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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
コボルドの見習い聖騎士
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第二章 初めての探索(7)

 交易地区、市場地区、住宅地区、それぞれの説明をしながら、ロッタと並んで歩く。

 住宅地区に入るころには、あたりは暗くなり始めていた。住宅地区の大通りの先に、大きな建物が薄闇に影のように浮かび上がっていた。

 僕はそれを指さして、

「あれが僕やセラフィーナが暮らしている、サール・クレイ大聖堂だよ。この通りをまっすぐ行けば、もうすぐだ」

 そうロッタに告げた。

「大きい」

 とだけ、ロッタは声を漏らした。

 日が暮れだしたばかりの住宅地区は、まだそれなりに人通りがある。交易地区や市場地区で働いている人たちが、家路を急いでいたりするからだ。人の気配が多いのは、春先のまだ少し寒い空気も、和らぐような安心感があった。

 住宅地区は治安も良く、不審な人物が目立ちやすいこともあり、不穏な気配は全く感じなかった。行き交う人の中に、見知った顔も多い。僕はたびたび挨拶を交わしながら、大聖堂への道を急いだ。

「街の人たちと仲がいいんだねえ。なんかいいなあ」

 ロッタは興味深げに、挨拶を交わす僕を眺めていた。

「うん、ありがたいことに、街の人たちに受け入れてもらえているよ」

 本当にありがたいと思う。

 初めて外出が許された日にはすでに気さくに声をかけてきてくれた街の人たちの懐の深さに、僕はとても助けられていると思う。

 大聖堂に近づくにつれ、人通りはだんだん減っていく。大聖堂の正面口は、夜間は閉まってしまうので、あまり大聖堂付近まで来る人がいないのだ。

「大聖堂は南側が正面口だけど、この時間はもう閉まっていて、通用口しか開いていないんだ。通用口は北側にあるから、大聖堂の裏手に回るよ」

 僕が手を差し出すと、ロッタは自然に手をつないだ。人通りもほとんどなくなって来たし、大聖堂脇の道は街灯もないから、心細いかと思って手を引いてあげようかと思ったけれど、ロッタは別の意味にとったようだった。

「私たちも仲良しだね」

「そう言ってくれると、僕もうれしいな」

 笑うロッタに、僕もついうれしくて笑顔になる。

 大聖堂の脇を手を繋いで歩いていると、前方から神官服の人物が足早に近づいてきた。

「ラルフ!」

 アルフレッドだった。息を切らせて駆け寄ってくる彼の顔にも、満面の笑顔が浮かんでいた。

「無事に帰って来たんだね!」

「迎えに来てくれたんだ、アルフレッド。紹介するよ、セラフィーナの妹さんの、ロッタだ」

 僕がうなずくと、アルフレッドは足を止め、ロッタを見てから、また僕を見た。その顔には、驚きの表情が浮かんだ。

「本当に助けだしたのかい?」

「もちろん。任せてって言ったじゃないか」

 僕は、もう一度うなずいた。

 すると、アルフレッドはいったん、来た道を走って戻っていき、おそらく通用口のほうにいる誰かに叫んだ。

「ラルフが戻ったよ! ロッタもいる! そう、ロッタも無事だよ!」

 その声の相手はだいたい想像がついた。案の定、ものすごい猛ダッシュで、セラフィーナが走って来るのがすぐに見えた。

「ロッタ! 無事なのね、ロッタ!」

「ほら、セラフィーナが迎えに来たよ。無事に着いたと、言ってあげて」

 僕はロッタの手を放し、言った。

 ロッタはすぐに駆け出し、セラフィーナに飛びついた。

「お姉ちゃん、心配かけてごめんなさい! ロッタは無事です、酷いこともされてないよ! その前に、ラルフさんが来て、助け出してくれたから、大丈夫! なんともないよ!」

 怖かったのだろう、不安だったのだろう、堰を切ったように、ロッタは泣きじゃくっていた。僕の前では朗らかにしていたけれど、きっとそれは僕に迷惑をかけまいとする精一杯のロッタの強がりだったのだろう。

「うん、お疲れ様。よく無事で……。良かった、本当に良かった。本当に……」

 ロッタを抱きしめながら、セラフィーナは涙混じりの声をかけていた。

「うん。馬車が襲われて、隊商の人たちも、護衛の人たちもあっという間に倒されて、もうだめだと思った。逃げる暇もなくて、捕まって担ぎ上げられて。街道が見えなくなって、すごく怖くって。もう殺されちゃうんだって思ってた……本当に、心配かけてごめんなさい」

 僕には吐き出させてあげられなかった不安を、ロッタがセラフィーナ相手に打ち明けているのが聞こえる。僕はまだ自分が未熟なのだと思い知った気がした。僕はきっと、ロッタの不安な心には、寄り添ってあげられなかったのだろう。

「うん、うん」

 と相槌を打ちながら、セラフィーナはロッタの言葉をずっと聞いていた。

 僕のそばにはアルフレッドが来て、

「お疲れ様。お帰り」

 と言ってくれた。

「ただいま」

 その一言を告げると、僕は帰ってきたのだと、やっと実感した。そのとたん、急に足元がふらついて、僕は通りの石畳にしりもちをついた。

「はは、は……冒険っていうのは、怖いな。すごく、怖かったよ。ごめん、アルフレッド。まだ大聖堂の中じゃないのに、どっと疲れが出てきて、僕はもう立てそうにない……ははは……帰って来たよ……最後の最後で格好悪いな……なんか、『ただいま』の一言を言ったら、急に緊張の糸が切れてしまって……これ以上動けないよ……迷惑かけてごめん」

「何を言うんだ。君のどこが格好悪いって言うんだ」

 アルフレッドが、僕の前にかがみこんで言う。彼の目にすこし涙が浮かんでいたかもしれない。夜は僕の得意な時間だというのに、疲れ果てた目はぼやけていて、よく見えなかった。

 春というにはまだ冷たい風が吹き抜けていく。通りに静けさが戻った。

 セラフィーナとロッタも静かになっていたから、どうしたのかと見てみると、疲れ果てて寝てしまったロッタを抱きかかえて、セラフィーナが通用口に向かって歩いていく姿が見えた。

「コーレン司祭と、聖騎士レンスに報告しないと……そうだ、動けないとか、まだ早いな。まだ終わっていない。疲れ果てている場合じゃないんだった」

 僕は、がくがくする足で立ち上がった。

「すまない、アルフレッド。捕まらせてもらってもいいかな。行こう」

「もちろんだけど……大丈夫かい。ぼくが運んであげるよ、無理しないで」

 アルフレッドの言葉はありがたかったけれど。

「それはだめだ。僕は任されたと言って出たんだ。だったら、帰路の途中でギブアップしたら駄目だ。それに、早めにコーレン司祭に伝えないといけないこともあるんだ」

 僕はそう言って、自分の足で歩くことにこだわった。まだ僕の冒険は、全部は終わっていない。

 アルフレッドの腰につかまりながら、よろよろと通用口に向かう。そして、明かりのともる大聖堂に入ると、僕は、自分でも驚くほど、大きな安堵のため息をついた。

「明るいな、明るいよ。アルフレッド」

「そうか。ぼくにはいつもと変わらない明かりだけれど、君が頑張ったからこそ、きっときれいな光が見えるんだろうね」

 そんな風に話しながら、僕らはコーレン司祭の執務室に入った。

「ただいま戻りました、司祭様」

 コーレン司祭にも挨拶をして、

「行儀が悪くてごめんなさい。ちょっと、床に座ることを許してください」

 僕は床に座り込んだ。

「いや、気にしないでくれ。君の顔を見れば、どれほど大変な思いをしたのか、何となくわかるからね、ラルフ君」

 コーレン司祭はそう言って許してくれた。

 僕は頭の中を整理して、まずは本来の目的についての結果を話し始めた。

「隊商が襲撃された南方の湿地帯の中に、山賊が隠れ家にしている砦の廃墟を発見、秘密の通路があったのでそちらから潜入し、ロッタを無事救出しました」

 あれだけ大変だったのに、ロッタ救出に関しては、言葉にするとたったそれだけだ。

「それで、すみません。ここからが本題になります。……アルフレッド、廊下で誰か聞いていないか、ちょっと見てもらっていい?」

 話す前に、話が漏れないように、立ち聞きしている人間がいないかをアルフレッドに確認してもらう。

「大丈夫、誰もいないよ」

 アルフレッドは静かに扉を開け、廊下を見回してから、言った。

「ありがとう」

 僕はアルフレッドにお礼を言って、ちゃんと説明するために、しばらく言葉を探した。コーレン司祭の部屋にしばしの沈黙が生まれる。それから、僕は本題の話を始めた。

「山賊の隠れ家で、ロッタ同様捕らわれていた少女を他に一名発見し、救出しました。捕らわれていたのは」

 そこでまたいったん言葉を切り。

 気持ちを落ち着けてから、僕は言った。

「レウダール王国王女、エレオノーラ・レウザーリア殿下です。ロッタ同様、襲撃された隊商の馬車に乗り合わせていた模様で、救出後、セレサルの街までは僕が護衛、セレサル内で待っていた近衛兵と合流できたため、その後の護衛は引き継ぎました」

「なんと……そんなことが」

 コーレン司祭が立ち上がった。

「エレオノーラ姫まで攫われていたとは」

「はい。運がよかった。本当に。僕が山賊の隠れ家に潜入した時、拷問にかけられる寸前でした。本当に、偶然とはいえ、僕がロッタ救出のために潜入したことで、姫の身に最悪の事態が起こる前に救出できてよかった。でも」

 僕は床からコーレン司祭を見上げ、どういったものか迷った。けれど、いい言葉も見つからなかったから、結局思ったままを正直に伝えることにした。

「問題は、ここからです。おそらく、本人及び近衛兵はお忍びのつもりで計画したものと思うのですが、市井の馬車で姫を単独で移動させていたこと、護衛である近衛兵が、目立ちすぎる黒衣で行動しているなど、非常に計画が雑、というか、計画そのものが破綻していて、放置しておいたら、取り返しのつかないことになるおそれがあります。すぐに領主に連絡し保護いただくか、今すぐこちらで一旦保護するか、決断が必要です」

「なるほど……聞いた限りでは、襲ってくれと言っているようなもの、ということで良いのかな」

 コーレン司祭の感想からすると、理解してくれたようだ。

「僕が感じた限りでは。救出時に、僕に対してエレオノーラ姫が名乗られた名前も、偽名などではなく、エレオノーラ・レウザーリアの名をそのままおっしゃいました。近衛兵にも確認しましたが、偽名は特に考えていなかった様子です。非常に危険な状況であると感じます」

 僕はうなずいた。

 コーレン司祭も僕の言葉に頭を抱え、

「なんたることだ。それは危ういというレベルではないね。何が起こるか分かったものではないな」

 と、漏らした。

「分かった。ありがとう、ラルフ君。一旦こちらでも保護できるよう、すぐに僧兵たちに街を捜索させよう。並行して、私は領主にこのことを伝えることにするよ。よく確認してきてくれたね」

「ラルフ、本当に君ってやつは。そこまでやっておいて、格好悪いとか言っていたのか」

 アルフレッドに、小突かれた。

「それは自分を欲張りすぎっていうんだよ」

「ははは、そうかな。ならいいんだけど」

 アルフレッドに笑って答えてから、僕は荷物を開け、コーレン司祭にオーブを差し出した。

「エレオノーラ姫に追跡用のビーコンを渡してあります。このオーブで、現在位置を特定可能なはずです。使ってください」

「おお、それは素晴らしい。助かるよ」

 コーレン司祭にオーブを渡すと、やっと肩の荷が下りた気がした。とても疲れていて、酷くおなかもすいていたけれど、心の中だけは晴れやかな気分だった。

「はい。司祭様、あとはよろしくお願いします」

 僕がくたくたの体で伸びをすると、大きな音を開けて扉が開き、聖騎士レンスが部屋に飛び込んできた。

「失礼します! ラルフが戻ったというのは……ラルフ! 無事戻ったのですね!」

 がばっと抱き着いてくる聖騎士レンスが、とても重い。

「ただいま、聖騎士レンス。無事戻ったよ。ちゃんと帰って来たよ」

 疲れ切った僕の体力では受け止めきれず、僕は床にひっくり返った。それでも、精一杯笑って見せた。

「僕にはちょっとした大冒険だったよ。でも、僕はセラフィーナに任されたって約束したから、しっかりこなしてきたよ。お腹はぺこぺこだし、体はくたくただけど、怪我はしていないよ」

 起き上がれないけれど。

 もう完全に自力で歩く体力が残っていないけれど。

 僕は、大聖堂に帰って来たのだ。

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