03
「気持ちを伝えても、信じてもらえない? それは前に似たようなことがあったからだよな」
「そんなことは……」
スタン君はそのことを知っているみたい。
「『希少な植物の栽培方法を研究をする会』って実は、不甲斐ない僕を見るに見かねて、少しでもリラと一緒にいられるためにジェニファーが立ち上げてくれた研究会なんだ。僕が立ち上げた研究会だと君が入会してくれるかわからないけど、ジェニファーの会なら絶対入るのがわかっていたから」
「そうだったんですか?」
でも、スタン君にそこまで想われる理由が私にはわからない。
「呆れてる?」
「いえ、あんなに素敵なジェニファーが側にいるのに、私の方を好きだなんて。その理由が思いつかなくて」
「リラは無口だけど、何も考えてないわけじゃないよな。ずっと見ていたから、君の表情で心の中でしゃべっていることがたくさんあることも知ってるし、たぶん六割くらいは僕の想像と合っていると思うんだ」
確かに、頭の中はおしゃべりだと思う。子供の頃から知っているスタン君は、私の性格をわかっているってことなんだろうけど、それをずっと見られていたの?
それでそんな私のことが好きなの?
「そういうことを言い出すなら、俺だって。リラのそばにいたかったからこの会に入ったんだよ。忙しいのを遣り繰りして、出来るだけ顔を出していたのだってリラに会いたかったからだし」
「私だって、君のことばかり見ていました。なんでもいいから頼ってくれないかと念を送っていたくらいですから」
そんなふうに想われていたなんて、全然気がつかなかった。
「リラは、どうしたら、僕のことを好きになってくれるんだろう?」
今までスタン君はジェニファーのことが好きなんだとずっと思っていた。
だから、無自覚のまま好きにならないようにしていたような気もする……。
「私、人を好きになることを避けていたかもしれないので、今はよくわからないんですけど……でも……」
「でも?」
「私……」
なんでこんなにスタン君のことが気になるんだろう。こんな私のことを好きだって言ってくれたから?
もやもやした気持ちを上手く伝える言葉がみつかなくて、何も言わずに黙っていると誰かが大きなため息をついた。
「あーあ、こんなことなら嫌われるとか考えないで、言い寄って、リラが絆されるまでめちゃくちゃ優しくしておけばよかったよ」
「先に私も気持ちを伝えおかなかったことが悔やまれますよ。納得はしたくありませんけど、どう考えてもこれは……」
ロドニー様とマイク様?
「二人とも残念だったな」
「ああ、さっきからリラは、どう見てもスタンのことしか意識してないもんね」
「本当はわかっていましたけどね。どうしたら好きになってもらえるのか、それを知りたくて、彼女のことはずっと見ていましたから」
言われてみれば、私は誰よりもスタン君のことばかり考えている。
「三人に平等な状態で兄のことを伝えるのがフェアだと思ったの。それで、リラには好きな人と幸せになってほしいと思ったのだけれど。結果は出たようね」
それは私がスタン君のことを誰よりも気にしているからなんだろうけど、これが恋心かと言われると、まだよくわからない。
「それで? コーディ殿はどうするつもりなんだ。ジェニファーは聞いているのか?」
「さあ、私は何も」
「何もって、君はコーディ殿の応援はする気はないのか?」
「リラが選べばいいことだもの。きっと兄もリラがスタンのことを好きなのは薄々気がついていたのではないかしら? 私がみんなに伝えることもわかっていて、自分が二人の間に入り込む余地ががあるか、それをはっきりさせるためだったのかもしれないと思っているわ」
ジェニファーはすべてお見通しで、みんなの気持ちに気づかなかったのは私だけだったらしい。
「俺はもう帰らせてもらうよ」
「私も」
ロドニー様とマイク様が席を立つ。
私は二人になんて声を掛けたらいいのかわからなかった。
「俺は一人寂しく傷心を癒すことにするよ」
「ロドニー様……」
「うそうそ、俺を慰めてくれる女の子たちはたくさんいるから心配いらないからね」
そういうの、嫌だって言っていたのに……。
「私も数式でも解いて、他のことを考えられないようにしますよ」
「マイク様……」
「気にしないでください。私が一番好きなのは勉強なので」
ジェニファーにあれほど言われていたのに、私は周りを何も見ていなかった。二人が向ける優しさをこんな形で知るなんて……。
申し訳なくて私が頭を下げていると、二人はそれ以上何も言わずに部屋を出て行った。
「リラ」
「は、はい」
スタン君に名前を呼ばれて思わず大きな声で返事をしてしまった。
「これから、リラの気持ちが恋なのかはっきりするまで、二人でいろいろ試してみたいんだけど? ゆっくりでいいから、僕がやりたいこと全部、付き合ってくれないか? もちろんリラがやりたいこともだけど」
「やりたいこと?」
「そう。でも、リラが嫌がることは絶対にしないから」
「スタン君が嫌なことをするわけがないのは知っています」
スタン君の優しさは押し付けがないため、わかりにくかった。でも、長年接してきたから彼の告白が嘘ではないと信じられる。
私を好きだと言われたことでドキドキするなんて調子が良すぎるかもしれないけど他の人の告白ではこんな気持ちにならなかった。
「僕の言葉で狼狽えてるリラを見ると、今まで我慢していた分なんかすごく嬉しいな」
「ええ?」
スタン君がそういうこと言うタイプだと思わなかった。
「ロドニー様やマイクの前では喜んだり惑わされたりしてなかったから、ほんの少しだとしても脈がありそうだと思えるし」
「だってスタン君は他の人とは違いますから」
「それは幼馴染だから?」
幼馴染だから気ごころが知れているのもある。彼の前で失敗しても変な目で見たりしないし、言い方がよくないけど、空気みたいで、一緒にいて安心できた。
それなのに、まさか、特別な目で見られていたなんて。そんなこと考えもしなかったから驚きを隠せない。
「無害だと思っていたのに違ったから心配になってるのか……だったら、リラが恋心だって認めるまでは、あまり距離を詰めすぎない方がいいかもな」
距離を詰めるって何をしようとしているの?
想像しすぎて、顔が熱くなったあと、頭が真っ白になった。
「いや、早く捕まえてくれ。見たところそっちは問題なさそうだからな」
ええー? 何を言い出すのジュード様は?
「ジェニファーがそっちばかり気にしていて、自分のことを後回しにしそうだから困る」
「そんなつもりはありませんわ」
混乱していて周りが見えていなかったけど、まさか、二人はずっと私たちの話を聞いていたの?
「いや、返事を保留にしているのはそういうことだろう。私はスタンの応援をゆっくりしている暇なんてないからな。早く落とせ」
「そんなこと言われても、相手はリラですから嫌われるようなことはしたくありませんし」
「ぐずぐずしてるとコーディ殿に横からかっ浚われるぞ」
「それは困るんだけど。なあ、ジェニファー。コーディさんって本当に本気なのか? それ次第ではリラへの接し方を考え直す必要があるんだけど」
「さあ、どうかしら? 髪飾りをリラにって言ったのは本当だし、恋人と別れて今は誰とも付き合っていないのも本当だもの」
「だったら、時間をかけている余裕はないかもな。近くにいたっていうことで他の二人より僕を意識しているなら、それはコーディさんも立場は同じだ」
「あとはスタンの好きにしたらいいが、とにかくジェニファーを煩わすことだけはやめてくれ。ということで、役目も終わったことだし、私も今日は帰るとしよう」
やっぱりジュード様はジェニファーに頼まれて今日はみんなを煽っていたらしい。
ジュード様の告白は予定になかったみたいだけど。
「私は玄関までお見送りするから、リラたちはこの部屋で待っていて」
「でも……」
「急に話が進んだから、もじもじするのもわかるが、こちらも二人で話したいことがあるんだ、邪魔をしないでくれないか」
「ジュード様ったら……」
ジェニファーたちのことはどうなっているんだろう。自分のことで精一杯だったから、ジュード様の電撃告白にジェニファーがなんと応えるのかわからない。
でも、こんなことを頼んでいるくらいだから、ジェニファーも特別視している相手だとは思う。そんな二人も部屋を出て行き、ドアは閉ざされた。
スタン君と二人きりにされてしまってから、部屋には沈黙が降りる。私もなんて話しかけたらいいかわからないし、スタン君も何か考えているみたい。
「リラ」
少したってから彼に名前を呼ばれた。
「はい」
「僕はリラが鈍感でよかったと思っているんだ」
私は誰のこともちゃんと見ていなかったことを反省しているところなのに……。
「他の男の気持ちに気がついて意識されたら嫌だったし、その髪飾りも当分はつけないでほしい。コーディさんに意思表示だと思われたら困るから」
本当にそんな深い意味があるとは思えないけど、今日のことを考えれば万が一ということもある。
「器が小さいと思われるかもしれないけど、他の男からの贈り物を身につけられたら嫌なんだ」
そう言いながら私の髪の束を手に取り、そっと口づけをしたスタン君。
「な?」
さっき、ゆっくり進めるって言ったのに? 再び全身に緊張が走る。それと共に顔が熱くなっているのがわかるから、きっと真っ赤だと思う。慌てて両手で顔を隠した。
「僕の言動に照れてるの? そんなリラの可愛い姿を見ることができるなんて、ずっと我慢していた甲斐があったな」
今日のスタン君は饒舌すぎる。そんなことを言われたらますます顔を上げることができくなる。
「今日なんて誰が選ばれてもおかしくない状況だったし、コーディさんもいるんだから、僕のことをそんなふうに意識してもらえて本当に嬉しいよ。その反応は嫌ってことじゃないよな?」
胸のドキドキがとまらない。このまま私は翻弄されそうで、どうしたらいいのかわからない。でも、拒絶していると誤解されたら困るから、とりあえず肯定の意味でこくこくと頷いた。
「心配しなくても大丈夫だよ。リラのことは誰よりも大事にする。約束するから」
その言葉を聞いて、私は顔を上げる。目の前にはとても真面目な表情をしているスタン君。それで鈍い私にも真剣なことは十分伝わってくる。
「スタン君のこと信じていますから。でも、ゆっくりお願いします」
「うん、わかってる。リラの意思は無視しないから。もう、いきなりさっきみたいなことはしないよ」
「そうしてもらえると有り難いです……」
恋人同士みたいなことは、心の準備ができていなくて呼吸が出来なくなってしまう。嫌ではないけど、それでも、緊張しすぎて倒れそう。
「とりあえずリラには、幼馴染としてではない間柄に慣れてほしいから、まずは二人きりで過ごすことから始めたいんだけど。それはいい?」
これから、休み時間やお昼の時間は一緒に過ごしたいという彼。私も、このドキドキそわそわする気持ちが本当に恋と呼べるものなのか知りたい。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」