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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
コボルドの見習い聖騎士
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第三章 次元世界からの襲撃(8)

 僕たちは広場に残ったネイザー・フォーリン数匹を片付け、ポータル装置の円盤を回収してから、お互いに名乗りあった。

 闇の人型は、ムイム、と名乗った。

 本名はもっと長いそうだけれど、とりあえずそう呼んでほしいということだった。

「いやはや、たいしたもんですね」

 と、調子のいいことをムイムは言っている。どうやら異界からの侵略を企てた連中に乗せられてゲートの番を買って出ただけとの話だけれど、どこまで信用できるのかは分からなかった。

「命を助けてくれれば、知っていることは全部話しますし、今後手下として働きます」

 という提案に、あきれて言葉も出ない。けれど、情報は何物にも代えがたい。僕はムイムの提案を飲んだ。

「まず、計画の首謀者ですが、私と同じスケープ・シフターです。全部で三人いて、割と頭の切れるやつらですが、戦えるのは一人だけです。そいつが今回の企てのリーダーです。デルデラっていうんですが、私より根性のねじくれたやつなんで気を付けてください」

 ムイムはそう言って、腕を組んだ。

 たぶん簡単に仲間の情報を売る君には言われたくない、とは思うだろうけれど。とはいえ、彼の言葉には、そんなことよりも重要な情報があった。

「つまり、これで計画が潰えたってことじゃないってことです。むしろこれは陽動、本番はこれからです……ひょっとしたらそろそろ始まっているかもしれませんが」

「どういうこと?」

 僕が聞くと、ムイムは、ふふん、と笑った。

「ここは人間の国にとって重要拠点の一つでも、最重要拠点じゃないことは把握済ってことです。ただ、最重要拠点を狙うにはちょっと問題がありまして、そのために前哨戦が必要だったわけです。大聖堂でしたっけ? 早く戻るべきじゃないかと。こっちの計画がうまく機能していれば、匿っている重要人物を攫えているはずです」

「重要人物?」

 心当たりが多すぎて、対象の人物が誰のことか、分からなかった。僕は首をひねり、情報が足りないと判断した。

「どういうこと?」

「こっちの連中にはあまり関心がないかもしれないですが、人間たちの最重要拠点は次元壁が人為的に強化されているんで、普通の魔力量じゃポータルを開けられないんですよ、ボス。だから、強力な次元操作術者の魔力を強制的に拝借しようって寸法です。計画通りなら、ここで派手にネイザー・フォーリンが暴れたのを陽動にして、強力な術者の誘拐に成功しているはずです」

 ムイムはそう言って通りを眺めた。

「そろそろネイザー・フォーリンどもは全滅するころですかね。奴らが全滅しようと、デルデラには痛くも痒くもないってね。所詮、陽動のための、掃いて捨てるほどいる捨て駒ですよ」

 確かに、通りのほうから、歓声が近づいてきているのが聞こえてくる。ネイザー・フォーリンの撃退が完了しつつある証拠だった。

「分かった。ひとまず大聖堂に戻ろう。忙しくてごめん、ロッタ」

 僕はムイムの言葉を完全に信用したわけではないけれど、無視はできない話だから、念のため大聖堂に急ぎ戻ることにした。

「いいけど、それ、連れてくの?」

 ロッタが心配そうに言う。

 確かに不安はある。

「リスクは高いとは思う。けれど、数少ない貴重な情報源だ。ここでさようならってわけにもいかないよ」

 僕は苦渋の思いでロッタに答えた。ムイムの話が本当かどうかは、確かめればわかることだ。

「賢明です、それでいい。私もボスを味方だとは思っていません。ま、お互いに利害が一致している間だけは、こっちもおとなしくしているつもりですよ」

 喉の奥で笑って、ムイムは楽しそうに言った。

 僕らはまだまばらにネイザー・フォーリンが残っている通りを避けて、別の路地から大聖堂に向かった。アルフレッドと合流することも考えたけれど、通りではまだ戦闘の音がしていたから、戦闘を避ける方を優先した。

 歩きながら、根本的な疑問を、僕はムイムにぶつけた。

「君たちの目的は一体何だ? この程度の戦力でこの次元が侵略できる訳がないことは理解しているのだろう?」

「もちろん、そんな大それたことを、我々だけでできると思っていませんよ。我々も、我々の次元では下級も下級ですから。ですが、我々だけの戦力でも、この国の最重要拠点にこっそり侵入して、もっと大きな力を持った存在をこの次元に降臨させる力を持った秘宝を、奪うことくらいはできるんです。それを我々が主と崇めるお方に献上すれば、さぞや我らが主はお喜びになるだろう、それが我らの至上の幸福なわけで。その後、我らが献上した秘宝を、主様が、どのように扱われるかは、主様がお決めになられること。我らが伺い知ることはできないことですがね」

 ムイムは大仰な口調で天を仰いだ。そのような秘宝が収められているような、彼らが、人間の最重要拠点、と呼ぶ場所。

「まさか」

 僕の口から、唸るような声が自然に漏れた。思い当たる場所は、一か所しかなかった。

「王都レウザリムか」

「そのような名前でしたね」

 ムイムはただ楽しげに、たいしたことではないように言った。

「予定通り次元操作術者を捕らえることに成功していれば、もう準備が始まっているかもしれませんよ」

 それこそ冗談で済まされる話ではない。僕は歩く速度を上げ、大聖堂への道を急いだ。

「大聖堂に王都の地図がある。計画の詳細を聞かせてもらえると思っていい?」

「すべて話すと約束しましたから、もちろんお話ししますとも、ボス。あと、約束ですから、もしボスがデルデラの計画を潰すために戦うというのであれば、私はボスに付いて戦いましょうとも」

 どこまで本当に信用できるのかは分からないけれど、ムイムの言葉を今はあてにするしかない。

 僕には、ほかにも気になっていることがあったから、それも聞いた。

「君たちの主は、誰なんだ?」

「普段であれば口にするのも憚られる、恐れ多い御名ですが、今はすべて話すという約束においてお話ししましょう。我らが主様は、我らが次元にてしのぎを削る支配者の一人、我らが次元ではエンドレス・シャドウとして知られる、ネヴァゼア様というお方です」

 ムイムが告げた名は、僕には知らないものだった。少なくとも悪魔や魔神の類ではないだろうと思っていると、

「おそらく知られていないでしょうな。でなければ私どもがこのような企てをするまでもないですから」

 ムイムはそう言って、少しだけ真面目な顔をした。

「主様は今回のような些事についてご自分で計画されることはありません。ですから、主様を敵視はしないでいただきたい。もちろん主様にとってこの次元の存在の撃退など赤子の手を捻るに等しい雑事であることは疑いの余地もないんですが、主様のお手を煩わせることは、我々の本意じゃありません」

「末端が勝手にやっていることだから、ネヴァゼアには手を出すなってことか」

 勝手な言い草だけれど、僕にはそのネヴァゼアをどうこうできるとは全く思えない。僕はムイムにすこし棘のある言い方で答えた。

「手を出したくても手を出す方法もないしね。とはいえ、今回の始末をレウダール王国がどう考えるかは、君の言葉を借りれば、『僕には伺い知ることができないこと』だよ」

「それはまあ、そうでしょうね」

 ムイムは気にした様子もなくうなずいて、それから、気味の悪い笑い声を急に上げだした。

「それはそうと。ボス。走ったほうがいいようですよ。うまくいったみたいです。テレパシーが来ました。『第一段階は成功した。ゲートは閉じられたようだね。ピンチかもしれないが救出はしない。可能なら勝手に逃げてくれ。幸運を祈るよ』だそうです。ま、分かってましたが、見事に私もネイザー・フォーリンども同様に捨て駒だった訳ですね。ふふふ、あのヤロウぶん殴ってやる。ああ、やってやりますとも。ですから、ボス、私のためにももうひと頑張りお願いしますよ」

 皮肉なことに、そのゆがんだ怒りをたぎらせる姿に、今回の首謀者をとっちめるまでは、ムイムはおそらく味方でいてくれることを確信した。

 とはいえ、第一段階が成功した、ということは、エレオノーラが攫われたということだと考えていいだろう。のんびり歩いている場合ではないことは確かだった。

 かなり体は疲れていたけれど、僕とロッタは、大聖堂に向かって走り出した。

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