本命チョコは校門を出てから
「男のためにチョコを用意するなんて面倒」
そう言っていたユカが、放課後に小さな箱を制服のベストの中に隠して教室を出ていった。
ああは言ってもユカも女の子なんだ。
裏切られたような、何とも言えない空虚な気持ちで窓の外を見る。
私が知らないだけで、何人もの子が今日、二月十四日にチョコレートと共に想いを届けているのだろう。
ユカがチョコを渡しに行ったのは、たぶん三組の武内くんのところ。
なんだかんだ言ってユカの目線はしばしば彼を追いかけていたから。
私がぼーっと考え事をしているとユカが帰ってきた。
私たちは特に言葉を交わすこともなく、いつものようにカバンを持って教室を出た。
今日はユカの口数が少ない。
テンションも心なしか低いような気がするし。
「こうやって帰れるのもあと半月だね」
私が切り出すと、ユカは気の抜けたような声で返事をした。
ユカはどうでもいいのだ。
高校を卒業してもお互いの連絡先は知っているし、会おうと思えばいつでも会える。
本気でそう思っているのだろう。
そんな保障は、どこにもないのに。
あの角を曲がれば「また明日」と言って別の方向へ歩いて行く。
明日も明後日も、同じように日々が続ていくと信じて。
そのお気楽さが今日はなぜか許せなかった。
「ユカ!」
「……あ、うん。ごめん」
私が小突くと、やっとこちらを見てくれた。
腹いせに聞いてやることにした。
「告白、ダメだったの?」
「バレた?」
憑き物が落ちたように笑うと、ユカはカバンの中から小さな箱を取り出した。
「受け取ってすらもらえなかった。彼女いるんだって」
「ふーん? じゃあそれ私がもらうわ」
言いながらユカの手から箱を強奪する。
そして、代わりにモルゾフの紙袋を押し付けた。
「これ……」
「チョコだよ」
「本命⁉ 誰に⁉ 友チョコだって用意しないって言ってたじゃん」
私、嘘はついてないよ。
友チョコは用意してないんだ。
……なんて言えやしないから。
「また明日」
ぎゃーぎゃー騒ぐユカを尻目に私は角を曲がった。