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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
コボルドの見習い聖騎士
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第三章 次元世界からの襲撃(7)

 僕たちが入ったその建物は、どうやら集合住宅のようだった。一階はホールになっていて、奥の窓から反対側の様子が見えた。

 大量のネイザー・フォーリンがいることを覚悟していたものの、意外にもホールにはモンスターの姿はなかった。

 窓の向こうは広場になっていて、真ん中ほどにポータルらしき光る渦が見えた。念のため僕らは這うようにしてホールを渡り、広場の近くの窓の下に移動した。

 そこから、半分だけ顔を出して様子をうかがう。ポータルの下に魔法陣が光る円盤が起かれていて、それがポータルの発生装置になっているのだろうと見て取れた。

 モンスターの発生は止まっていない。ネイザー・フォーリン以外は湧いていなかった。出現したネイザー・フォーリンは、広場の向こう側、生垣の真ん中にあるアーチにすぐに向かっていく。

「どう」

 見立てを僕はロッタに尋ねた。

「この距離なら、ここから行けるよ」

 と、ロッタは窓の下に壁に背をつけたままで答えた。

「ただ」

 そこでロッタが言葉を切る。

「ただ?」

広場を覗くのをやめ、僕がロッタの顔を見ると、彼女と目が合った。

「たぶん精神界から気が付かれる。自力で精神界から転移して来られる番人とかがいた場合、襲われると思うの。守ってくれる?」

「もちろん。そのためにいる」

 僕は即答でうなずいた。

 ロッタはちょっと笑ってから、目を閉じた。

「じゃあ、始めるね」

 しばらくは何も起こらなかった。ホールは静まり返っていて、窓の向こうからは相変わらずネイザー・フォーリンが出現し続けていた。

 僕は念のため、剣を抜いてホールの中を伺い続けた。そんな僕に、ロッタが、不意に声を掛けた。

「次元渡りが来る。数は一体だけど、たぶん私たちにはかなり手ごわいけど、お願い」

「スケープ・シフターか、きついけど、頑張るよ」

 スケープ・シフターというのは、異空間を渡る能力を持っているといわれている人型のモンスターだ。サイズは人間と同じくらいで、すべての個体が、真っ黒い闇を固めたような武器を持っているらしい。能力は個体によってまちまちで、魔法に長けたものもいれば、武器での戦いに長けたものもいる。まるで人間のように柔軟性がある素養を持っている生物で、一説には悪魔の眷属と化した人間ではないかと言われているとかなんとか。

 僕は剣と盾を構えて、ロッタの前に立ち上がった。

 次の瞬間、僕のいる場所を何かが閃いた。

 ほとんど同時に盾を掲げて、僕はそれを受け止めた。安値で買った盾だけに、それは一撃で真っ二つに破壊されたけれど、おかげで攻撃の軌道が変わり、それは僕の顔の鱗をわずかに掠めただけにとどまった。

 そして、さらに一瞬のこと。

 瞬きするほどの時間の間に、僕の目の前には槍の形をした、真っ黒い塊を振りかぶった、岩のような肌の大男が立っていた。

 闇の槍がもう一度閃く。

 僕は半分になった盾を投げつけてぶつけて攻撃を妨害し、反対に剣を横薙ぎにした。

 その瞬間、大男の姿が消え、数メートル後ろにすぐに現れた。なるほど、次元渡りとはこういう事か。

「立ち去ってくれませんか、小蜥蜴君」

 と、大男が口にする。

 まさかスケープ・シフターがこの次元の言葉をしゃべるとは思わなかったから、すこしだけ感心した。

「断る」

 とだけ返してやる。

「残念です」

 大して残念そうでもないくせに、大男は言葉だけは、そう口にした。

 同時に踏み込み、武器が交差する。

 軽すぎる僕の剣では闇の槍は防げない。分かっているからこそ、僕は相手の踏み込みよりも大きく前に出た。

 大男は槍が当たらないとみるや、懐にもぐりこもうとする僕を膝で蹴り飛ばしてくる。相手の反応の速さに対応しきなかった僕は、ほんの少し弾き飛ばされた。そこに、闇の槍の斬撃が来る。

 僕は床に這いつくばって避けると、闇の槍に向かって剣を振った。僕の攻撃はぬるりと闇を裂いて、手ごたえなく槍を貫通した。

 ある確信をもって、僕は大男でなく、槍を切ったのだけれど。案の定、槍を切られた大男は大きくよろめいた。

「やっぱりか!」

 本体は、槍だ。何故気が付いたのかといえば、正直に白状すると勘だ。といってもあてずっぽうというわけでもない。妙に物質的な怪物と、目立つ非実体そうな闇の塊、どっちが異界っぽいかというだけの話だ。

 僕はさらに槍に向かって剣を振る。

 大男は再度ワープして後ろに下がると、闇の槍を丸めた闇の塊に変え、呑み込んでしまった。

 そして、普通に踏み込んで前に出てくると、今度は岩のような拳で殴りつけてきた。

 大ぶりの拳を避けるのは難しくない。僕はそれを上半身を捻って躱すと、お返しに力いっぱい剣を振り抜いた。

 大男の胴に刃は当たったけれど、剣は少しの傷も負わせることができずに、弾かれた。

 大男の体内にある闇の塊を攻撃しなければいけないけれど、それを吐き出させることも、大男を斬ることもできなければ、相手を倒すことができない。僕の剣は、軽すぎた。

 拳がさらに振り下ろされる。

 避けることはできるけれど、何度反撃しても、僕の剣は大男を傷つけることができなかった。むしろ、このままでは剣がいかれてしまう。手詰まり感に、僕は困り果てた。

 そして、ただ膠着状態という以上に、現状は深刻だった。僕は種族柄、どうしても持久力に課題を抱えているのだ。何度か相手の攻撃を避けているだけで、急激に疲労が蓄積していくのを感じた。このまま手をこまねいていたら、殴られるのは時間の問題だった。

 それでも、がむしゃらに剣を振ったところで、相手に通用しない。勝てるプランが見つからないまま、僕は奥歯をかみしめた。

「倒せなくても、大丈夫だから」

 そこに、ロッタの声が聞こえた。

「ラルフさん、あと二分、いえ、一分だけ辛抱して! その間に、ポータルを閉じるから」

 気休めだ。ポータルを閉じても目の前の敵は消えないことは、僕にも分かっていた。

「しんどいけど、やらなければ、君が危ないしね!」

 ロッタの言葉に希望を感じたわけでないけれど、僕は勢いが衰えない大男の拳を避けながら、空元気を振り絞って答えた。本音を言えば、そろそろ足がもつれ始めていたし、ロッタをどうやって逃がすかだけを考え始めていた。

 そこに、避け損ねた大男の拳が掠った。

 掠っただけで跳ね飛ばされる。

 ただ、逆に跳ね飛ばされたのが幸いして、意識が飛ぶとか、鱗がはがれたとかいう事もなく、ほとんど傷は負わなかった。

 もんどりうって倒れた僕は、すぐに起き上がって苦笑した。一撃もらって、なぜか逆に頭がさえた気がした。ロッタに言う。

「格好つかなくてごめん。頑張るよ」

 荷物をちょっと漁ってから、すぐに僕は大男に向かってとびかかった。

 大男は僕の一撃で傷つけられることはないことを理解しているようで、ノーガードで突っ込んできた。

 けれど、僕の手にあるものが剣ではないことに気が付いた大男は、交差の瞬間、またワープで距離を取ろうと半透明になり、そして。

 ワープに失敗した。

 ギロギロした目でにらまれる。そして、大男は砕けた岩の塊になって、崩れ落ちた。

「そのワープ、その瞬間、本体を晒すから、敵の目の前でやるのは危険だって、気が付かなかったかな」

 指の間にあった三本のくさびを荷物にしまいながら、僕は答えるはずもない相手に言った。

「それと、多用しすぎだね。さすがに目の前で何回もそうやって距離を取られれば、目も慣れるよ。まあ、読み通りの動きをしてくれなければ、今度こそ手詰まりだったかもしれないけれど」

 すると。

「いやいやいや、消える一瞬で本体にくさび突っ込む奴なんてそうそういないですって」

 驚いたことに、闇の塊が、また目の前に現れた。

 慌てて僕が剣を抜くと、

「いやいやいや、降参します。これ以上斬られたらさすがに死んでしまいます」

 闇の塊はそう言って、僕の目の前で小さな人型を作った。闇の塊だというのに、目や鼻、口までちゃんとある。貴族風のコートを着たような姿の男の人型だった。

 そんな僕たちの所へ、

「終わったよ」

 ロッタも笑いながら、歩いてきた。

 窓の外を見ると、ポータルは消えていた。

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