帰宅と方針
人気のない山中。もはや人気など微塵もない道なき道を行く。しかし、その足取りはしっかりとしていて一目で登りなれていることが分かるだろう。ちなみに、二輪車は道中に売った。
ふと前方に、明かり。そして、不自然に建つ寂れているけれど綺麗な屋敷が。そう、ここが
「帰ってきたね。私たちのホームに」
ここがアイリス含め、リカイオス団団員全員のホームである。
自然と早まる歩に任せ、ホームに近づく。
ホームは、二階建てで二階には大きなバルコニーが玄関側に出っ張っるようにしてある。その上にはある意味三階、見張り台が細長く存在する。常時、常にそこには見張り番がいる。勿論、今も。だから、そこから二人組が顔を覗かせるのは必然だ。
顔を覗かせた紫色の髪の二人の男性は、顔を一度見合わせ深呼吸。
「「お帰り!」」
最高の笑顔と帰宅を歓迎するその声に、やっと実感。
…生きて帰ってきたんだ、私たち
私たちも一度顔を見合わせ、息を吸い込み、最高の笑顔で。
「「「「ただいま!」」」」
…帰ってきたんだ、ホームに
それは本当に久々の帰宅であった。
「…………はぁ。そんなに長く過ごしてはいなかったけど、落ち着くもんだね、自分の部屋って」
ポスっとベッドに横になって、なんとなく湧き出てくる感慨深いものを噛みしめながらベッドに置いてあるマントにそっと触れる。風呂上がりのほんのりとピンク色に染まり、湯気が出ている手はマントの濃紺色と対照的だ。
他の帰宅メンバーたちも部屋で休んでいるだろう。ナナキは確実に、自室の機械のメンテ中だろう。
アルフレッドはもう寝た、いや食堂でご飯中かもしれない。アイザックは、…………読めない。意外と一番謎人物かもしれない。いやでも、案外同じようにベッドにもたれ掛かってるかも。
そんな想像をして、くすくすと笑ってしまう。
「何が面白いんだ?」
声の主を、宙を見る。きっと、私以外のだれにも見えていない、私だけの親友。親友というには、あまりに見た目年齢がかけ離れているが、彼の見た目は成長しないから問題ないだろう。それに、私の人生のすべてを見ていて、一緒に成長してきたのだし。
「いや、ザックが今何してるか、予想してただけ」
「また、ザックか。本当に好きだな、彼のこと」
「とーぜん。相棒だからね」
呆れたようなキラキラとした瞳を見るのは、これで何度目だろうか。私はこの目がすごく好きだ。私を心配する目よりも、ちょっとだけ楽しそうで茶目っ気がある。
瞳自体もすごくきれいなのもある。彼の瞳はオパールのように光を含んで様々な色に変化する。こんな瞳は彼以外には、見たことがない。髪色は、人族の茶色。見た目年齢は、二十代くらい。
「いやー、やっと一緒に話せるねー、ウィル」
「あぁ、そうだな。成立する会話のありがたみを噛みしめてるところだ」
二人して笑いながら、他愛もない話を楽しむ。
彼、ウィリアムは不思議な存在で、私以外の人間には見えない。もしかしたら、人以外にも見えてない可能性もある。でも、見えている私も触れることはできない。
私がその事実に気が付いたのは、幼いころ、言語を理解できるようになってすぐのこと。ウィリアムと話をしていると、私のことを世話していてくれた人が言った言葉から。そんな人は見えない、という言葉。
それでも、見えているものは視えている。幼かった私は覚えたての拙い言葉で、必死に周囲の人々に彼の存在を訴えたが、彼らは次第に私を気味悪がって以前にもまして嫌悪するようになった。それから私は、人のいる場所では彼とは話さないし、存在していないように振舞っている。
「…………たとえ、戦争が終わった直接原因ではなかったとしても、終わるまで頑張っていたし、生き残ったんだ。あの人なら、ちゃんとわかってくれてる」
思わずウィリアムの方を見て、その真剣な顔に噴き出す。ウィリアムも覚えているであろう、過去の記憶を思い返している間、暗い表情になっていたのかもしれない。相手のそういうとこにすぐに気が付いて励ますことができるのは、ウィリアムの長所の一つ。それが可能な相手が私だけだとしても、私が彼の長所に救わている。もっとたくさんの人が彼の声を聴ければ、もっとたくさんの人が救われるはずだ。
「…………笑いの要素、あった?」
「アハハ! いや、違うこと考えてたんだけど、サンキュな。気にしてないよ、大丈夫」
「…………なら、いいけど」
納得いかないと言いたげな顔に、できるだけ自然に見えるように、仲間にするように、笑いかける。
聞こえていないと思っていたが、二輪車の上での「お父、さん」という声が聞こえていたみたいだ。あれは、私にとって一番大事だった約束の、終わりの合図。終わり方が気に入らないのが、ウィリアムには分かるみたいだ。
…まさか、戦争が終わるまで生きてるとは思ってなかったしなー
「でも、終わりの時は最前線で任務遂行時が良かったなー」
「一足先に知れてよかったじゃないか」
「まーね。もっと深い話は、《獣頭》が集まったときにするだろうけど」
…………まぁ、それは考えても仕方ない…………それよりも
「それよりも、お前がどういう扱いになるか心配だ」
「私? 私は、どうにでもなるよ。それよりも、今後、リカイオス団としてどう動いていくか、そっちのが問題だよ、ウィリアム君」
私は戦争を終わらせることに注力していた。終わらせることが目的だったのに、その後のことは全く考えていなかった。永遠に続くものだと、どこかで思っていた節があったのも否めない。それでも、六年続いていたこの戦争は、とても長い方だという事実を忘れてはならない。
魔女族と人族は、これから復興していかなければならないが、それはとても大変なことだろう。
「今後か。何か計画でもあるのか?」
「んにゃ、まったく」
「なんだかんだ言っても、人数も増えたしな」
「あっ、でも、ちゃんと、人探しはするから、心配しないでね」
ウィリアムとの約束は、ウィリアムのことを見ることができる人を見つけること。最後まで、彼の存在を訴え続けられなかった私の贖罪のようなものだ。ウィリアムは気にする必要はないと言う。だが、私はウィリアムに助けられ、今はリカイオス団員たちがいる。だからこそ、約束した時以上に今、私はウィリアムにも私以外の仲間を持ってほしいと願っている。
…だから、一つはやるべきことが残ってる。でも、これは私がやるべきこと
前髪をかき上げながら、寝返る。軽く目を閉じて、団員たちの顔を思い浮かべる。リカイオス団の平均年齢は低い方だ。15人いるが、その内11人はアイリスと同じ14歳。それ以外は、アルフレッドと同じで見た目年齢12くらい、実年齢は不明だ。
みんなまだまだ人生これから。私のわがままで戦力に加わってもらっていたが、これからは自分のやりたいことや成したいことを見つけ、それに向けて歩いてゆくはずだ。私はそのためのサポートは全力でやっていくつもりだ。
…そうなると、やっぱ、軍資金は必須
「かわいい私の団員たちには、やっぱり、十分以上の課金がしたいしなー」
「は? 課金? 何の話してたんだっけ?」
文脈のない、突然の発言に混乱しているウィリアムを凝視し、とりあえずの目標を決める。
「とりま、お金稼ぐか!」
「ちょっと待て。何でこっち視るんだ? 金? 本当に、話の流れがつかめないんだが」
「よし! で、眠いからー、おや、すみ…………」
「ちょっと待てって!」
久々のベッドは、悪魔的だった。瞼を下げるとその瞬間からもう意識は暗転し、浅くも深い、夢も見ない睡眠へと落ちていった。つまりはウィリアムの声は耳を通りぬけ、空気に溶けたってこと。だから、ウィリアムの諦めたような、でもどこか安堵したようなため息もお休みの声も聞こえなかった。