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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
コボルドの見習い聖騎士
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第四章 『そういうもの』の願い(2)

 僕たちは、僕の自室に移り、内側から鍵をかけて部屋に籠った。ムイムもついてきてしまったけれど、エレオノーラが言うには、彼をホールに置いてきても聞かれることに変わりないから、気にするだけ無駄だということだった。

「とりあえず、椅子は君が使うといいよ。僕はこの通り、カンテラの手入れもしないといけないから」

 僕は床に敷いた布の上に分解してあったカンテラの前に座り込んで、エレオノーラに椅子をすすめた。

 ところが、エレオノーラは椅子には座らなかった。彼女は躊躇するそぶりも見せずに、僕の向かいでぺたんと床に座り込んだ。

 そして、おもむろに、深々と頭を下げてきた。

「最初に、これだけは。本当にごめんなさい。私がそうしたいと決めたという一方的な感情だけで、あなたを巻き込んだこと、そして、たくさん嘘をついたことを謝らせて」

「正直、どこからどこまでが嘘で、自分が何に巻き込まれているのかも分からないから、何を許せばいいのか分からないけれど、どうかそれは謝らないで。君に協力すると決めたのは、僕自身なんだから」

 僕には、そうとしか言えなかった。もしこれが、わがままを通したということの謝罪であるとするならば、それはお互い様のはずだからだ。

「ありがとう。それじゃあ、一個ずつ説明するね。まずは、あなたの疑問に軽く答えるところから」

 エレオノーラは体を起こし、真剣な顔で話し始めた。

「まず、私が何故ロッタと入れ替わったのかだけど、これは理由が三つあるの。一つめの理由は、ポータル発生装置はロッタには操作できないものだと分かっていたから。二つめはロッタが大聖堂に残る必要があったから。三つめはその目的は王家の秘密にかかわる話なので、説明するわけにいかなかったから」

「うーん、君がいかなければポータルが閉じられないとだけ説明しても良かったんじゃないの?」

 僕はカンテラのパーツを布切れで拭きながら、聞いた。

「そうではないの。私だけが操作できるポータル発生具があること自体、そもそも秘密にしなければいけないことなの」

「この円盤はひょっとして、まさか」

 カンテラのパーツを置き、僕は自分が背負っていたポータル発生装置の円盤に左手で触れた。

「それはカーニムの銀盤のレプリカ。力はずっと弱いけれど、私がこの次元に帰還するために、かつて製作したもの。もっともそこにあるもの自体は、その試作品で、ネイザー・フォーリンを転移させる程度が関の山の品質しかないけれど」

 エレオノーラは苦々しい顔をした。

「私の魔力にしか反応しないものだけど、スケープ・シフターたちは、私の魔力の残滓を利用する方法を編み出したの。それを感知した私は、今回の事件が起こることを想定して、セレサルに来たの。まず、エレオノーラがお父様に喧嘩を売って王家を飛び出してきたっていう話から、嘘なのよ。国家の一大事になるかもしれない話に耳を傾けないほど、お父様は愚鈍ではないわ。むしろ、今回の話の対応の全権をいただいてきているの。エレオノーラが家を飛び出したことにしたのは、自由に動きやすいようにしたくて、お父様に相談して決めたわ」

「王家の秘密を守るためには、ある程度の嘘が必要だろうことは理解できるけれど、継承権放棄はやりすぎな気が」

 僕が首をひねると、エレオノーラはくすりと笑った。

「それは問題ないわ。もともと私にはもう王位の継承権はないの。これも王家の秘密のひとつ。カーニムの銀盤が操作できるようになったということが、私は女王以外の何者かにならなければいけない理由になったの。何故なら、私は生涯をかけて、全人生をかけて、カーニムの銀盤の内に眠る神々のゲートを守るという使命を背負ったから。私は生きている限り、この次元における最高の力を持った次元門の管理者なの」

「王政に割く時間はない、そういうこと?」

 話に聞くだけで大役そうに聞こえる。同時に僕は何に巻き込まれたのか、急に怖くなってきた。

「だからもう一度言うね。本当にごめんなさい。私はその責務に、あなたを巻き込みました」

 エレオノーラの顔がとても苦しそうで、僕は大丈夫だよと言ってあげたかったけれど、僕にはそれを保証することはできなかったから、何も言えなかった。

「いいの。無理に言おうとしないで。あなたはまだ何者でもなくて、ただのコボルドで。全部分かっているの。けれど、私はあなたでなければならないと知っているの。まだ何も知らない子供のあなたを巻き込まなければいけないということも」

 エレオノーラはそう言って立ち上がった。彼女は僕を見下ろしながら、小さな鱗片を懐から出して、僕に差し出してきた。

 僕はそれを受け取り、自分の鱗だと気づく。僕が彼女に鱗を渡した覚えがない。彼女はうなずいて、口を開いた。

「そしてロッタも、これから大聖堂を飛び出すであろう、セラフィーナも、すべて定められた自分の役割のために、いるべき場所を目指すの。今回の事件はそうやって転がり、そして、収束するわ。収束させるのは、あなた。それはあなたにとって長い長い苦難の道のはじまりで、けれど、あなたはその道を進むことを、いつの日もあきらめはしなかった」

 過去形? エレオノーラの話に、僕はざわつく違和感を覚えた。そして急に彼女が渡してきた自分の鱗が得体のしれないもののように感じられて、すぐに彼女に返してしまった。彼女は鱗片をまたしまうと、その違和感の理由を、すぐに語った。

「私はそのほとんどを見ていたの。この鱗も、未来のあなたのものよ。私は、未来を見てきたの。そのことこそが王家内の秘密の根幹」

「……」

 僕はどんな顔をしているだろう。自分でも分からなかった。目の前のひとは一体誰だろう、それすらもが僕には分からなくなっていた。

「それじゃ、今回の事件の全容を、一から説明するね。まず、事の始まりは四年前にさかのぼるわ。そして、これから話すことが、私の身に起こった本当の話。今朝『エレオノーラ』が語った話は、王家の秘密を隠すために生まれた、エレオノーラのもうひとつの話」

 そう言って再度床に座り、エレオノーラはため息を一つ漏らした。とても気まずそうなため息だった。

「実のところ、私が宮廷魔術師に魔法の素養を見出されたのは六才で間違いはないわ。それは本当。けれど、嘘なのはそこから。私が次元魔法を発動できたのは、実際には魔法の勉強を始めてすぐの話だったの。そして、未熟な私は、次元魔法を発動させたまではよかったのだけれど、魔法を制御できず、呪文を暴走させたの。そこから話は大きく変わるわ」

 一旦言葉を切り。それから、ゆっくりと呼吸をして、エレオノーラは話をつづけた。

「私は、暴走して広がった、次元ホールの中に落ちた。そして、さらに都合の悪いことに、次元ホールは不安定で、それを通り抜けられたのは精神体だけだった。抜け殻になった肉体はこの次元に取り残されたわ。それきり、私は、もう永久に自分の体には戻れないの」

「え?」

 僕は何か恐ろしい秘密を聞いた気分になった。理解が追い付かなかった。

「そうね、じゃあおまえは誰だってなるわよね。私の体はどうなったのかも含めて。まず、私の体は、私が次元ホールに落ちてから、昏々と何年も眠り続けたわ。お父様も、お母さまも、私を死んだことにもできずに、ずいぶん悩まれたそうよ。いつか目覚めるかもしれない私のために、結論としてお父様がお決めになられた対応は、お城の地下に王家だけが入室できる部屋を作り、そこに私の体を隠して、身代わりを立てるという事だったわ。私によく似た子は見つかったけれど、その子は次元魔法の素質までは持っていなかった。だから、私が次元魔法を暴走させたこともなかったことにされた。こうして、レウザーリア家には、エレオノーラはふたりいる秘密ができたの」

 エレオノーラはすこし窓の外を眺めて、また話を再開する。

「いっぽう、次元ホールに落ちた私は、次元のひずみを漂って、虹色の鏡だけが浮かぶ空間にたどり着いたわ。そこには誰もいなくて、鏡も曇っていて何も映らなかった。それでもその場所は何故だかとても居心地がよかったわ。私はずっと鏡とにらめっこを続けて、ある時ふと閃いたの。それは鏡ではなく、封印されているゲートだと」

 目を閉じて、エレオノーラがまた黙る。

「馬鹿だったと、幼すぎたと、今でも後悔しているわ」

 それから、本当に悲しそうに、そうつぶやいた。

「次元のひずみの中では、魔力の流れが視えるの。私はそれをほんの少しだけの大きさで再現することを始めた。そんなことをすべきじゃなかったのに。私は触れてはいけない秘術に触れてしまったの」

「そんなに大変なものだったってこと?」

 僕が聞くと、エレオノーラは、

「あらゆる意味で」

 と、ささやくように答えた。ひどくかすれた声で。それから、覚悟を決めたように話の先をつづけた。

「そうやって、異次元ポータルを開く術を習得した私は、ついに自分で開いたポータルを潜り抜けた。けれど、私は知らなかった。そのゲートはただ次元間を結ぶだけのものではなくて、時間と空間を超越する神の御業だったってことを。あるいは邪悪な神の。私が習得した異次元ポータルも不完全ながらその力を備えてしまっていた。私はそして、次元を渡るだけでなく、時間を渡ることになった。それも不幸なことに、私の不完全なポータルでは、行先の次元は指定できても、どの時間に辿り着くかを指定することはできなかった。私が飛んだ先ははるか太古の、真っ暗な海の底で、精神体だけの私はそれで死んでしまうことはなかったけれど、私が帰るべき場所とは、どうにもならない時間の隔たりができてしまったことだけは理解した。そのあとはもう必死ですこしでも近い時間に飛んでくれることだけを祈って、私はポータルを開けまくった。幼い私には、それがどんなに恐ろしいことかまだ分かっていなかったから。本当に、無知で愚かだった。そんなことをするべきでないと、考えもしなかった」

「……」

 どういう事なのか想像もつかない僕には、エレオノーラの次の言葉を待つことしかできなかった。彼女はそんな僕に寂しそうな目で笑った。

「私は度重なる時間の長さの反動を、時間を遡るひずみを、自分自身に刻み込んでるってことに、気づいてなかったの」

 エレオノーラは静かに、告げた。

「けれど今私は私としていまここにいるわ。それは実は、全部、あなたのおかげなのよ」

 何故か、いきなり僕が話に登場して、僕はますます訳が分からなくなった。

 僕が彼女に会ったのは昨日が初めてだ。だから、僕には全く覚えがない話だったから。

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