まで喪失する寸前で、彼女が私を見つけてくれたから、私は自分を失うことだけは避けられた」

「それが僕のおかげに何故つながるの? 確かに僕たちコボルドは竜の眷属を自称しているけれど、僕に竜の知り合いはいないよ?」

 だいたい竜と知り合って生きていられるとは思えない。僕は首を振った。

 エレオノーラはまた笑うと、

「そうね。今のあなたはまだそうかもしれないわ。けれど、未来がどうなるかなんて、簡単には想像できないものよ」

 と、僕の知らない僕の話をした。

「それはともかく。彼女は私に、私の精神体はもう人の器に入りきらないものに変わってしまっていて、私が元の体に触れただけで、私の肉体は崩壊するだろうと教えてくれた。ただ、私は『そういうもの』として、精神体だけで完全な存在として、新しく生まれ変わったから、実体を持った精神体として、この次元に戻ることはできることも教えてくれた。けれどこの次元に帰還するためには、自分がどういった生き物であったかを学びなおす時間が必要だと彼女に言われた。それで、しばらく私は彼女の下で、そういったことを学びなおすことになった。彼女の住んでいる次元は、箱庭のような本当に小さな次元で、いろいろな花が咲いていた」

 穏やかに言って、エレオノーラは、立ち上がった。

「見て。どこから見ても人間でしょう? でも彼女の元に辿り着いた私は、自分に腕が二本あって、足が二本あって、頭があって、そういったことをすっかり忘れてしまっていたのよ。すごい話よね。目って何だっけ? 自分の頭って部分には、口っていう大きな穴が開いていたのね、うわ気持ち悪いって。もうそういう状態だったわ。そんな私に彼女はとても親切で、やさしかった。知る必要があることは教えてくれたし、私が先行き困らないように、私がもともといた次元の常識に合わせた知識も懇切丁寧に学ばせてくれたの」

 そして、エレオノーラはすこし僕を眺めて言った。

「私は、それで気になって聞いたの。彼女が何故私を探し出してくれたのか、なぜここまでしてくれるのか、って。そしたら彼女、おかしなことを言ったわ。コボルドに頼まれたからだって。とても大事な友達の頼みだから、いちばん大事な友達の頼みだから、いくらでも力を貸すつもりだって言うの。それがあなたのことだった」

「信じられないな。自分のことには思えないよ。ごめん」

 聞いているだけで真実味がない。僕は今にもどこからか竜の手が出現して、きゅっと首を絞めてくるんじゃないかってくらいにその話が恐ろしかった。分不相応にもほどがある。

「本当かどうか、その時がくれば分かるわ。きっとあなたなら大丈夫だと、私は思うけれどね」

 遠い目をして、エレオノーラは、

「でも、あれが今から未来のことなのは間違いないんだけど、それが何年後の時間だったのか、彼女が何という名前なのかは、結局教えてくれなかったわ」

 残念そうに告げた。

「あれ? でも君は僕がこれから体験することをほとんど見てきたといったよね? それで分かったんじゃないの?」

 僕が首をかしげると、

「いいえ。それが全部見てきた、と言わなかった理由よ。彼女の箱庭を出た後、私は二度とその場所を見つけることはできなかった。だから、そこだけすっぽり分からないの。推測はできるけど、その程度」

 エレオノーラは、そう言って首を振った。

「話がそれたわ。とにかく、私も最初は彼女の言葉が信じられなかったわ。だって竜とコボルドよ。どう考えても友達って力関係じゃないでしょう。けれど彼女はさらにおかしなことを言うの。確かに力関係ではつり合いは取れていないけれど、って。自分とコボルドは、同じ未来を信じて、同じ未来に向かって歩いているはずなのに、時々、いつか追いつけなくなる日が来る気がして怖いって。それでも彼が目指す未来をいつか一緒に見たいという想いだけでその背中を追い続けるつもりでいると、彼女は言っていたわ。ビックリしたわ。竜が追い付けないコボルドって、何者だろうと思ったわ。それで彼女にそのコボルドについて、詳しく教えてほしいとお願いしたの。そしたらね、すごいのよ。彼女の住処に、どう見ても竜が読むには小さすぎる本がびっしり詰まった本棚が五つあってね、全部そのコボルドについて言及がある本だっていうの。どれだけ本に書かれているひとなのか興味がわいたから、もう片っ端から読んだわ。同時にこんなに本を集めるなんて、よっぽど好きなのね、とそれだけは理解できたわ。そして、私はあなたのことを知った。そして、あなたが私を知っていることも知ったわ」

 彼女は机のそばまで歩いていくと、無造作に置かれた羊皮紙の束を見下ろした。

「あなたは、日記を書いているわよね? これを製本して綴じたものが彼女の所にあったの。あなたは私が今話していることをできる限り詳しく残してくれてあったわ。不思議な話よね。今私が話していることをあなたが書き残してあって。それを私にとっての過去の私が読んだことで、自分が何をしなければいけないのかを知ったなんて。さっきの鱗は、そのページに挟まっていたの」

 そういうことか。話が呑み込めてきた。

「時間遡行の秘術と時間流の影響から防御する術を修めて、今僕に話すために、君は僕の未来をつぶさに観察してきた。そういうこと?」

「ええ、そうよ。あなたがどういう未来に関わっているのか、それを私は見てきた。そして、今あなたに立ってもらわなければ、その道が閉ざされてしまう確信を得てきたの。そして、スケープ・シフターたちがどこから来て、何を企んだのかを知るために、彼らの次元に潜った」

 エレオノーラはそこまで話すと、難しい顔をした。

「ムイム……いえ、ムィルマルカルムヘイスァム……あなたにも話があります。その前に」

 静かに目を閉じて、すぐに開けた。僕から見ると、何も変化は感じられないけれど、ムイムの目が、心なしか虚空に泳ぎだした。

「分かりますね。ムイム。自分たちが何をしたか、これで」

「ああ……まさか。この魔力とアストラル体は……」

 ムイムが膝をついた。

「我らは、あなたの元からあなたの元へ銀盤を盗もうとしていたのですか、主様……」

「そういうこと。あなたを滅しはしないけれど、ムイム。あなたに罰として命じます。この先、この方、ラルフを主と仰ぎ、仕えなさい。あなたの能力は、必ずこの方の力になります」

「しょ、承知いたしました。主様。寛大な処遇、誠にありがとうございます。主様の命令とあらば、私は喜んでデルデラを敵とし、その後も一命を賭して仕えましょう」

「頼みましたよ。そもそも私が『そういうもの』として自分を可変とする存在であることがそもそもの発端、ポータルに必要な魔力を主である私のものと気づけなかったことは、不問としましょう」

 エレオノーラはムイムにうなずいて、それから僕を見て、言った。

「本当にごめんない。これが今回の事件の真相なの。この子たちは私がこの次元にいたことだけは知っていて、私を喜ばせるために、この次元に私が顕現できるゲートを献上しようとしてくれただけ。とはいえ、これは許されることではないし、そもそも私はこうして自力でこの次元に帰還できるのだから、必要のない問題を起こしてくれたとも言えるわ。それにデルデラはそれを持ってネヴァゼアの腹心として確固たる地位を確保し、いずれはその地位も奪おうと野心を持っていることも、私は気が付いているの。だから彼を許すことはしない。けれど、私が罰しただけでは彼の罪は消えない。だからお願いしたいの。彼への罰を、この次元の住人である、あなたの手で下してほしいの。命まで奪うかは、あなたの判断に任せるわ」

「分かった。デルデラの動機が野心であれ、君への忠誠であれ、彼はこの街を襲い、同胞であるムイムを見捨てた。それは許すことができない行いだ。実際にどうするかは決められないし、僕にできるかも分からないけれど、君が僕にそうしてほしいと願うのなら、僕は彼を止めよう」

 僕はうなずいた。

「ありがとう」

 エレオノーラも、小さくうなずいた。

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