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01

 「リラに優しくしていれば、ジェニファーにいいやつだって思われそうだろ? ちょっと笑いかけるだけで嬉しそうだからな、あいつは」


 そう言った彼は、私が一人だったからか、近くにいたのに気がつかなかった。それくらいどうでもいい存在だったんだと思う。


 彼は、人付き合いが苦手な私に何かと話しかけてくれていた人だったけど、その理由を偶然聞いてしまった私は「ああ、やっぱり」と思っただけだった。


『リラ』が私のことで『ジェニファー』はルーク伯爵家の令嬢。ジェニファーは社交的で容姿も目を引くほど可愛い。人気者でいつでも人に囲まれている。

 私もその輪を作る者のひとりで、子爵家の娘だけど、彼女とは従姉妹同士だから会う機会も多く、幼い頃から仲が良かった。そのため、通っている王立学院では自他とも認める親友同士でもある。


 それでも、口下手で面白い話ができない私は、ジェニファーたちの話を聞いてい相槌をうっているだけ。

 積極的に誰かと交流しようともしなかったけど、その人はそんな私を気にかけて話をふってくれたり、笑いかけてくれた。


 ジェニファーが誕生日を祝ってくれたのを知ったあとで「遅くなって悪いけど」とプレゼントを贈ってくれたこともある。でもそれが、ジェニファーに見せつけるようにしていたから、彼女の気を引きたい一心からだということは彼の態度や雰囲気でなんとなく察していた。

 だから真実を知ったところで悲しんだりはしなかった。


 彼は私のことを嬉しそうだったと言った。だけど、それが愛想笑いだったことにも気がつかなかったなんて。そう思ったら、私もちゃんと令嬢らしく表情を作ることが出来ているのかなって、そんな感想が浮かんだ。こっちもその程度で、特別意識はしていなかった。

 そう思っていた。


 あれからすぐに彼の姿を見なくなったから、どうしたのかと思っていたら、どうやらお目当てのジェニファーに振られたようで、最後には暴言を吐き捨て、絶交状態になったらしい。


 私はともかくジェニファーのことは好きだったはずなのに、そういうところもちょっと嫌だなって思ってしまった。


 男子に幻滅したのは彼だけじゃない。他にも、ジェニファーと仲がいいことが気に入らないのか、私のことを「へえ、ジェニファーの従妹なんだ。そのわりには……」と、ジロジロ見たられたり、情報を欲しがって、彼女のことを根掘り葉掘りしつこく聞いてくる人や、ジェニファーとの仲を取り持てとか、二人きりになるために手伝えとか言ってくる人もいて、その都度断ったり、はぐらかしたりするのが大変で、同年代の男子はかなり苦手になっている。

 そういう人たちは、たいていいつの間にかそばからいなくなっていたけど、きっとジェニファーに振られたからだと思う。


 私が男子に興味がないので誰かと好きな人がかぶることもなく、応援に回ることができた。おかげで消極的な性格ではあるけど、女の子との仲はいい。だから学院生活はわりと楽しんでいる。


 そんな状況なのに、何故かジェニファーは取り巻きになっている男の子たちを観察しろと言って、何かの集まりやお茶会の席には必ず私を誘った。


 ジェニファーに言わせると、私たちは年頃になっているから、将来連れ添う相手を探すため、人となりを見極める目を養っておいた方がいい。ということらしい。


 ちゃんと周りに目を向けた方がいいって言うけど、男子にはお情けでしか相手にされないような私に何を学べというんだろう。


  ◇


 その日も、午後の授業が早く終わったので、ジェニファーに誘われて一緒に伯爵家に向かっていた。

 普段なら学院のカフェテラスで集まるのに、今日はわざわざ伯爵家に呼ぶなんて珍しい。屋敷に到着してからおば様にご挨拶をしたあと私はすぐ応接室に通された。


 この部屋には、子爵家のうちと違って高級な調度品が飾られている。飾り棚に並んでいる花瓶はとても品がいいし、何より装飾が美しい。

 子どもの頃は壊したら困るからと近づかないようにしていたけど、今ではひとつひとつじっくりと鑑賞する余裕もある。


「リラはアンティークが好きよね」


 飾り棚の方を見つめているとジェニファーに飽きないわねと笑われた。


「ええ。とても綺麗だもの」

「だったら、これを使ってくれないかしら」


 ジェニファーから渡されたものを確認して驚いた。

 それは、青い宝石がついているアンティークの髪飾りだったから。宝石だけではなく、緻密な意匠が目を引く一品で、間違って落としてしまわないように私は両手で大切に扱う。


「どうしたのこれ?」

「うちの宝物庫を片付けていたら出てきたものらしいの。リラに似合うと思うわ」

「こんな高価なもの貰えないわ」

「見た目ほど価値はないの。だから、気兼ねするようなものではないわ。それに、実はね、これはリラの色だから、渡してほしいと兄から言われたのよ。お爺様にも許可は取ってあるそうよ」

「そうなの?」


 確かに私の瞳はサファイア色だし、お爺様からは、ジェニファーと同じくらい可愛がられている。

 でも、どうしてコーディお兄様が?

 誕生日でもなんでもない日なのに。

 三つ年下の私を、実の妹のように思ってくれているからかな。


「それと引きかえではないけれど、実はリラにお願いがあるの」

「お願い?」


 今まで、ジェニファーからのお願いは負担にならないような些細なことばりだった。


 今回も『お茶会にくる友人たちに、この髪飾を私が渡したことは言わないでほしいの』とお願いされただけ。

 そんなことならと、私は快く頷く。その理由は教えてくれなかったけど、彼女のことだから、きっと何か理由があるはず。私はその約束を守ればいい。


「ねえ、早速つけてみて。カーリーお願い」

「はい。お嬢様」


 わきに控えていたジェニファー専属の侍女であるカーリーさんに、左右の髪の束をまとめてもらい、その髪留めで留めた。


「ほら、やっぱり似合っているわ」

「そう? だったら嬉しいわ。ありがとう」


 髪留めが素敵すぎて、似合うといわれても自分ではぴんと来ない。だけど、ジェニファーが褒めてくれたのだから素直に喜んでおくことにした。


「あとで、コーディお兄様とお爺様にもお礼を言わないと」

「今日は二人とも夜にならないと帰ってこないのよ。リラが喜んでいたって私から伝えておくわ」

「ええ、すごく嬉しいし、宝物にするって言っておいて。綺麗過ぎて私にはもったいないくらいだけど」

「そんなことないわ。リラは自信がなさすぎるわよ」


 自身がないというよりは、自分の立場をわかっているからだ。

 凡庸で、目を引く容姿でもなく、場を楽しませる話もできない。話しかけられたことに返事をするのがやっとの私。

 だけど、悪目立ちして、誰かに絡まれたくもないから、それで構わないと思っている。


 その後、二人で取り留めのない話をしていると、すぐに招待客たちがやってきた。


 今日は男性ばかりが四人。

 伯爵家のジュード様とロドニー様、そして子爵家のマイク様とスタン君。


 一番最初にスタン君がルーク家を訪れた。

 このお屋敷とは徒歩で十分もかからない至近距離に子爵家がある。今日も彼は、馬車ではなく歩いてここまできたらしい。


 スタン君は同じ年で子どもの頃から見知っていて、異性の中では緊張せずに話ができるひとり。

 それでもジェニファーやコーディお兄様とのおしゃべりを、彼も私と一緒に聞いていることがほとんどだったけど。


「僕が一番早かったみたいだな」

「ええそうよ」

「あれ? リラ?」

「な、何? スタン君?」


 スタン君は慣れているとはいえ、不意に名前を呼ばれて見つめられたのでびっくりした。


「学院にいた時と髪型が違うなと思って」

「これはさっきカーリーさんに結ってもらったの」

「そうなんだ。その髪型、似合っているよ」

「ありがとう」


 本当は、私の髪型なんかに感心がないと思うけど、男の人って案外女の子のことを見ているそうだ。

 だからか、こんな私でも小さな変化に気がついて、話しかけてくる人が多い気がする。

 父に言わせると、それは、社交界でうまくやっていくための紳士のたしなみらしい。


 そのあとにロドニー様とマイク様が同時にやってきた。

 応接室に侍女が案内してきたので、ジェニファーと立ち上がって迎える。彼女と言葉を交わしたついでにロドニー様は私にも声を掛けてきた。


「最近は領地に行ったりとか、ちょっと忙しくてリラとも会うことが少なかったけど、元気だった?」


 わざわざそんなことを聞いてきたのは、私が下を向いたまま目を合わさなかったからだと思う。

 不作法でごめんなさい。それに気がついたので、ちゃんと目を見てから返事をした。


「はい。ロドニー様もお元気そうでよかったです」


 物腰が柔らかく、彼は分け隔てなく誰にでも優しい。見た目も格好いいから、女の子にすごく人気がある。

 でも私は「優しくしていればジェニファーに好感を持たれる」と言っていた人と重なってしまって、どうしても避けてしまう。ロドニー様は彼とは違って、本当にいい人だと頭ではわかっているのに。


 自分ではあの時のことを、それほど気にしていないと思っていたけど、陰で笑われていたのを知ったせいで、人の優しさを、素直に信じることが出来なくなったのかもしれない。


「女性はジェニファー様とリラだけですか?」


 ジェニファーにそう尋ねたのはマイク様。彼は成績が良く、いつも上位に入り、主席を競っているような優秀な人。

 眼鏡もあいまって普段は冷たい印象がある。あまり笑っているところを見たことがないけど、勉強でわからないことがあれば丁寧に教えてくれるし、とても親切な人だ。


 もともと、真面目で人に何かを教えるのが好きみたい。でも、ちょっとでも彼の前で試験の成績が悪かったなんて言ってしまうと「私でよければ勉強のお手伝いをしますよ」って手を煩わせてしまうから気をつけている。


「このくらいの人数の方が、大勢よりゆっくりお話しができるでしょ?」

「そうですね」


 ジェニファーと話している姿を見ていたら視線が合ったので、私も会釈をしておいた。

 入口でそんなやり取りをしているうちにジュード様も到着したようだ。


「ジェニファーの研究会に入れてもらえて光栄だ」


 ジュード様が言う研究会とは、ジェニファーが始めた『希少な植物の栽培方法を研究をする会』のこと。他にも男女合わせて二十人ほど仲間がいる。

 こういった研究会はたくさんあるけど、男女が集まる体のいい口実に使っているだけで、本気で研究している人たちはほとんどいないらしい。

 研究会に入るには発起人のジェニファーの承認が必要で、ジュード様は最近入会したばかりだった。


 なんでも彼は、ジェニファーの婚約者候補として名前が上がっているという噂が流れている。

 彼だけではなく、ここにいる他の三人も似たようなものだと思う。

 でも中には、ジェニファーとは別に、会員の中にお目当ての人がいる場合もあるそうだ。だから、ロドニー様のように、気を引きたい相手ではない人にも優しく接していると、勘違いされてしまうことがあるみたい。


「ジュード様はどんな植物に興味があるのかしら?」

「私はどちらか言えば、大輪の華よりも目立たずにひっそりと咲いている可憐な花が気になるな」


 そう言いながらジュード様は私に視線を向けた。

 部屋に入って来てからはジェニファーしか目に入っていないと思ったんだけど、私がいること気がついたようで、挨拶がてらこっちを見て微笑んだ。


「ジュード?」

「それは意外ですね」


 何故か、ロドニー様とマイク様が不思議がっている。私もジュード様が可愛らしい花を愛でるイメージがなかった。


「ジェニファー、立ち話もなんだから」


 先にいたスタン君が彼女に声を掛けた。

 スタン君のその態度に、なんとなくだけど、マイク様がちょっとだけ目つきがきつくなった気がする。でもその理由は私でも想像がついた。彼女と同じ家格のジュード様とロドニー様はジェニファーを呼び捨てにする。格下だけど、幼馴染のスタン君も。

 このメンバーでジェニファーを様付けで呼ぶのは彼だけだから、同じ子爵家の子息なのに、一歩リードしているスタン君のことが気になるんだと思う。


「そうね話を始める前にあちらへどうぞ」


 ジェニファーがそう告げると、ジュード様たちは私たちの向かい側のソファーに腰を下ろした。


「今日は、砂漠に咲く珍しい花を持ってきたんだ」


 そう言いながらジュード様は、手に抱えていたバッグの中から、可愛くラッピングされた小さな鉢植えを取り出した。それをジェニファーにプレゼントする。


「まあ、可愛いお花。ジュード様、ありがとう」

「この花は水はそれほど必要ないらしい。ほら、リラも」

「私にもですか?」

「もちろん。リラに喜んでもらいたくて持ってきたのだから」


 ジュード様が私の名前を知っていたのでちょっと驚いた。

 ジェニファーに渡したものと同じ鉢植えを私にも差し出したので、急いでそれを受け取る。


「可愛い」


 丸くて不思議な形をした植物には小さなとげが生えていて、桃色の小さな花がいくつも咲いている。


「この研究会らしいだろ。寒さには弱いから枯らさないようにな」

「はい。ありがとうございます」


 初めて見る植物だから、あとで、育て方を誰かに教えてもらわなくては。


「ジュード、そんな花がよく手に入ったね」

「伝手があって、今日のために頼んでおいたんだ」

「実は私も南国の珍しい花を温室で育てているんです。みなさんに見てほしいから、今度うちに来てください」


 マイク様が話の流れでジェニファーを家に誘った。


「珍しいお花? 楽しみだわ。ねえ、リラ」

「え、ええ」


 みなさんとは言いつつも、マイク様のお誘いはジェニファーだけだと思うから、私は返事をするのに躊躇する。


「なあ、ジェニファー」

「なにかしら?」

「ルーク家で集まるなんて珍しいけど、今日はどういった趣旨なんだ?」


 スタン君が不思議に思ったのか、そう尋ねる。


「最近はいろいろな研究会が増えて、カフェテラスも席が取りにくくなっているでしょ。たとえ取れたとしても、人が多いから周りがうるさくて、あそこではゆったりした気分でお茶が飲めないのだもの」

「そうそう、最近は研究会を掛け持ちしているやつもいるんだってね」


 ロドニー様がジュード様に視線を向ける。彼は自分で立ち上げた研究会があるそうだ。


「『希少な植物の栽培方法を研究をする会』が面白そうで、こっちに興味があるからって、私の研究会を個人的な理由で解散させるのもどうかと思っているんでね」


 私は話を聞いているだけだけど、ジュード様は目の前に座っているので、今日はやたらと視線が合う。そのたびに彼の表情が緩む気がするけど、それはジェニファーを見たあとだからかな。


 それでも、今まであまり交流がなかった人とはいえ、こんなに微笑んでるイメージはなかった。

 可愛い花のこといい、背が高くがっちりとした見た目で近寄りがたいって思っていたけど、そうでもなかったのかも。


「俺は他所には興味がないからね」

「私も他に顔を出すくらいならこの会で親睦を深めます」

「僕も」


 みんなの言葉は、ジェニファーに一途で、よそ見はしませんっていうアピールかな。


「でも、交流の仕方は人それぞれだと思うから、見聞を広められるなら、僕は悪いことじゃないと思いますけど」

「ああ、それに自分の研究会を立ち上げることは勉強にもなるからな。人任せで責任もなく楽しんでいられるならそれはそれでいいとは思うが」


 会長はまとめ役やホスト役でもあるから、人数が多い研究会ほど大変になるとジェニファーが言っていた。


「それは伯爵家の三男である俺への当てつけかな」

「そんなつもりなどまったくないが?」

「先ほどのジェニファー様の話ではありませんが、研究会が多くなった弊害もありますから、意味がなく増やすのもいいとは思いません」

「だよね。合うところがあれば、自分でわざわざ立ち上げる必要なんてないし」

「意味はあるさ。人との交流は大事なことだ。なあ、リラはそう思わないか? と言うか、君は私の会に参加する気はないか?」

「え?」


 ジュード様がどういう意味で私に話をふっているのかわからない。だから返事に困る。


「研究会って、言ったら何だけど、男女で集まる口実のために作っているところがほとんどだよね。そういうことに興味を持っていないリラを誘うのはどうかと思うけどな。実際、困っているみたいだし」


 ロドニー様は何も言えない私を見かねたみたい。


「それに、決まった相手がいないやつらが、あっちこっちに顔を出して、いろんな令嬢に手を出そうとしているのを見ると、少しは落ち着けよって思うんだよね。そういうの面倒じゃないの?」

「どうやら私は歓迎されていないようだが、令嬢に限らず、誰かと交流することについては面倒だと思ったことはない」

「へえ、それで次はどこの研究会に入るつもりなんだか」

「言っておくが、自分の会以外はここにしか入っていない。人を尻軽みたいに言わないでもらいたいね」

「そんなつもりはないけど?」

「どうだか」


「もう! 二人ともやめて。私の研究会で険悪なムードは困るわ。みんなには仲良くしてもらいたいの」


 確かに、今日はなんだかみんなの言葉にとげがある。ジュード様が加わったことでみんな焦っているのかもしれないけど、こんな殺伐とした中で、ゆっくりお茶を楽しむなんて無理だし、ジェニファー目当ての中で、いてもいなくてもいい私は帰りたい。


 なんて思っていると、ジェニファーが「そう言えば」と大きな声を上げた。雰囲気が悪くなったので話題を変えるらしい。


「リラの髪飾り、ある人からのプレゼントなのよね?」

「え?」


 いきなりどうしたの。これはジェニファーから貰ったものなのに。

 驚いているとジェニファーが他の人にわからないように目配せをしてきた。


「リラが横を向いた時にチラッと見えたが、ぱっと見でも高価なものだとわかる品だった。その贈り主は男だろう」


 疑問形ではなく、確信を持った言い方をするジュード様。

 いえ、ジェニファーからです。でもそれは言うことができない……。


「誰から?」


 ロドニー様が直球で質問してきた。

 だけど、ジェニファーとの約束は破れない。


「すみません。それは、大事な人からとしか言えません」

「リラにそんな相手がいるの?」

「それって研究会の人ですか?」

「え、あの……」


 ロドニー様とマイク様が興味ありげに聞いてきた。スタン君も私を見ている。

 ジュード様だけが気にもせずカップを口に運んでいた。


「それ、兄から見せてもらったものに似ているの。だから気になったのよ。もしそうだとしたら、贈り主は……」


 ジェニファーが口元に扇子をを当てて私を見た。


「それって、まさかコーディ殿?」


 いつも優し気なロドニー様が怖い顔をしている。


「そんな高価なものを?」


 マイク様も眉間にしわをよせている。


 二人は何か勘違いをしているみたい。

 これは高価でも特別でもなくて、コーディお兄様からって言われたけど、実際にはルーク家のもので、ジェニファーがくれたのものなのだから。

 でも、約束をしているからそれは言えないし、どうしよう。


「二人とも顔が怖いから、リラがわけがわからずに怯えているわ」

「あ、ごめん。ちょっと驚いただけだから」

「何か意味がある贈り物なのかと思って気になったんです」


 ジェニファーが窘めたため、二人はしかめっ面の表情を元にもどした。


「私なら大丈夫です。それにこの髪飾りには意味なんてないと思いますから、気にしないでください」

「でも、リラの大事な人ってコーディさんなんだよな?」


 私はスタン君の質問に首を横に振ろうとしたけど、少し悩んだ。

 髪飾りはコーディお兄様から渡されたとジェニファーが言っていたからだ。贈り主がコーディお兄様からなのは間違いない。だとしても、どう返事をしたらいいのか迷ってしまう。

 大事な人なんて言い方をした自分がいけないんだけど、ややこしくなってしまった。


「リラは口止めされているのよね。兄ももったいつけて私には教えてくれなかったけれど、大事な人に贈ると言っていたのよ。本当に同じものなのか知りたいから、嫌でなければそれを見せてもらえないかしら?」


 ジェニファーの芝居は続いていて、意味はわからないけど、今はこの髪飾りを渡せということだと思う。もともと伯爵家のものだし私は構わない。

 ジェニファーの真意が理解できないまま、私は髪留めに手を伸ばした。外した拍子に、両サイドをまとめてあげていた髪がさらりと頬に落ちてくる。それはそのままにして、私は髪留めをジェニファーに差し出した。

 すると。


「よくないな。人を煽るような真似は」


 無関心だと思っていたジュード様が立ち上がって、ジェニファーに渡そうとしていた髪留めに手を伸ばし、横から取り上げる。

 そしてみんなに見えるように掲げた。


「確かに素晴らしい品だ。宝石には曇りがまったくないし、これは名のある職人の手によるものだろう」

「もしかして、すごく高価なものなんですか?」

「たぶんな。鑑定してみなければはっきりしたことはわからないが」


 ジェニファーはたいしたものじゃないって言っていたのに。


「ジェニファーがこの髪飾りに執着しているのは、これを気に入ったからなのか?」

「まさか、そんなわけないわ。私はただ兄とリラの関係が気になっただけですもの」

「君はさっきから、兄、兄と連呼しているが、それは不甲斐ない私を焚きつけようとしているのだろ?」

「そういうわけでは……」

「やり方が安易すぎるが、ならばジェニファーの策略に乗って焼きもちでも焼いてみるとするか」

「「「え?」」」


 ジュード様が焼きもち?

 みんなも驚いているんですけど。


「何を言っているのかわからないわ。それより髪飾りを渡してくださる?」

「そんなことより、君のご希望通りコーディ殿の話をしようではないか。たしか、婚約間近だった令嬢と別れたそうだな。相手の裏切り行為だったか、問題が発覚して」

「ええ。だから今は相手を探している最中なのよ。今度は純真無垢な淑女がいいと言っていたわ」

「だからか」


 ジェニファーが何をしようとしているのかジュード様にはわかっていたということなのだろうか?


「君の言動で、おおよその予想はついている。私たちの反応を見ていたのだろうが、私はそういう駆け引きは好きじゃない」

「あら? 協定を結んでいるのだか、牽制し合っているのだか、卒業まで待つつもりなのか、私は知らないけれど、そんなことをしているうちに本気で兄が動き出そうとしているかもしれないの。それを、私はお友達のよしみで教えてあげているのよ。少しは、感謝してほしいわ」

「子爵家の令嬢に次代の伯爵家当主が告白か。しかも家同士の繋がりが強い。確かに、断りづらい相手からの求婚で先を越されるのも困る。だったら、私も後で嘆くようなことはしたくないからな。今、はっきり気持ちを伝えておいた方がよさそうだ」


 話に出てきた、子爵家の令嬢って?


「リラ! そういうことだから、私の気持ちを聞いてくれ」


「え?」


 ジェニファーではなく、私の名前が呼ばれた。ジュード様が真剣な表情で私を見ているけど、意味が分からない。


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