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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
コボルドの見習い聖騎士
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第二章 初めての探索(5)

 階段を降り切ると、僕は腰を下ろした。

「お待たせ……はあ、うまく助け出せてよかった。この通路は山賊たちにはまだ見つかっていないから、少し休憩してから脱出しよう。喉は乾いていない? 良かったら水を飲んで」

 水袋を出して、ロッタに渡すと、僕は急に自分がものすごく体力を消耗していることに気が付いた。女の子たちを街に送り届ける大役が残っていることを考えると、少し休む必要がありそうだ。体力を回復させるために、床に寝転がると、冷たい石の感触が心地よかった。

「転がったままでごめん。エレオノーラには名乗ったけど、僕はラルフ。ロッタのお姉さんのセラフィーナと同じく、サール・クレイ大聖堂で、聖騎士になる訓練を積んでいる見習いだ。見ての通りコボルドだけど、カレヴォス神の名に誓って、君たちの味方だよ。セラフィーナの頼みでロッタを救出に来たんだ」

 自分の剣の鞘についたシンボルを見せながら僕が言うと、エレオノーラがまずうなずいた。改めて見ると、まだ一〇才くらいの子供だだった。

「ラルフ様のお名前は私も存じています。助けていただき、改めてお礼を申しあげます。私は、エレオノーラ・レウザーリアと申します。危険な場所に単身乗り込んで救出いただき、本当にありがとうございます」

 とてもしっかりしていて、礼儀正しい。そして、聞き覚えのあるラストネーム。護衛もつけずに何故一人で市井の馬車に乗っていたのかなど、疑問は尽きないけれど、無事にセレサルの街に送り届けないといけない子なのは間違いなさそうだった。

 それから、続いてロッタが口を開いた。はじめてしっかりと容姿を見る。小柄で、セラフィーナと比べると、身軽そうな子だ、という印象だった。

「私からも、助けてくれてありがとう。それに、まさかこうして、エレオノーラと私、二人とも助かるとは思っていなかったから、すごくうれしい。私はロッタ・シルキア。ええと、姉がいつもお世話になってます?」

 最後が疑問形なあたり、彼女もまだ子供なのだろう。『可愛い妹』というのはこういう子のことなのかな。違うのかもしれない。

 二人は水袋の水をひと口ずつ飲んで、返してきた。僕ものどがカラカラだったから、少しだけ喉を湿らせてから、起き上がった。

「行こうか。ここも絶対安全とは限らないからね」

 まだ体はくたくただったけれど、そうも言っていられない。まだ山賊の隠れ家の中であることは変わらない。一刻も早くセレサルに向かうべきだろう。大丈夫だ、まだ動ける。これならば、街までの護衛も、何とかこなせるはずだ。

 二人もうなずいて、腰を上げた。

 僕は二人のためにカンテラを持ち、足元を照らしながら進んだ。

「それにしても、山賊の根城にたったお一人で潜入されるなんて、お強いのですね」

 エレオノーラが感激したように言う。

 僕はばつの悪さに苦笑を返して、答えた。

「そうならいいんだけどね。僕は体力もないし、山賊をばったばったとなぎ倒して進むような力もないから、こうやってこそこそ隠れながら助けることしかできないよ。強くはないかな」

「そんなことないと思う。単独潜入を成功させるなんて凄腕のローグかスカウトみたい」

 いちばん痛いところをロッタに褒められた。隠密行動しかしていなかったのは事実だけど、僕は聖騎士見習いです、お嬢さん。

「聖騎士っぽくなくてごめんね、僕は未熟な見習いだから、聖騎士らしくすると返り討ちにあうんだ。頑張って聖騎士になれるように訓練するよ」

 苦笑いしながら答えると、ロッタは無邪気に笑った。

「えー、そんなことないよ。潜入クエストも成功させる聖騎士なんて、表の顔、裏の顔、みたいで格好いいのに」

 地下のホールに明るい笑い声が響き渡る。

 僕は反響音を聞きながら、危険がないか、気を付けて歩いた。

「さて、そろそろ静かにしよう。後の話は、街についてからね。山賊以外にも危険があるかもしれないんだ。安全を確保する時間はなかったから、この通路の中はほとんど調べていないんだ」

 エレオノーラとロッタはうなずいて、会話をやめた。素直で助かる。静寂が戻った地下ホールを横切り、地上に続く通路への階段を登る。相変わらず大ネズミの気配はするけれど、小穴に引っ込んだまま、出てくることはなかった。

 階段を登り切り、僕はカンテラを消した。地上の出口は落とし格子になっているから、明かりが漏れるからだ。

 僕はエレオノーラとロッタの手を片手ずつで引き、真っ暗な横穴を進んだ。二人には暗すぎて心細いだろうけれど、僕には見えているから大丈夫と、説明しておいた。

 新しい足跡はやっぱりなく、山賊にこの通路の外側出口も見つかっていないようだった。通路の終端。最後の竪穴のところまで来ると、僕は、僕たちの腰をロープでつないだ。かなりきついけれど、二人のどちらかが足を滑らせても、下まで落下しないようにするためだ。二人には穴が暗すぎてステップが見づらいから、用心のために。

 先頭に立ってステップをゆっくり上がる。思ったよりも順調に、二人も後に続いてきた。

 結局落下の事故はなく、落とし格子の下までやってくると、僕は格子から見える範囲を見回して、周囲の音と匂いに注意を払った。

 近くに人の足音や、息音は聞こえない。焼きネズミの強烈な匂いもなし。

 それを確認して、落とし格子を開ける。

 地上に上がると、砦の方向を伺った。そして、目を疑った。

 何をどうしたら、あんなことになるのか分からないけれど、砦から猛烈な火の手が上がっていた。砦が燃えている。

 拷問部屋で吹き出している火を消そうとして、誰かが馬鹿なことをしでかしたのだろうか。少なくとも、これでは山賊も僕たちの追跡どころではないだろう。

 とにかく、僕は、状況が比較的安全と判断して、まずはエレオノーラに、次にロッタに手を貸して、地上に上がらせた。

 腰のロープを解き、背負い袋にしまっていると、砦を見たエレオノーラが声を上げた。

「まあ」

「見事に火事だね。下手したら山賊たちは全滅したかもしれない」

 狙ったわけではないから、僕は複雑な心境だった。それに。

「つかぬことを聞くけど……君たち以外に、捕まっている人って、いなかったよね?」

 間接的にとはいえ、捕まっている人たちごと焼き殺したとなると、しばらく立ち直れないかもしれない。

「私の知る限りでは、いなかったと思います」

 エレオノーラがうなずいた。

「私もほかの人は見なかったかな」

 ロッタも同意する。

 それを聞いて安心した。

 ともかく、砦の火事から逃げ出した山賊がうろついているかもしれない。すぐにその場を退散することにした。

 沼地を街道近くまで戻ると、濃い血の匂いが漂ってきた。来た時にはなかった匂いだ。何かあったのだと気づき、僕は二人に物陰に隠れるように言った。

 街道の様子を伺う。

 最初に見えたのは、暇そうに歩き回る灰色の大きな影だった。蹄が石畳を打つ音が鳴り、甲高い鳴き声が混じる。ストーミーは無事だったらしい。

 兵士の姿はない。いったん引き上げたということなのだろうか。

 そうやって僕が街道を隠れて見回していると、次の瞬間、忌々しげに首を振ったストーミーが後ろ足で街道に転がった何かを蹴り飛ばした。

 こっちに飛んできたそれは、見るからに、山賊の男だった。頭が凹んでいる。あまり直視したいとは思わないレベルで。

 街道をもう一度見る。あちこちに、山賊の死体がゴロゴロと転がっていた。まさか。

 ストーミーは、山賊の死体を街道の外に蹴飛ばして回っていた。

 多い。多すぎた。

 山賊の死体は十体以上はあった。まさか、ストーミーが全部蹴り殺したとでもいうのだろうか。だとしたら強すぎる。

 それに、正確に全部こっちに蹴り飛ばしてくる。死体は全部あちこち凹んでいた。どうやら、まさかが当たっていたようだ。全部ストーミーが倒したのだ。どうやって? 理解が追い付かない。

 次から次へと、ストーミーは山賊の死体を正確にこちらに蹴り飛ばしてくる。たぶん僕が隠れていること、そして、隠れている場所まで気が付いているのだ。早く出て来いと文句を言われている気分だった。

 あれは今の僕には絶対勝てない相手だ。突然寒気が襲ってきた。

「怖いから死体蹴りをやめて」

 すごすごと出ていくと、ストーミーが前足で石畳をひっかいた。相当不満そうに。それを見て、僕は安全なのだと判断した。

「エレオノーラ、ロッタ。出てきて大丈夫みたいだ」

 エレオノーラとロッタに僕は声をかけた。彼女たちが街道に出てくると、ストーミーは自ら、彼女たちがまたがりやすいように姿勢を低くした。

 僕が扱いの違いに呆然としていると、ストーミーに鼻先で小突かれた。何をしている、手伝ってやれ、と叱られたのだと気づく。

 でも、そう言われても、根本的な問題があった。

「ごめん、届かないよ」

 コボルドの身長では、どうやっても馬上まで手が届かない。僕が謝ると、ストーミーに頭で小突かれた。意味は分からなかったけれど、相当馬鹿にされていることだけは分かった。

 なんとか馬車の残骸から足場になりそうな箱が見つかった。

 足場を探している最中に、大きな裂傷を負った兵士たちの死体を見つけた。山賊に殺されたらしい。いきなりの襲撃に、兵士たちは対処できなかったのだろう。そのことは、エレオノーラとロッタには黙っておいた。

 エレオノーラとロッタが無事ストーミーの背に乗ることができると、ストーミーは僕を置いて勝手に街に向かって歩き出してしまった。お前は自分で歩け、ということらしい。

 僕は急いで馬車の残骸に箱を戻すと、ストーミーを追った。それが当然かのように、ストーミーは待っていてくれなかった。

 随分先に行ってしまった馬を追いかけるのは、僕にはかなりの重労働だった。

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