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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
コボルドの見習い聖騎士
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第三章 次元世界からの襲撃(5)

 僕たちが執務室に着いたときには、すでに大神殿内の聖騎士たちや僧兵たちがバタバタと出動していくところだった。

 コーレン司祭は、神官たちに大聖堂内に避難してきた市民を収容できる準備と、軍から要請があった場合に交易地区に救護班を派遣できるように編成を大至急で進めるよう指示していた。

 それが一段落つくと、コーレン司祭はようやく僕たちを見た。

 正確には、エレオノーラを見たのだろう。

「これがそうなのですな?」

 と、コーレン司祭は彼女に声を掛けた。

「はい。おそらくですが、そうとしか思えません」

 エレオノーラは神妙にうなずいた。この事態は、すでにポータルが稼働を始めてしまったことを意味していた。

「被害状況はお聞きになられていますか?」

「詳細な状況は分かっていませんが、軍も警戒していたという話で、市街に目立った被害は今のところでていないそうです。ローレル閣下もご存じだったのですな」

 コーレン司祭の言葉に、エレオノーラはうなずいた。

「はい、昨晩お話ししました。領主に街の危機を黙っていていい法はありません」

 それは当然だ。ということはポータルにも軍は向かっているのではないだろうか。僕の疑問に気が付いたように、エレオノーラは続けた。

「ポータルについては非常に危険な代物ですから、いたずらに兵を近づければ街を危険に晒します。次元の領域の魔術の素養がある者が見つかっていなければ、防衛に専念していただくことになっています。残念ながら、今朝軍に確認した限りでは、軍のほうでは次元領域に精通した魔法使いは見つけることができていないようでした」

「ひょっとして、今朝まっすぐ来なかったのは」

 そこで僕は思い出した。そういえば、エレオノーラを見つけた場所が交易地区だった。

「はい、軍の方に状況を確認し、ポータルのだいたいの位置を特定していました。ですから、すぐにポータルへご案内できます」

 予想通りの答えがエレオノーラから帰って来た。ふらふらと遊び歩いていたわけではなかったらしい。

「なるほど。司祭様、僧兵か聖騎士を派遣できますか? すぐに破壊すべきです」

 当たり前な意見すぎる気はしたけれど、あえて僕がそう口にすると、コーレン司祭は、少し考えてから答えた。

「いや、それは君に任せたい、ラルフ君。今回の探索は、敵の本拠地の制圧でなく、ポータルの探索と破壊だ。昨日の救出同様、隠密技術にも長けた君にこそ適した内容だと私には思える。それに、すでに見たかもしれないが、領主からの要請を受け、聖騎士や僧兵は、すでに防衛に回してしまった。聖騎士として王道ではないかもしれないが、君なればこそ達成しうるポータル破壊が急がれるこの状況は、ともすれば、君に与えられた試練なのではないかと思う。君はすでに聖騎士レンスにも勝てる、見習いを卒業できる実力がある。この試練を乗り越えた際には、君を正式な聖騎士として任命しよう」

「正式な聖騎士になることについては司祭様のお考えに従います。ですが今は街の人々の脅威を取り除くことだけを考えさせてください」

 白状すると、正規の聖騎士になることに、僕はもうあまり意味を感じていなかった。僕の立場が何であろうと人々の危険を取り除くためにできることがあれば何でもするだけだ。けれど、僕にはできないことも多い。エレオノーラは、次元術師でなければポータルは破壊できないと言った。ということは、だれか術師についてきてもらわなければいけないということだ。

「ポータルの探索については了解しましたが、ひとつ問題があります。エレオノーラの話が正しければ、ポータル破壊は次元魔法使いでなければ危険すぎます。けれど、エレオノーラを、敵の出現の中心に伴うのも、別の意味で危険が大きすぎます」

「確かにその通りだ。他に適任がいればいいのだが」

 コーレン司祭がうなる。

「アルフレッド君、君はできないのかね?」

「次元のつなぎ目を破壊するほどの心得はぼくにはありません。補助くらいはできると思いますが、単独では不可能です」

 苦々しげにアルフレッドはうなずいた。

「それなら」

 と、不意に女の子が執務室の扉を勢い良く開けた。ロッタだった。

「私行くよ! 私は次元領域だけでなく、夢幻領域の魔法も使えるから、隠密の役にも立てると思う。ラルフさんに恩返し、ね?」

「本当かね? セラフィーナは許可したのかね?」

 コーレン司祭が問うと、

「お姉ちゃんの許可は必要ないですよ?」

 ロッタはにんまり笑った。

「だって私一人前の冒険者だもの。昨日は発動体なくて恥ずかしいところ見せたけど、今日は発動体用意したから大丈夫だよ! それと、これもね」

 ロッタは手に持った魔道書と、腰に下げたレイピアを見せてくる。

「改めて、ご挨拶。ロッタ・シルキア、魔法剣士だから剣さえあればちょっとくらいなら戦えるよ! バッタバッタとなぎ倒すのは、さすがにまだ実力不足で無理だけど。ラルフさんと同じだね」

「次元ポータルの操作も任せられるってこと?」

 一番大事な部分を、僕は聞いた。そこが可能でなければ同行してもらっても意味がない。

「次元ポータルは複雑だから実際行って見てみないとどうするかは明言できないけど、封鎖、封印、破壊、解除、改造、一通りお任せだよ。一通り実績ありだし、アストラル界に潜ったこともあるしね。意外に遺跡とかには手つかずのポータルが放置されてることがあるんだよね。遺跡外には影響がないことのほうが多いんだけど、冒険者の探索とか学者さんの調査の邪魔になるから、私はそれがらみの一時雇われ中心の活動してるの」

「それは頼もしいな。それじゃロッタ、お願いできるかな」

 実績があるのは願ってもない。僕はロッタの提案を喜んで受け入れることにした。それから、僕はエレオノーラにも意見を聞いた。

「エレオノーラにはここに残ってもらって、僕とロッタで行こう。エレオノーラもそれでいいね?」

「はい。本来なら私が直接行って破壊したい思いはありますけれど、今はその問答をしている時間も惜しいことは理解できますから、わがままは言わないことにします」

 エレオノーラは不承不承と言いたげな表情でうなずいて、言った。

「ただ、少しだけロッタ様と別室で話す時間をください。五分以上はかけません」

「あ、そういうことなのね。エレオノーラ、もうポータル感知できてるんだ。なら、私からもお願い。エレオノーラとちょっとだけ二人でお話しさせて。というか同調だね。次元魔法使い同士、波長を同調させることで、エレオノーラが感知できてるポータルを、私も見つけられるようになるの。だから、同調の時間をもらったほうが結果的に効率的なの。いいよね?」

 その言葉に、ロッタも同意見を口にした。当然、僕にも異論はなかった。

 二人は部屋を出ていった。エレオノーラの護衛も、彼女と一緒に部屋を出て行った。

 僕はその間、装備をもう一度簡単に点検した。カンテラは分解したまま部屋にある。油差しも昨日ぶちまけてしまってない。矢の補充も結局できていない。そのあたりを忘れないようにしなければ、と、僕がつぶやく。

「とりあえず、なんだけど」

 背中のほうからアルフレッドの声がかかった。

「状況が変わっているし、ポータルの近くまではどうやってもモンスターの中をかき分けて進むことになるよね」

「そうだね。連戦は覚悟しないといけないと思う」

 僕は装備から視線を外さずに答えた。

「だから、ある程度まではぼくも同行して援護するよ。どうだろう?」

 アルフレッドの提案は嬉しいけれど。

 僕は彼が戦っているところを実は見たことがない。戦えることは知っているけれど、どのくらい頼りにしていいのかが分からなかった。彼を振り返り、僕は聞いた。

「アルフレッドって、実勢経験はあるの?」

「ぼくは冒険者志望の神官だからちょくちょく街の外に出ているんだ。レッサーデビルくらいまでは討伐に参加したことがあるから、君が心配しているようなことにはならないと約束するよ」

 アルフレッドはいつの間にか重メイスと凧型盾を持っていた。法衣の下に、鎖帷子も覗いていた。かなりの重装備だけれど、重そうにしている気配は全くなかった。

「なるほど。それは心強いな」

 レッサーデビルは、名前こそ下級だけれど、悪魔の眷属としては下級という意味のレッサーであって、モンスターとしてはむしろかなり手ごわい部類だ。武器の類は使わないけれど、鋭い爪の一撃はたやすく骨を断ち、多様な魔法も使う強敵で、半端な実力では返り討ちにあう相手だから、アルフレッドは僕よりはるかに強いのだろう。

「ぜひ頼むよと言いたいけれど、コーレン司祭の許可の前に勝手に頼んじゃ駄目なんだろうな」

 多分ダメとは言わないはずだけれど。

「いや、かまわない。同行者の選出などは君に一任しよう」

 案の定、コーレン司祭はそう言ってくれた。

「ありがとうございます、司祭様」

 僕はコーレン司祭に頭を下げて、それから、アルフレッドにも頭を下げた。

「よろしく頼むよ、アルフレッド」

「うん、君たちが交易地区内の敵の群れを突破して、潜入に移る際には、ある程度陽動もしておくよ」

 アルフレッドは笑った。

「助かる」

 確かに、そうしてもらえると、ありがたいのは確かだ。僕は世話になることにした。

「あと、首謀者の排除は、今はいったん忘れよう。ポータルの破壊に全力を注ぐべきだと思うんだ」

 僕が言うと、

「そうだね、ぼくも同意見だよ。もし余力があれば、あとで考えるべきだ」

 アルフレッドも大きくうなずいた。

 そんな話をしていると、エレオノーラとロッタが戻って来た。出ていく前にはしていなかった、香か何かの匂いが二人からはしていて、何らかの魔術的な触媒を使ったのだろうと僕は思った。

「ええと」

 ロッタはなぜかぎこちない笑顔で僕の前にやって来た。

「昨日の醜態を考えると、任せてって言いにくいんだけど、ポータル操作頑張るから、ラルフさん、よろしくね」

「うん、頑張ろう」

 僕はうなずいた。誰だって失敗はある。そんなに気にしなくていいのに。

「でも、あまり昨日のことは引きずらないほうがいいよ。誰だってうまくいかない日はあると思わないと。実力を出し切れなくなるといけないから、それでも不安な時は言ってほしい」

「うん、ありがとう。頼りにしちゃいます」

 と、今度はいつもの朗らかな笑顔で、ロッタが答えた。僕はうなずいて彼女にアルフレッドが同行することを告げた。

「途中まではアルフレッドも一緒に戦ってくれることになった。交易地区の路上で異界のモンスターとの戦闘は必ず起きるはずだからね。準備はいい?」

「大丈夫、すぐ出られるよ」

 ロッタがうなずく。

「うん」

 僕はそれを確認してから、エレオノーラに声を掛けた。

「それじゃ行ってくる」

「はい、よろしくお願いします」

 エレオノーラは深々と頭を下げた。

 僕らはエレオノーラと彼女の護衛、コーレン司祭に見送られ、大聖堂を足早に出た。

「どっち?」

 ロッタに聞くと、彼女は、

「あっち」

 と、東のほうを指さした。エレオノーラが今朝いた方と一緒だ。感知は正確なのだろう。僕らはその誘導に従った。

 住宅地区はまだ平穏ではあるものの、通りに人影はほとんどなかった。おそらく交易地区の話がすでに伝わっていて、皆建物内に退避しているのだろう。

 何人かの兵士が走り回っているのが見えた。住宅地区は静かでも、間違いなく異変が起きているのだと実感し、僕は静かに唾を飲み込んだ。

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