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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
コボルドの見習い聖騎士
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第三章 次元世界からの襲撃(1)

 エレオノーラは護符を持っていてくれた。

 それでも、僕がエレオノーラが無事保護されていたのを知ったのは、翌日になってからだった。

 あのあと、僕は聖騎士レンスとアルフレッドに半ば連行されるように食堂に連れていかれ、夕食を終えた後、疲労に堪えかねてそのまま食堂で眠ってしまったからだ。気が付いたら翌朝で、自室のベッドに寝かされていた。

 エレオノーラは結局教団でなく、セレサルの街の領主が保護したということだった。聖騎士レンスが言うには、夜遅く帰って来たコーレン司祭が、

「あの様子だと、翌朝まで説教が続くな」

 とこぼしていたそうだった。

 朝食を終えたあと、カンテラを分解して掃除していると、コーレン司祭に応接室に呼ばれた。祭服で来るように、との言伝を受け取って、僕はうめいた。

「うへえ」

 実のところ、僕は祭服が苦手だ。人間たちのようにつるつるの肌の生き物にはいいのかもしれないが、鱗の上に着こむと、とても動きづらい。特に上半身の飾りが分厚くて、ごわごわするのにいつも閉口していた。それでも僕たちのような見習いや、一般の神官が着る祭服は、司祭の衣装よりは簡易的なものなのだけれど。

 ぼやいても仕方がない。僕はあきらめて教団の祭服を着こむと、応接室にやって来た。

「失礼します」

 ノックすると、中からコーレン司祭の返事があった。

「待っていたよ。入りなさい」

「失礼します」

 もう一度室内に声をかけてから扉を開ける。中には、コーレン司祭のほかに、立派な身なりの中年の男の人が待っていた。そのそばには、初老に近い男の人が、もう一人立っていた。

「おお、君が。なるほど、実際に目にすると何とも不思議な光景だ」

 男の人が唸る。体格は中肉中背というのだろうか。大きいとも、小さいとも思わなかった。ブラウンの髪と、ブラウンの目。肖像画は見たことがあったから、この街の領主そのひとだと、僕もすぐに気が付いた。現国王の弟君であり、今は王家を離脱され、セレサル周辺を治めるために、新しくローレルのラストネームで家を興した公爵閣下だ。

 とすると、そばに立っている男の人は、執事といったところだろう。

「お初にお目にかかります。カイン・ダム・ローレル公爵閣下。ラルフと申します」

 僕ははじめて使う作法通りの礼をして、名乗った。作法通りの礼は、練習はしていたけれど、きちんとできたかは分からなかった。

「おお、素晴らしい。これは丁寧にありがとう。セレサル領主、カイン・ダム・ローレルと申します」

 ローレル閣下も立ち上がり、礼を返してくれた。

「君がエレオノーラ王女殿下を山賊から救出してくれたという話を聞いてお礼の一つもしなければと、参った次第だ」

 そのためだけにわざわざ来たのかと、僕は驚いた。領主というのは忙しいもので、半日外出するだけで仕事が山のように溜まるものだと聞いたことがある。さすがに恐れ多い気がした。

「それであれば、わざわざご足労いただかなくとも、呼びつけていただければ、僕のほうから出向いたのですが」

「いや、こちらが礼をする側だというのに、呼び立てるなど、そんな無礼なことがあろうか。しかし、ふむ」

 ローレル閣下が何度かうなずいた。

「なるほど。噂は耳にしていたが、我が家の使用人にも礼儀が怪しい者が多いというのに、コボルドのほうがよっぽどしっかりしているとはな。爪の垢を煎じて皆に飲ませてやりたいところだが、そんなことをしたら君の爪が擦り切れてなくなってしまうな」

「カイン様、あまりお時間がございません。要件を」

 そばに控えた男の人に言われ、ローレル閣下は、苦い顔をした。このやり取りは間違いなく執事だ。

「少しくらい時間をくれても良いだろう。私だって彼と話してみたいのだ」

「なりません」

 ぴしゃりと執事さんに言われて、ローレル閣下はあきらめたようだった。

「実は、お礼に来たついでというわけではないが、君に折り入って頼みたいことがあるのだ」

「はい、どのようなことでしょう」

 僕は背筋が凍る思いだった。

 おそらくは面倒ごとだろうけれど、僕にできることはそれほど多くない。期待に応えられれば良いのだけれど。

「まず経緯から説明させてほしい。実は、ほかでもない、エレオノーラ姫のことなのだが。外出を希望されているうえ、こちらで用意した護衛を付けることを頑なに拒否されていて、困り果てているのだ」

 分かってくれ、と、ローレル閣下の目が語っていた。正直、僕は目をそらしたかった。これは絶対に事件に発展するのが避けられない類のわがままだ。

「どうしても護衛をつけろというのであれば、と」

 まずい、聞きたくない。すごく聞きたくない。このお願いは、絶対僕の手に余る。何事もなく守り切るのは無理だ。

 けれど、現実は非情だ。ローレル閣下の口から、いちばん聞きたくない言葉が、案の定出た。

「姫は君を護衛として希望されている」

(神様、献身と自己犠牲というのは、こういうことではないと思います。絶対に違うと思います。ほかを当たってください)

 僕は心の中で嘆願したけれど、あいにく留守なのか、カレヴォス神は答えてはくれなかった。

「……分かりました。お引き受けします」

 絞り出すように、僕は答えた。

「どこで落ち合えば良いでしょうか?」

「あー、ふむ。もうこちらに来ている時間のはずなのだが。そういえば姫はどちらに?」

 ローレル閣下が、コーレン司祭に聞く。

 司祭様は、その話は今知ったと言いたそうな顔をした。

「いえ、こちらにはいらっしゃっていませんが」

「む?」

「え?」

 二人は顔を突き合わせて疑問の声を上げた。

「司祭様、まだオーブはありますか? 多分今必要です」

 僕は頭を抱えた。合流する前からすでに事件だ。

「あ、ああ。ここにある」

 コーレン司祭からオーブを受け取り、僕は閣下と司祭様に略式の礼をした。

「急ですみません。これでぼくは失礼します。探しだして合流します」

 それだけ言い残し、僕は慌てて応接室を出た。予感より先に、すでに嵐が始まっていた。

 窓の外の空は、あんなに青いのに。

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