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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
コボルドの見習い聖騎士
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第二章 初めての探索(3)

 竪穴は結構な深さがあって、水平な通路にたどり着くころには、闇の中だった。

 地下通路に足跡はない。誰も通った後がないから、ひょっとしたら山賊たちもこの通路に気づいていないのかもしれなかった。

 僕は暗闇でも目が見えるから、明かりはつけずに通路を進んだ。

 目下祈るのは、ふたつだ。

 ひとつ、通路が途中で埋まっていないこと。

 ふたつ、危険なモンスターの住処になっていないこと。

 山賊がこの地下部分を見つけていないということは、逆に言えば、何が放置されているか分からないということだ。僕では対処できない危険が潜んでいたら、そこですべてが御破算になってしまう。そうなったら、おそらく僕にはロッタは救出できないだろう。

 通路は狭く、大型のモンスターの寝床にはなっていないだろうとは思う。ただ、自分でも妙な話だと思うけれど、いま一番会いたくないのがコボルドだった。理由はうるさく騒ぐからだ。同族だろうと警戒するため確実に騒がれるので、おそらく山賊たちに気づかれる。それは一番避けたい状況だった。

 幸いなことに、匂ってくる生き物の気配は今のところ大ネズミくらいだ。そのくらいならさほど問題にはならない。

 生きている罠が残っているかもしれないので、僕は用心しながら通路を進んだ。通路はやがて螺旋階段でさらに下っていて、下を覗き込むとネズミが走り回っているのが見えた。竪穴は深くて、底は見えない。

 階段を下りる。しばらく降りると、下のほうから水音が聞こえるようになった。反響する音からすると、下のほうにかなり広い空間があるようだった。

 どのくらいの時間階段を降り続けただろう。やっと底にたどり着いた僕は、腐って崩れ落ちたドアを抜け、かなりの広さのホールにたどり着いた。生き物の姿はない。ネズミは僕の姿に気づくと、僕では通れない小さい穴に逃げこんでしまった。

 ホールの中央あたりに、水がためられたプールがある。どういう理由で作られていたのか想像もできないし、水は濁っていて中は見えそうになかった。なるべく近づかないようにしようと決める。

 ホールの片隅は何段かの階段で他より高くなっていた。朽ちた椅子が見えるけれど、その近くには、曰くありげな骸骨とか、いまにも動き出しそうな鎧とか、いわゆる問題につながりそうなものは、何もなかった。

 降りてきた竪穴とは反対側に、通路が続いている。ホールを調べている時間はないから、僕はすぐにホールを後にした。ホールの床には複数の圧力床のスイッチが隠されているのが目についたけれど、どれも動いていないように見えた。おそらくいじれば作動状態にできるだろうけれど、時間がもったいないので、僕は放っておくことにした。

 通路の先は二股に分かれている。片方は半分倒れかけた扉に続いていて、もう片方は少し先で左に折れていて先が見えない。僕は空気の匂いを嗅いでから、扉ではなく、通路の先へと向かった。

 扉のほうからは、かすかにカビの匂いがしたからだ。おそらく扉の先は緊急用の貯蔵庫か何かだったのだろうと思う。

 通路を進むと、左右にいくつか部屋が並んでいる。何かあった時に隠れて生活できるような場所だったのだろう。僕はそれらには入らず、まっすぐに通路を進んだ。

 案の定、突き当りに登り階段があった。おそらくこの先が砦だ。秘密の通路には障害がなかったことに安堵しながら、階段を登る。

 登るほどに、強烈な焼きネズミの匂いが漂ってきた。

 間違いなく、奴らの隠れ家に続いている、僕はいっそう息を殺した。

 足音も立てないように暗闇の中を登る。

 階段を上がり切ると、短い通路の先が、行き止まりになっていた。つまりは隠し扉だ。

 行き止まりにはご丁寧に覗き穴があり、反対側のを様子を見ることができた。大きな部屋で、何もない。粗末な革製の胴着を着た男が二人、床に転がっていた。どうやら酔っぱらって寝ているようだ。

 隠し扉のスイッチは壁にすぐに見つかったけれど、押す気にはならなかった。仕掛けが動くと、石壁がずれる盛大な音が響くことは想像に難くない。絶対見つかると思う。

 スイッチは一見何でもない壁の石組みに偽装されていて、それで山賊たちがこの通路を見つけられなかったわけだと合点がいった。

 僕は通路を調べ、足元に通風孔を見つけると、例によって音が出てしまわないように油をさして、格子を外した。

 格子は音もなく簡単に外れ、僕は狭い穴にもぐりこんだ。人間の大人では絶対に通り抜けられない狭さだ。普通なら息が詰まりそうな狭い穴が心地よく感じることに、やはり自分は今でもコボルドなのだなと変に感心した。

 通風孔を抜け、隣の部屋に出る。男たちはぐっすり眠っていた。僕は、山賊たち二人を手早く始末した。幸い山賊たちが短刀を床に転がしたまま眠っていたので、自分の剣を使う必要はなかった。

 二人が死んだことを確認し(つまりはとどめを刺しなおしたということだ)、僕はまた通風孔に戻った。二人の武装だろう短刀が二本手に入ったけれど、片方は血が付着してしまったので、そちらはその場に残し、片方だけありがたく拝借することにした。

 通風孔をさらに進む。途中いくつか部屋の中を覗ける場所があったけれど、攫われた人たちの姿はなかなか見つからなかった。

 今のところ、悲鳴も聞こえてこない。最悪の事態には至っていないのか、それとも最悪中の最悪の事態が起こった後なのか。前者であることを祈るばかりだ。

 通風孔の分岐に突き当たった。片方からは明かりが見え、片方は暗い。明るいほうからは生焼けのネズミの匂いがしてきていて、暗いほうのにおいを嗅ぐことができなかった。

 ひとまず暗いほうに進む。砦の構造が分からないから、今どのあたりなのかも分からない。やみくもに動きたくはないけれど、動かないで事態が好転することもあり得ない。

 しばらく進むと、明かりのない部屋が見えた。思わず聞こえてきた音に顔をしかめる。

 ぼろぼろのベッドの上で、一組の山賊の男女が……気分が悪い、詳細は書きたくない。

 不衛生極まりない場所での光景に、病気になってしまえばいい、と心の中で悪態をつき、僕は見なかったことにした。

 さらに通風孔を進むと、不穏な匂いがした。

 血の匂いと死臭。近くに死体がある匂いだ。

 嫌な予感を振り払い、僕は通風孔を進む。何があろうと、ここまで来たからには進む以外に選択肢はなかった。

 死体の匂いの元はすぐに見つかった。四,五体の死体が転がっている部屋が見つかったのだ。部屋のあちこちに拘束台などがある。拷問部屋らしい。床に放り出された器具は新しく、山賊たちがどこかで調達して持ち込んだのだろうことは想像がついた。

 拷問部屋には生きた人間の姿はなかった。

 死体は種族もばらばらで、男女入れ混じっていた。それでも、子供の死体がないことに、僕はすこしだけ安堵した。

 それに拷問部屋があるということは、おそらく牢か檻が近くにあるということだ、と僕は考えた。方向の選択は間違っていなかった気がした。

 拷問部屋の脇を抜け、通風孔がまた左右に分かれている場所に着いた。

 左奥から明かりが漏れている。右側は完全な闇だ。構造からすると、牢が並んでいる場所に着いたのかもしれないという期待をもった。ひとまず、暗いほうから覗いてみることにした。

 点々と通風孔に五個の格子が並んでいる。格子の外は廊下だ。さらにその向こうに大きな鉄柵が見えた。

 牢屋自体には通風孔がない構造だ。なるほど、脱出に使われるおそれがあることを考えると、そういう構造もありえるのかもしれない。

 牢屋を通風孔の中から順番に見ていく。

 一番手前の格子から見える範囲には、牢屋内に人の姿は見えない。二番目も同じ。残る格子はあと三つ。

 三番目、気配なし。

 四番目、外れ。

 最後の格子も、人の姿は見えなかった。

 逆側か、と引き換えした時。

「嫌です! 降ろしてください!」

 鉄の扉がきしむ音と、女の子の叫びが、明かりの先から響いた。

 まずい。あの声が多分、救出しなければいけない相手だ。山賊連中が牢屋から連れ出したに違いない。しかも、声が遠ざかっている。

 進んでいるだろう先には何があった。僕はのろまな頭を精一杯フル回転させる。

 拷問部屋に連れていかれようとしているに違いない。僕は急いで引き返し、拷問部屋のところへ戻った。

 格子を外して部屋の中に入り、扉の脇に身を潜める。通風孔の格子を外した時に、少し気になるところがあったけれど、今は調べている暇がないので一旦忘れておいた。

「おら、着いたぞ! 暴れても無駄だったなあ!」

 大柄の男が、女の子を担いで入って来た。

 通り過ぎる一瞬を待って、僕は男の背後を取った。壁を蹴り、山賊の一人から奪った短刀を、男の首めがけて突き刺す。短い刃は狙いを違えずに男を捉え、男は声も漏らさずに、ぐらりと崩れた。

 女の子が悲鳴を上げて放り出される。

「っと!」

 僕は、倒れる男の背を、それから、もう一度壁を蹴って跳んだ。女の子を抱え、部屋の中をすべる。

「ごめん、大丈夫?」

 思ったより床を滑るのは痛かった。けれどそんなことを気にしている場合ではない。

「え? あ。え?」

 混乱している女の子に、しい、と指で静かにしてくれるよう促す。それから僕は立ち上がり、女の子に手を貸して立たせた。

「驚かせてごめん、言いたいことは分かるけど、時間がないから手短に。僕は味方だ。君の体なら通風孔を抜けられそうだ。こっちだ、行こう」

 僕は小声でそれだけ言って、通風孔にまたもぐりこんだ。女の子は、何も言わずに、すぐについてきてくれた。

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