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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
アースウィルの勇者
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第七章 勇気の双眸(3)

 しばらくして、エレカは顔を上げた。

 目の前に、誰かがいる、と感じたのだ。見上げた視線は、プリックの目と合った。

「よ。くたびれてんだろうなと思って様子を見に来たぞ。大丈夫か?」

 彼はにんまりと笑うと頭上の方を指差した。

「屋根の上くらいなら出ても怒られないだろ。行こうぜ。インビンシブルの奴もいるからさ」

「うっ、それは」

 と、エレカが狼狽える。一瞬それも良いかと揺らぎかけた心が、堅く冷えていく。面倒くさそう、という感情が勝ったのだ。

「あんな奴だけどさ、心配してるのは間違いないし、気晴らしくらいにはなると思うぞ」

 プリックはそんな風に言って複雑そうに笑って、それから、ふと気が付いたように、慌てて必死に誤解を解くようなしぐさで両手を振った。

「あ、おいらは、別にあいつに呼んできてくれって頼まれた訳じゃないぞ。違うからな」

「それは分かります。心配してくれて、ありがとうございます」

 エレカにも、プリック自身が心配して見に来てくれたことは分かっていた。プリックの目には深い同情の色があったし、それは他人にどうこう言われたから湧いたという感情にも見えなかった。

 だから、エレカも思い直した。インビンシブルの意見を尋ねて、何が起こっているのかの見解を聞いてみるのも悪くないかもしれない、と、プリックにではなく、自分自身に頷いた。

「行きましょうか、上」

 と、プリックに笑って。彼が差し出す手を握り返して、エレカは立ち上がった。寺院の礼拝室に窓はない。プリックも廊下の窓から入って来たというので、エレカもプリックに誘われるまま、廊下に移動して、その窓から屋根の上に上がった。

「お、来たか」

 インビンシブルは寺院の一番高い屋根の上に止まっていて、登ってくるエレカとプリックを一瞬首だけで見下ろすと、すぐに遠くに視線を戻した。エレカとプリックの二人が手を繋いで飛んできたことに気が付いた筈なのに、そのことには何も言わなかった。

「アリスは死んだか」

 とだけ。

 何を見ているのかはエレカにも分からなかった。しかし、インビンシブルが纏っている雰囲気というのか、空気が違うことだけは読み取れた。

「何故分かるんですか?」

 エレカが隣に並び、短く聞くと、

「既に領域のバランスが狂い始めてる。それさえ見る能力がありゃ、馬鹿でも分からあ」

 インビンシブルはそう言って目を閉じた。

「アイツは繭の深奥か。手を貸してくれるみてえだな。あっちはほっといて問題ないだろ」

 見ていない筈のコチョウの存在を、インビンシブルは勘づいていた。そしてその動向が伺えるようで、そんな風に一旦忘れておくように語った。

「メルサーグの人間が狂暴化してる原因はつかめてるのか?」

 目を開き、インビンシブルは言った。エレカは首を振り、プリックは空中に踏ん反り返って、そもそもそこまで人間に肩入れするつもりはないという素振りを見せた。

「地下だ。空洞がある」

 と、インビンシブルがエレカに頷く。エレカは街を見下ろして、その崩れかけた建物の海にその片鱗を探した。その存在を示す鍵は何も見えない。

「お前の目は節穴じゃねえ筈だけど、疲れてんのかな。少し休んでから探してみな」

 と言われ。エレカはやっと自分が見ている場所が見当違いだということに気付いた。インビンシブルの言う通りだからだ。ここは鉱山都市だ。そんな場所を探さなくても、穴などいくらでもある筈だ。

「坑道から続いているんですね」

 崖を見て言う。どの坑道が正解なのだろうか、と、エレカは考え込んだ。

「南崖。西から三番目だ。仕掛けた連中にも壊すのは都合が悪ィらしい。足場は生きてる」

 インビンシブルが翼を広げる。羽ばたきはしなかった。

「ありがとうございます。ミシルとクウが起きたら探ってみます」

 メルサーグに入ってからずっと、二人が狂暴化しないように、エレカが二人を包む清浄な場を展開している。エレカが倒されない限り、二人はエレカの頼もしい仲間だ。

「急げよ。シューカの羽化の方も、そう時間はねえぜ」

 インビンシブルはシューカのことも知っていた。一体何処まで知っているのだろうか。エレカは不思議そうな顔をしている。改めて考えてみれば、インビンシブルには謎が多い。

「あなたは、何処から来て、何処へ行くんですか?」

 エレカにも聞きたいことがうまく整理できないようだった。だから、そんなとりとめのない聞き方になったのだろう。

「異世界から来て、この世界まで、になりそうだな」

 喉の奥で笑うインビンシブル。彼の言葉にはある種の覚悟があって。それがエレカの表情を複雑なものにさせた。

「どういうことですか? 何を知ってるんですか? 何をするつもりなんですか?」

「このままだと、シーヌは崩壊に間に合わねえってことを知ってる。無理矢理にでも、誰かがそれまで、領域を支えねえと、アースウィルは死ぬ。神でもねえ限り、そんなことをすりゃ、この領域の礎になって、領域の一部になるだろう。それでも長くはもたねえが、ある程度の力があって、やり方を知ってりゃ、シーヌを間に合わせるくらいのこたあ出来る。だが、そのやり方が分かるのは、まあ、今領域内には、三人しかいねえだろう。クリスタルやコチョウがやる訳がねえ。ってことで残った選択肢しかねえ訳だな」

 浮く。インビンシブルは少しだけ空に舞い上がり、エレカとプリックを見下ろした。

「つまり、俺の出番ってヤツだ」

「まさか、死ぬつもりですか?」

 息を飲んでエレカが尋ねると、インビンシブルはまた遠くを眺めて、

「さてね」

 と、答えた。死ぬ気の顔という訳ではない。ただ、成さねばならないものを成そうとする純粋な覚悟だけがあった。

「ま、賭けにゃなるけどな、勝算はあらあ」

「どうしてそう言い切れるんですか? あなたの話は、正直、はぐらかしばかりで気分が悪いです。はっきり。全部。ちゃんと話してください。でないと私には何にも分かりません」

 けれど、そういう、全部を知っているのに、全部を話そうとしない態度は、エレカが最も嫌悪するもので、エレカは眉を逆立てて怒るだけだった。エレカにとってそう言ったはぐらかしは、自分が軽んじられ、あてにされていないようで、そんな扱いをされるのなら、最初から何も言うなというのが、エレカの性分なのだ。

「いい加減にしてください。私を馬鹿にしてるんですか?」

「そうじゃねえんだ。ただ、うまく説明できねえんだよ、俺にも。それでも良いなら、話すけどよ。お前達が次元宇宙と呼ぶ神域に、昔、俺と一緒にいたヤツの気配があんだよ。アルカンシエル、レインボーウェイ、虹の鱗、天弓竜、アイツはいろんな名で呼ばれてたっけな。エレフィレーネってヤツだ。安らげる場所を探して宇宙を彷徨ってる、どうしようもねえ夢見がちなヤツだった。ウマは合わなかったが、不思議と嫌いにゃなれなかった。いつも俺の後ろをへばりついてきて鬱陶しくはあったけどな。お前達の神域が、アイツが見つけた楽園ってなら、俺は多分アイツに会えるだろうさ」

 インビンシブルの話は、不確かで、でも、何処かルーサのことを感じさせる話だった。エレフィレーネなどという名は、次元宇宙に残されてはいない。聞いたことがある者はいないのかもしれない。しかし、インビンシブルだけは確信があるようだった。

「そんな話は聞いたことがありません。多分、あなたの思い過ごしじゃないですか。といっても、誰かがアースウィルをささえなきゃ、滅ぶんですよね。誰かがじゃないですね。あなたが。そして、あなたはその事実からは逃げないですよね」

 エレカは、インビンシブルを止められないことを知っていた。だから、うっすらと笑っただけだった。

「ああ。英雄竜だからな、俺。戻れねえかもしれねえ覚悟はある。多分助かったとしても、俺のままって望みは薄いと思う。だが、別れの挨拶はしねえぜ。死ぬつもりはねえからな。ただ、これだけは言っとく。達者でやれよ。エレカ、プリック」

 インビンシブルは、ただ頷いた。そして、上空高く舞い上がり。ひずみを開いて跳びこんで行った。その先が亜空間なのか、それとも全く別の何かの空間なのか、それはエレカやプリックにも分からないようだった。

 ただ、インビンシブルが消えた後、僅かに残った歪みから、しばらく声だけが漏れてきていた。

『お前何でこんな場所に引っかかってんだ』

 インビンシブルの声はかすかで、けれど、はっきりと聞こえてきた。

『危ねえ、今助けるから暴れるんじゃねえ』

 そんな彼の言葉を最後に、歪みが消えた。


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