第二章 初めての探索(4)
通風孔の格子を戻しながら這って進み、隠し扉の裏に無事についた。念のため格子を戻して、女の子の手を引きながら階段を下りると、背負い袋からカンテラを出し、火を灯した。
「僕はラルフ。見ての通りのコボルドだけど、セレサルの街で聖騎士の見習いをしている」
そして、まじまじと女の子を見た。
きれいな緑色の目をしていて、色鮮やかな金髪の子だった。僕はその容姿に、言葉を失った。セラフィーナは、彼女の妹について、容姿を何と言っていた?
「ありがとうございます、ラルフ様。私は、エレオノーラと申します。首都レウザリムから馬車に乗ってセレサルに向かう途中に、ここの山賊に馬車隊が襲われて、捕まってしまったのです。ですが、その」
彼女が名乗る。女の子の名前は、やはり、ロッタではなかった。山賊に連れ去られた女の子は一人ではなかったのだ。僕は頭を抑え、自分の愚鈍さを呪った。
「君のほかに、馬車にもう一人女の子がいなかった?」
「はい、そうなのです。馬車の中でお友達になった子で……お願いします、彼女も助けてあげてください。ロッタという子なのです」
「分かった。ここで待っていてくれるかな。こんな辛気臭い場所に独りぼっちにしてごめんね。すぐに戻ってくるから。危ないかもしれないから、むこうの部屋とかホールには入らないでね。それと、僕には必要がないからカンテラはおいていくけど、倒して火が消えると、ここ真っ暗だから、気を付けて」
僕はカンテラを床に置き、頭痛がしそうな頭を叩いた。めげている時間はない。そろそろ僕が殺した山賊たちの死体が発見されていてもおかしくないはずだ。おそらくさきほどのように簡単にはいかないだろう。
さらに言えば、山賊の死体がもし見つかっていれば、エレオノーラがいなくなったことが発見されるのも時間の問題だ。そうなると、本格的にロッタの命が危ない。行動は迅速に行う必要がある。場合によっては別のところに山賊の注意を向ける必要があるだろう。
僕は階段の下にエレオノーラを残し、階段を駆け上がった。隠し扉の向こうから、騒ぎ声が聞こえてくる。
やはり山賊の死体は発見されていたようだ。扉という扉があけられる騒々しい音が砦の中に響き渡っていた。隠し扉の脇の格子を外そうとして、通風孔から煙が漏れていることに気が付いた。格子を外して覗き込むと、あちこちの格子から、燃えたわら束が突っ込まれているのが見えた。通風孔に隠れているなら、燻り出そうという魂胆のようだった。通風孔はもう使えないということは明らかだった。
かくなる上は、混乱に乗じて隠れながら進むしかない。いよいよもって聖騎士見習いの戦い方ではないけれど、四の五の言っている場合ではなかった。
死体が見つかった部屋だからだろう、真っ先に突っ込まれたようで、幸い、隣の部屋のわら束はもうすぐ燃え尽きる。そのタイミングで隣の部屋に移動するしかないだろうと腹をくくった。
わら束が燃え尽きる。
その瞬間に、通風孔をするすると這い、隣の部屋の格子まで移動する。
部屋を素早く見回す。部屋内に山賊は一人。好都合だ。僕は格子を静かに開けると、部屋に転がり込みながら弓矢をつがえ、山賊を射抜いた。
自信はあった。父さんの家では飽きるほど弓矢を持って森を駆け回っていたから。もちろん、大聖堂に来てからも、練習は欠かしていない。
山賊がいいものを持っていた。短刀、投げナイフ五本を、僕は山賊の死体から持っていくことにした。
開いた扉から廊下をうかがう。近くに山賊はいない。
鉤爪付きロープを使い、僕は廊下の壁の梁に上がった。下が使えなければ上だ。なるべく明かりの少ない場所を探すと、おあつらえ向きに崩れた天井から上に登れる場所があった。幸運に感謝しながら、僕は上階に登り、身を潜めた。そこは部屋になっているけれど、扉は瓦礫で埋まっていて、外から人がなだれ込んでくる心配もないようだった。
山賊が通りかかるのを待ち、二人を射倒すことができた。ここまでで六人減った。矢の残りは九本。山賊の残り人数は、果たして何人だろう。廊下での装備あさりは危険なので、そいつらの懐は調べなかった。
廊下を進み、無人の部屋を見つけて飛び込む。酸っぱい嫌な臭いがする部屋だ。部屋の隅に木箱がある。あとは、ぼろぼろのベッドが一つ。
木箱の裏に隠れると、通風孔の煙が薄くなってきていることに気が付いた。わら束が燃え尽きてきているのだ。戻りは通風孔が使えるかもしれないという選択肢に、希望が湧いてきた。
タイミングよく、山賊が一人部屋の中を扉からのぞき込んできた。もちろん射抜く。こんなに命中率が良いのは珍しい。そろそろ外れるかもしれない。調子に乗るべきではないだろう。
廊下をうかがう。まだ近くに山賊がうろついている気配がする。廊下に倒れている死体を利用することにした。扉の陰に隠れる。
予想通り、通りかかった山賊が、倒れた仲間の前で足を止めて屈みこんだ。その一瞬に背後を取り、短刀を叩き込んだ。
前進。先ほどの方向からすると、そろそろ牢屋は近いはずだ。
拷問部屋を見つけた。扉の陰から覗くと、山賊が四人固まってわめきあっていた。一度に相手にするには多い数だ。見つからないように祈りながら、扉の前をすり抜けた。
格子扉に突き当たり、この先が牢屋だとわかった。守衛室の中には山賊が三人居た。これ以上人質に逃げられないように、見張りをしているようだった。けれど、あまり真面目にやるつもりはない様子で、酒を飲んでいた。
酔っ払いなら三人くらいなんとかなる。僕は部屋に飛び込むと、三人が立ち上がる間に一人を投げナイフで仕留めた。
「しんにゅ……!」
「ここにい……!」
残る二人が叫ぼうとする。判断は正しいけれど、自分が酔っ払いだということを理解していない。彼らが言い終わる前に、僕はさらに投げナイフで声を封じた。
痛みで倒れた二人に対し、僕は刺さった投げナイフを抜き、それでとどめを刺しなおした。部屋の脇を見ると、通風孔から出る煙はほとんど見えなくなっていた。
守衛室の壁に牢屋の鍵束があった。素晴らしい。僕はそれを回収し、牢屋に向かった。
セラフィーナの妹、ロッタは守衛室に一番近い牢の中にあっさり見つかった。銀色の髪、今度こそ間違いない。
山賊の気配が近づいてきている。今ロッタを救出したとして、無事に外まで連れ出すのは難しいだろう。
「ロッタだね? 僕はコボルドだけど、味方だ。セラフィーナに頼まれて助けに来たんだ。エレオノーラも助けた。まだ近くに山賊がいる。しばらく待っていて。分かった?」
手短に言うと、ロッタは無言でうなずいた。
それを聞くと、先に近くの通風孔の格子を外して通れそうなことを確認してから、通風孔に飛び込んだ。当然、格子は戻す。
通風孔を誰もいない牢のほうへ進む。その先が行き止まりでないことを確認してから、僕は拷問部屋へ向かった。
拷問部屋からは、わめきあいがまだ聞こえている。僕はそこに戻ると、少し通風孔を調べた。エレオノーラを助けた時に感じた違和感を確かめたかったのだ。
やはりそこには仕掛けが隠されていた。僕はそれを工具でいじって稼働状態にする。構造はそれほど難しいものではなかった。簡単な構造の罠であれば、仕掛けるのはコボルドの得意分野だ。
そして、通風孔を少し下がると、僕は投げナイフを一本投げて、格子のそばの床に乾いた音を立てさせた。
当然、山賊に気づかれる。拷問部屋内の格子が蹴飛ばされ、通風孔の中に転がった。
「出て来いよ、ドブネズミ野郎」
そう山賊が言った瞬間。
稼働状態にした仕掛けが動く。通風孔の壁から猛烈な火が噴出し、あっという間に山賊の足が火だるまになる。砦の主は相当性格が悪かったのだろう。通風孔の罠としては破格の火力だ。悲鳴を上げて大騒ぎする山賊を無視し、僕はすぐに油差しの油を吹き出す炎にぶちまけた。熱くてよく見えないけれど、拷問部屋はひどい地獄絵図になっているはずだった。悲鳴が四人分聞こえていることだけは耳を澄まして確認する。これでおそらく、大多数の山賊たちが拷問部屋の周りに集まってくるだろう。
その場を離れ、通風孔を牢屋まで戻った。
「ごめん、お待たせ」
鍵束を探り、牢屋の鍵を開けると。
「すごい騒ぎだけど、何が……」
騒ぎの理由が分からずにロッタがおびえていた。僕は心配ないことを伝えた。
「時間を稼ぐためにわざと騒ぎを起こしたんだ。今なら逃げられるはずだ。通風孔から逃げよう。ついてきて」
僕は通風孔にもぐりこんで、ロッタに手を貸した。それから、また格子を戻して、牢屋前の廊下に沿った通風孔を進んだ。
その先は左右に分かれていて、左側は外につながっていた。僕たちは右に進み、ぐるっと反対側から回り込む形で、隠し通路の格子にたどり着いた。
ロッタの手を引いて、隠し通路の螺旋階段を降りる。少し心配したけれど、階段の下ではまだカンテラの明かりが点いていて、エレオノーラがおとなしく待っているのが見えた。