第三章 次元世界からの襲撃(6)
市場地区と交易地区の門のそばにたどり着くころには、交易地区から殺伐とした騒音が聞こえてくるようになった。
僕たちが門を抜けると、兵士や冒険者たちが協力し合って異形の生物と戦っている姿が、大通りのあちこちに見つかった。多くの人たちが行き交い、怒号を上げ、モンスターと戦っていた。
異形の生物は、蝙蝠の翼が生えた悪魔的な姿をした小型の生物だった。赤茶けた肌の体をしていて、長い尾が生えている。僕はその姿に、図鑑で見覚えがあった。
「ネイザー・フォーリン」
僕は思わず種の名を口にしていた。
地獄のような世界の底に暮らすとされている、最下級の生物だ。強さはたいしたことはないという話だけれど、魔神の眷属として大量に支配されていることがあるという話を、僕は思い出していた。
「急ごう。あれはよくないものだ」
僕は急速に喉が渇いていくのを感じた。
「ロッタ、ポータルは感知できている? あのむこう?」
「ううん、あっちじゃないよ。あっち」
ロッタが首を振った。それから、北東を指さす。それを聞いて、僕は少しほっとした。
「よし、じゃあ、案内してくれ。とりあえずあの戦いは避けよう」
「うん」
僕の言葉にロッタはうなずいて、市場地区との壁に沿った道を、北に向かい始めた。
僕とアルフレッドは、周囲を警戒しながら彼女の左右を歩く。通りにネイザー・フォーリンの姿は見えないけれど、あちこちから何かの気配は感じることができた。
しばらく通りを進む。異界のモンスターの襲撃はない。しばらく歩いたのちに、ロッタは、
「この辺で一回曲がったほうがいいかも」
と告げてきた。
その言葉に従うと、すぐに最初の襲撃があった。襲ってきたのは三体のネイザー・フォーリンだ。
「ロッタを守ってあげていて」
と言うなりアルフレッドが前に出て、ネイザー・フォーリンたちをそのまま圧倒してしまった。彼が戦うところは初めて見たけれど、想像以上の強さに驚くしかなかった。
彼が振るう重メイスの音は、僕が思っていたメイスの打撃音と全く違っていた。何かが砕ける生々しい乾いた音があんなに鮮明に鳴るなんて、ちょっとトラウマになりそうだった。
その後、何度かネイザー・フォーリンの襲撃を退けながら右へ左へと路地をジグザグに曲がって僕たちは進んだ。
アルフレッドの重メイスがうなりを上げるとネイザー・フォーリンはすべて地に伏していった。このままアルフレッドを先頭にと突入したほうが早いんじゃないだろうかという疑問が浮かぶ。
けれど、残念ながらそうもうまくはいかないようだった。何度か角を曲がると、軍とネイザー・フォーリンが入り乱れて戦っている光景が前方に見えたのだ。さすがに侵入場所中枢のそばだけに、乱戦とは無縁では済まないらしい。
「あれは避けようがないかな?」
僕が苦々しい思いで聞くと、ロッタは少し青ざめた顔をして、無言でうなずいた。
「ポータルはどっち側?」
仕方がない。乱戦に飛び込む心づもりをするとして、進むべき方向を確認しておく必要があるだろう。そう考えながら僕が聞くと、
「左。ネイザー・フォーリン? が押し寄せてきてる方の、すぐ近く。でも」
ロッタは、数が多すぎる、とつぶやいた。
「大丈夫、落ち着いて整理しよう」
僕はロッタにうなずいて見せた。それから、立ち往生したわけでない意味も込めて、質問をつづけた。
「通りのこちら側? 向こう側?」
「あっち側」
ロッタは深呼吸して、答えた。緊張はしているけれど、恐怖の色は消えていた。
「ごめんね。ちょっとびっくりしちゃって。もう大丈夫」
「そうだよね。でも、行かないといけないんだな」
僕は前方の乱戦の様子を見つめて言った。
「アルフレッド。通りを突っ切りたい。援護を頼める?」
「左じゃなくてまっすぐでいいかい?」
アルフレッドが確認の声を上げる。
「うん、そう。ポータルへ正面突破はできないと思うんだ。裏手からこっそり近づく方法を探したい」
僕が答えると、
「なるほど、確かに」
アルフレッドは理解してくれた。
「なら僕は君たちを突破させたら、奴らが君たちを追わないよう、足止めだね。ここを突破と同時にぼくは残るよ」
「うん、よろしく頼む」
それは間違いなく必要なことだと思う。僕は彼にうなずいた。
アルフレッドもうなずく。
「よし、じゃあ、ラルフ。君は前方をふさぐ奴以外とは戦わず、ロッタを連れて走るんだ。敵はぼくが引き受ける」
「了解した。ロッタ、心の準備は良い?」
今度はロッタに声をかけると、
「うん、任せて」
力強い声が返って来た。
僕らは三人でもう一度うなずきあうと、それぞれに武器を手に前を見据えた。そして、
「行こう」
僕が告げると、それを合図に僕たちは通りに向かって駆け出した。
すぐに僕たちを目ざとく見つけた何体ものネイザー・フォーリンが押し寄せてくる。いくらかは兵士や冒険者に好機と背中から打倒されていたけれど、それ以上にこちらに押し寄せてくる敵の数は多かった。
倒すためでなく、敵を散らすために剣を大きく凪ぐ。ネイザー・フォーリンたちが僕の攻撃を避けるために距離を取る隙に、その間を縫って僕は走った。ロッタは上手に僕の横をついてきていて、僕と同じように敵を遠ざけるために刺突剣を振るって走っていた。
僕やロッタの背後を取ろうとする敵は、アルフレッドが手早く捌いてくれた。
「君たちはどこへ?」
兵士が大声を張り上げる。
「すみません! わけあってこのまま突っ切ります!」
僕が叫び返すと、
「了解、援護する!」
何人かの兵士がアルフレッドに協力を始めてくれた。
「ラルフたちが抜けたらぼくはこの場に残ります! 敵がラルフたちを追わないよう、足止めに協力いただけますか?」
と、アルフレッドも重メイスでネイザー・フォーリンを叩き潰しながら叫んだ。兵士とアルフレッドの会話が続く。その間も、彼らの手は止まることがなかった。
「神官殿、了解した! そのあとは防戦に協力いただけるとあてにしていいか!」
「ぼくはそのつもりです! ラルフたちは状況を打開するために来ました! それまで踏ん張りましょう!」
「それを聞いて希望が出てきた! ラルフ君、悪いが期待させてもらっていいか?」
兵士の叫びに、
「セレサルの一員として必ず!」
僕も負けじと吠えた。走る足に、いっそう力がみなぎるのを感じた。
「レウダール王国を守るために、私も、全力を、尽くします!」
横で、ロッタも叫んだ。
僕らはとにかく、通りを横切るために、ネイザー・フォーリンをかき分けるように進んだ。敵の数は多く、時にアルフレッドたちの妨害をすり抜けてしつこく付きまとおうとする敵もいたけれど、兵士たちだけでなく、冒険者たちもすかさず助けに入ってきてくれた。名前も知らない冒険者たちに、檄を飛ばされながら、僕とロッタはがむしゃらに走った。
やがて通りの向こうの路地が敵の向こうに見え始めた。路地の奥に敵の姿はなく、僕は一度だけロッタを見ると、最後の敵の壁を、半ば体当たりするように突っ切った。
ほとんど遅れることなく、ロッタも同じように強引に突破してくる。僕らがネイザー・フォーリンの大群を抜けると、兵士や何人かの冒険者、アルフレッドが人垣を作って、通りを素早く封鎖してくれた。
「ラルフ、頼んだよ」
背中越しに掛けられたアルフレッドの言葉に、
「任された」
と、僕も背中越しに答えた。
乱戦の渦中は抜けたけれど、急ぐべきはまだ変わっていない。僕はロッタと一緒に、一本先の路地まで速度を緩めずに入り抜けた。
路地を左に曲がり、いったん足を緩める。
「どのへん?」
「二軒むこうの建物のあたり。うん、ちゃんと裏手に出られた、と思う」
ロッタが息を整えながら、路地の左側に並んでいる建物の一軒を指さしながら言った。
通りにネイザー・フォーリンの姿はない。僕たちはなるべく物音を立てないように、建物の間の空間に何もいないことを確かめながら進んだ。
「この辺。この建物の裏。一階の高さにポータルがあるね」
角から三軒目のレンガ造りの建物の前でロッタが足を止める。建物は三階建てで、裏手に建物があるのかどうかを路地から確かめることはできなかった。
ドアを確認すると、鍵はかかっていないようだった。僕らは、その建物に入らせてもらうことにした。