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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
コボルドの見習い聖騎士
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第二章 初めての探索(6)

 セレサルの田園地区に到着したころには、空には夕日が差していた。

 ストーミーが飼育されている牧場のそばに着くと、牧場主の男が待っていた。三〇代半ばの、体格のいい人だ。

「やれやれ、戻って来たか」

 ストーミーが牧場主のそばまで歩いていくと、さすがに牧場主にはストーミーが言いたいことが良く分かるのか、すぐにエレオノーラとロッタを降ろしてくれた。

「勝手に乗ってすみませんでした」

 僕が謝ると、牧場主が笑う。

「こいつが勝手にラルフ君を追いかけて出て行っただけですよ。気にしないでください」

 ストーミーを僕が以前から知っていたのだから、当然この牧場主の男の人も知っている。ハリスンという名前の人だ。

「こいつに手を焼かされるのは毎度のことですしね。こんな意地の張った奴だから買い手もつかない。まあ、ラルフ君が走っていくのを見るなり柵を飛び越えて行ったのは、さすがに驚きましたがね」

「ストーミーのおかげで、とても助かりました。自分なりの何か正義感みたいなものがあるのだと思います。なんとなくですが、僕ももっと精進しなければな、と学ばされた気がします」

 僕の言葉に、当然だ、と言わんばかりにストーミーが首を振った。

「どうです、いっそのこと、こいつ買いませんか?」

 ハリスンが笑う。

「ほかの連中には基本無関心なんですよ、こいつ。蹴りに行くというのがちとなんですが、反応を示しているのは、ラルフ君相手くらいですからね。それに、今回ラルフ君が急いで走っているのを見て、脱走してまで追いかけたってことなら、ほかの連中よりはこいつに認められてるってことじゃないですかね」

「今日は特別だったんだと思います。認められている気はしないですね。むしろ、手がかかるお荷物扱いされていた気分です」

 今回ストーミーが付いてきたのは、仕方なしに手を貸してくれた、という表現が一番しっくりくる気がした。常にストーミーは上から目線の態度だったし、僕を主人と認めることはないだろう。

 僕がストーミーを眺めていることも気にしていないように、ストーミーは勝手気ままに歩き回っていた。全く振り返りもしない。

「けれど、立派な馬だと思います」

 エレオノーラが言う。

「ストーミーに主と認めていただけるなら、私が購入したいくらいです」

 すると。

 急にストーミーが振り返り、低く、ブルブルと鳴いた。それから、ストーミーが戻って来た。

「まあ」

 エレオノーラがストーミーに近づくと、ストーミーは足を止めた。しばらくエレオノーラを見ていたストーミーは、それからふいと向こうを向いて離れて行ってしまった。

「残念です。行ってしまわれました」

 エレオノーラは、静かに笑った。

「気難しいやつなんです。本当にわがままな馬で困ってます」

 ハリスンが頭を掻く。

「ストーミー、かっこよかったよ」

 無邪気に、今度はロッタがストーミーに駆け寄る。ストーミーはロッタには反応を示さなかった。

「残念。私には興味もないみたい」

「蹴りを入れてこないだけうらやましいよ」

 僕はあえてストーミーには近づかなかった。ストーミーの様子はもういつもの態度に戻っていて、たぶん近づくだけで、いつものように蹴ってくるだけだろうと思った。

「ストーミー、柵の中に戻ろうか」

 ハリスンが声をかけると、今度は足早にストーミーが戻って来た。そして、ハリスンの前でなく、僕の前にやってきて、グググ、というような短い声を上げて、ハリスンのところに行った。

「なるほど。ラルフ君、頑張ったなって言われてるなあ。何があったか詳しくは聞かないが、どうもこいつから見た君はまだ子供扱いらしいですよ」

「そうでしょうね。本当に、今日のところは全く頭が上がらないです。ストーミーがいてくれなければ、僕はたぶん何もできなかったと思います」

 僕はうなずいた。

 柵の門をハリスンが開けると、ストーミーはすんなり柵の中に入って行った。その姿を見送りながら、ストーミーに僕が一人前と認めてもらえる日は来るのだろうかと考えた。そんな日が来るのか、想像もできなかった。

 ストーミーに別れを告げて、交易地区に入る。セレサルの街のことには詳しくないというロッタに地区の説明をしていると、前方から、見るからに怪しい黒マントの人物が近づいてきた。口元まで覆うタイプのフードで顔も隠している姿は、怪しい以外の何物でもなかった。

「エレオノーラをこちらで引き取りたい」

 僕らの前で止まると、その人物はぶしつけに言った。怪しすぎて、逆に知り合いではないかという疑問を覚えた。

「その前に、この子、山賊に捕まっていたんだけど。少しは心配してあげてほしいな」

 鎌をかけたわけではないけれど、僕がため息をつくと、怪しい人物は動揺したように目を丸くした。

「何?」

「何、じゃなくて。なんでこんな狙われやすい子を市井の馬車で来させたのか、僕はそれが知りたいよ。むしろ襲撃されたその場で殺されていても不思議はなかったよ」

 その時になって、思ったより自分がだいぶ腹を立てていることに、僕はやっと気が付いた。何となく理由は思いつく気がしたけれど、たぶん当たっているとしたら、いろいろ間違っていると思っていた。

「それは……だな。その」

 黒マントが言葉に詰まる。

 当たってほしくはなかったけれど、当たってしまったのだと、僕はまたため息をついた。

「ええと、エレオノーラ。それから、名乗らないあなた。ひとこと言わせて。『これ』はお忍びとは言わないと僕は思うな」

「まあ、それでは私のことをご存じなのですか?」

 と、エレオノーラが驚いた顔をする。それで、僕はもっと根本的な問題だったと気が付いた。

「ああ、そうか。そこからか。この子はフルネームを名乗ったよ、僕に。誰が潜んでいるかもわからない、地下通路の中で。まず偽名を考えてあげようとか、考えなかったの?」

 レウザーリアの家名を出した時点でもはやお忍びでも何でもない。単独で不用心に旅行をしているだけだ。

「そ、そうか。忠告痛み入る。確かにその通りだった」

 黒マントは、初めて気が付いた、と言いたそうにうなずいた。常識が迷子とはこのことか。

 それに。黒マントでの体の隠し方が中途半端なせいで、隙間からちらちら見えている『それ』を僕は指さした。

「あなたの黒マントが怪しすぎて逆に目立っていることとか、黒マントの付け方が雑すぎて、本で見た覚えがある紋章が見えているとかは、もう好きにすればいいとは思うけど。こんな、もう、ああ、もう、何から直してもらえばいいか、全部危なっかしくてどうにかなりそうだ」

 僕はだんだん、どうでもよくなってきた気がした。乾いた笑いを漏らして、エレオノーラを見た。

「ええと、今更だけど、確認させて。この人がセレサルで護衛の任についている人、ってことで間違いないかな?」

「はい、そうです。ラルフ様、どうもありがとうございました」

 エレオノーラは、たぶん良く分かっていないだのだろう、にっこり笑ってお辞儀をした。

「ああ、うん。無事着けてよかったね。それじゃ……あ、ちょっと待って」

 そうだ、と僕は自分の荷物を漁り、エレオノーラに護符を差し出した。

「お守り代わりに持って行って。守りの魔法とかはかかっていなくて、気休めにしかならないものでごめん。この先は平穏に旅の目的が果たせるように、お祈りの代わりだとでも思ってくれると嬉しい」

「ありがとうございます、ラルフ様。それではお言葉に甘えさせていただきます」

 エレオノーラはそれを受け取ってくれた。

「うん。……じゃあ、護衛の方、あとはよろしくお願いします」

 僕は黒マントの人物に、エレオノーラを任せ、手を振って別れることにした。

「待たせてごめんね、ロッタ。セラフィーナも待っているはずだから、大聖堂に案内するよ」

 ロッタに声をかけると、彼女は立ったまま半分眠りかけていた。彼女は慌てて目を開けて、答えた。

「あ、ごめんね。私寝てた?」

「ごめん、仕方ないよ、怖かっただろうし、疲れたよね。もうちょっとで大聖堂だから、行こう。エレオノーラは、護衛の人が迎えに来たから、ここでお別れだ」

 僕はそう言って、ロッタとエレオノーラにうなずいた。

「大変だったね。またね」

「はい、本当に。この先もお気をつけて」

 二人は短い別れの挨拶を交わすと、満足したようだった。

「それじゃ、大聖堂まで、エスコートよろしくね」

 ロッタに促され、僕は市場地区への門に向かって、交易地区を歩き出した。

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