第四章 『そういうもの』の願い(1)
大聖堂に戻った僕たちは、ムイムの言葉が嘘でなかったことをすぐに知った。
聖堂内はひどく混乱した状態で、廊下にはあちこちに倒されたネイザー・フォーリンがまだ放置されていた。
神官の一人を呼び止めてコーレン司祭の所在を聞くと、礼拝ホールにいるとのことだったので、僕たちはそちらへ向かった。
コーレン司祭はすぐに見つかった。
何人かの神官と話をしていて、おそらく状況の確認と指示を行っているところだった。
「サール・クレイも襲われたのですね」
僕がそう言ってコーレン司祭に近づくと、コーレン司祭はすぐに振り返った。
「ラルフ君、戻ったのか。ポータルはどうなったのかね?」
「はい。ポータルはロッタが停止に成功しました。発生装置も回収しました」
「それはなによりだ。だが、こちらは悪い知らせがある」
コーレン司祭の顔には、渋い表情が浮かんでいる。
「エレオノーラが攫われたのですね」
僕は時間が惜しいのですぐに核心の話に入った。コーレン司祭は驚いた顔をしたけれど、僕は司祭様に答える代わりに、ムイムに顔を向けた。
「全くうれしくはないけれど、君の言葉に嘘がないことが証明されたわけだ。それで君たちの計画では次の標的は王都だったね」
「そうです、ボス。ただ、一点だけ訂正させてください。私ども、でなくて、デルデラ、の計画、です。私はあのヤロウのただの捨て駒『だった』ですよ、ふふふ」
ぎらつく目で笑いながらムイムがうなずいた。彼を見たコーレン司祭は、信じられないと言いたげに、首を振っていた。
「その生き物は……なんだね?」
「彼はポータルの番人でした。スケープ・シフターという生物で、僕と同様、モンスターです。最初から侵略者たちから見捨てられたことを知って、こちら側についてくれることになりました。計画の全容を知っている、貴重な情報提供者です」
僕が説明すると、コーレン司祭は額を抑えてうめいた。
「それは、なんとも。にわかには信じがたい話だが、今は議論している時ではないのだろうな」
「はい」
僕は強くうなずいた。
「彼の話では、これからが襲撃の本番のようです。狙われているのは、王都レウザリム。彼の話が正しければ、そこにある、強力なポータル発生用の秘宝の奪取が最終目的のようです」
「カーニムの銀盤か」
と、コーレル司祭が唸るようにつぶやいた。
カーニムというのは魔術の神の名前だ。カーニムはあらゆる魔術に精通しているといわれているけれど、とりわけ強大な召喚術を得意としていたと伝わっている。
カーニムの銀盤は、まだ三国がエレステレスという巨大な国だったころ、強力な悪魔が世に現れ、世界を荒らしまわった際に、魔術の神カーニムが当時の王家に悪魔への対抗手段として与えたとされる強力な召喚具の名だ。現在は王家レウザーリアの管理の元、王城にて保管されているという話だった。
その逸話の通り、強力な秘宝であって、それが奪われれば、非常に危険なことは間違いなかった。
「ムイムの情報では、王都の次元の壁は人為的に強化されていて、スケープ・シフターの能力だけでは次元を超えられないという話で、その壁を抜けるために利用すべく、次元術者のエレオノーラが攫われたようです」
僕は、コーレン司祭に対して、なぜエレオノーラが狙われたのかを、説明した。すると、さも不思議そうに、ムイムがそこに口を挟んできた。
「それなんですが、気になってたんですが、なんか勘違いしてませんかね、ボス」
「え?」
勘違いと言われることに、思い当たる節がなく、僕はムイムに疑問の声をかけた。
「勘違い?」
「いやいやいや。ボス、エレオノーラとかいうお嬢さんは、そこにいるじゃないですか。デルデラが捕らえたのは、ロッタとかいうお嬢さんですよ」
さらっと驚くべき事実をムイムは口にした。
「あっと、そうでしたね。ボスにはアストラル体が見えないんでしたっけね。それでちゃちな擬態にコロッと騙されてるわけですか」
「え……は?」
僕は信じられない思いでロッタを見た。どこからどう見てもロッタにしか見えないけれど、僕は確かめる方法を一つ知っていた。
急いで荷物からオーブを出して、護符の所在を確かめる。果たして反応は、大聖堂内に護符があることを示していた。
「君は……エレオノーラなのか?」
「うん、そうよ」
ロッタの姿のエレオノーラはうなずいた。それからロッタの姿の輪郭がぼやけて、見た目がエレオノーラの姿に変わった。戻ったといったほうが正しいのだろうか。
「今回の事件の一番の当事者だもの」
「え? どういうこと? どうやってロッタの姿に? 口調も全然違うよ?」
「あー……説明しなきゃね、やっぱり」
エレオノーラは言いにくそうに苦笑してから、コーレン司祭に視線を向けた。
「コーレン司祭殿、申し訳ないのですけれど、空き部屋を一室お借りできませんか? 今回の事件は王家にまつわる話ですから、彼以外の耳には入らないよう、人払いをしたいのです」
「それは、私にも話せないということですかな?」
コーレン司祭はすこし意外そうな顔をした。
カレヴォス神の神官は、レウダール王国ではそれなりに重用されることも多いくらいに信用がある。サール・クレイ大聖堂はそのカレヴォス教団の、レウダール王国内の中心的な役割となっていて、その司祭ともなれば、多少なりとも王国の安全にかかわる秘密情報も伝わってくる立場といわれている。セレサルの危機に関する情報を知ることができないとなれば、あまり例のない珍しいことなのだ。
「申し訳ございません、司祭殿。これは王家の秘密に関する話なのです。ですから、ラルフ以外の方にはご遠慮いただきたいのです。わたくしが本当にエレオノーラなのか。エレオノーラとはいったい何者なのかを含めて、司祭様を含め、ラルフ以外の方にお伝えすることはできません。これは、もはやわたくしがすでに王家を離脱しているとしても関係なく、王家に生まれた者として、一生、逃れられぬ責務なのです。ですから、今はその権限はわたくしにはありませんが、王家に連なる者としてラルフのみと話をする場所をご用意いただくことを、お願いします」
毅然とした態度で言うエレオノーラは、また別の顔をしていた。いうなれば、王家の風格をにじませた顔とでもいうのだろうか。どれが本当の彼女なのか、だんだんわからなくなってくる。
「承知いたしました。国王陛下はまだ姫の王家離脱を承諾されていません。ですから、姫には王族としてご命令いただく権限がまだございます」
コーレン司祭はうなずいた。
「ただ、今から空き部屋を掃除させると時間がかかりますゆえ、ラルフ君の自室に案内させていただくのでもよろしいですかな?」
「プライベートな場に踏み入って、彼が嫌な思いをしなければ良いのですが」
エレオノーラが、頬に少し赤みが差した顔で答える。
「それにその、わたくしも一応女の子です。種族は違うとはいえ、男の子の部屋でも良い、とわたくしが決めるのは抵抗があります」
「僕はかまわないよ。カンテラを分解したままだから、ちょっと散らかっているけれど。僕としてはカンテラを組み立てて回収できるからむしろちょうどいい」
僕が答えると、エレオノーラもそれ以上反論はしなかった。