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「うわー」

「ヤバーイ」

「ユウリかわいいんだけど」

「おへそ出てるー」

「きゃー」

「ユウリちゃーん」

「やばいやばいやばい」

「もうJKじゃん」

「インスタ撮ろ」

 紋奈(あやな)さん、いったい何人いるのだろう、という勢いでまくし立ててくる。

 人生で初めてのセーラー服に袖を通してしまった。

 もう恥ずかしいという気持ちは通り越していた。

 ギリギリでボタンの止まっているブラウスも、歩くたびに裾が広がるプリーツスカートも、そして服からほのかに漂う香りも、すべてが底の見えない深さの背徳感の沼を作っていく。一刻も早くその沼から距離を取りたかった。何よりも怖いのは、その背徳感の沼に足を取られ、抜け出せなくなってしまった時だ。沼にハマって背徳感に快感を覚える自分になることは、今の感情では許せなかった。

「怖い。怖いこれ。なんか色々怖い。お姉ちゃんも怖い。スカート怖い――ってか駄目。写真はやめてホント待って」

 またスマホを取り出した紋奈さんに駆け寄って止めようとする。

「ダメダメ。近づくの禁止だからねー。きーぷでぃすたんす」

「いやホント許してください」

「はい、チーズ」

「イェイ」

 カシャ、とシャッターが切られる。

「いやイェイじゃないし。ホント、ああああ」

「めっちゃいい笑顔」

 ノリの良い自分、地獄にでも落ちてしまえと思った。なぜ僕は今セーラー服を着てへそを出しながら、顔の横でピースして写真を取らせてしまったのだろう。

 状況が意味わからなくなりすぎている。

「だいじょーぶ、誰にも見せないからー」

「消してえええ」

「もうー、わかったよ。これ以上撮らないからいったん座ろ」

 紋奈さんは暴れ馬をなだめる調教師のように、「はいはい」と両手で押さえるような仕草をする。

「く、なんでじゃんけんに負けたんだ……いや、負けてないけど」

 反則行為の末、写真をばら撒くと脅迫されただけだけど。

 僕と紋奈さんは、落ち着いて元のティーカップが置いてあるテーブルの対角線の位置に座った。

 一呼吸置くと、紋奈さんは「くすくす」と声に出して笑いながら、少しだけぬるくなった紅茶を啜った。

「あー、笑い疲れた」

「僕は恥じ疲れましたけどね」

「なにそれー」

「恥ずかしがることに疲れ果てて、もう恥ずかしがることさえできないという感じです」

「じゃあもう恥ずかしくないじゃん」

「恥ずかしがれないだけで、恥ずかしくはある」

「ちゃんと恥ずかしそうに見えないと信じられないなあ。私、インスタに載せられないものは信じないから」

「なにその新時代の格言。もうそれは流石にキャラ意識しだしてるでしょ。絶対そこまでは思ってないでしょ。僕のこと時代遅れ扱いしたいだけでしょ。せっかくJKなったのに」

「ちょっとー、コスプレしたくらいでJKになれるわけないでしょ。なめないでよね」

「ええええ」

 セーラー服でいる恥ずかしさを吹き飛ばすように、テンションを高めてツッコミを畳み掛けた途端に絶句させられてしまった。

 これを着たらJKになれるという話ではなかっただろうか。

「ここまでさせておいて、根本の部分をひっくり返すの。無慈悲すぎるでしょ」

「でもかわいいよ」

「その言葉に、男子は一切救われないからね?」

 まさか「かわいいよ」でごまかされるはずもない。というか、この状況で、この格好で、なにを言われたところで、僕にはどこにも救いがない。

 友達のお姉ちゃんが昔着ていたセーラー服を本人の前で着ているのだ。

 僕が今かけられるべき言葉なんて「変態」くらいしかないはずだ。救いようのないただの変態だ。

 紋奈さんを真似て、少しでも落ち着くために、ぬるくなったクッキーフレーバーの紅茶を飲んだ。

 冷めた紅茶は、入れたてよりも少しだけ渋みが強く感じられた。

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