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「キープディスタンス」
とこちらに近づく紋奈さんに向かって叫ぶ。
「だめですよ近づいたら。2メートル離れてください」
「じゃあ自分で着替える?」
「着替えるわけないでしょ」
「じゃあ、じゃんけんしよ。私が勝ったらJKになってね」
「いや、いやだいやだ。それ僕だけ負けたらそれ着るのはずるい」
「じゃあ私も負けたら着るから」
「え」
え、じゃないだろ、とツッコんでくれる誰かが隣にいてほしいところだった。普通にただの変態みたいになってしまうじゃないか。友達の姉が女子高生の制服を着る。正直それは、ちょっと見たかった。
「わかりました。それなら同じ条件ですね」
「なんか急に敬語に戻ったね」
「そんなことはないです……さあ、勝負しましょう」
「いいねー。私がかわいいJKにしてあげる」
テーブルを挟んで、緊迫した距離感で構える。
「最初はグー。じゃんけんポン」
と僕がパーを出した瞬間。紋奈さんの手を確認する前に、自分の顔に何か布のような柔らかいものがぶつかって来た。
「うわ、なんだ」
驚いて後ずさりすると、後ろにあったソファにつまずいてそのまま尻もちを突くように座り込んでしまった。その直後に写真のシャッター音のようなものが聞こえた気がした。
ソファに座ったまま、すぐに顔にぶつかってきた布を剥ぎ取って確認すると、さっきまで紋奈さんが持っていたセーラー服だった。何が起きたのか、冷静に考えてみようとするが、顔の周りに残った紋奈さんのセーラー服の香りのせいで集中力が散漫になっていた。
「え、え。なにこれ、ちょっとお姉ちゃん」
と何が起きたかまだ理解できずいると、またシャッター音がする。紋奈さんの方を向くと、スマホを片手にピースしていた。
「はーい。私の勝ちー」
「え……あ、ちょっとずるいですよ」
紋奈さんはピースをしていて、僕はパーを出していた。
「絶対あと出ししたでしょ。これ投げて目隠しして」
なぜかじゃんけんに集中しすぎて、紋奈さんがセーラー服を投げる瞬間を見逃してしまっていた。
「違うよー、私が勝ったから投げたんだよー」
「絶対ウソだ。再戦を要求します」
「だめー。もう私勝ったもん」
「じゃあ、僕も着ないですよ」
このままでは紋奈さんのセーラー服姿が見れなくなってしまう。素直に従うわけには行かない。そもそも、絶対に反則をしているし。
「そんなこと言うと、これ慈恩に見せちゃうよー」
紋奈さんは、スマホの画面をこちらに向けてきた。
「なんですかそれ」
少し距離があるので、よく画面を覗き込むと、セーラー服を握って抱きしめるような姿勢の少年が写り込んでいた。
「それ僕じゃん、いつの間に」
思い返すと、さっき何度かシャッター音のようなものが聞こえていた。
「ふふー、おとなしくJKになるしかないよ、ユウリ」
「なんて策士なんだ。しかも手ブレもせずにそんなベストショットを」
「インスタで鍛えてるから」
「うわああ。最悪だあ」
インスタで鍛えるとかどんな表現なんだ。僕はやっぱり時代遅れかもしれない。
手に持ったままのセーラー服を見つめる。
というかこれ、ものすごく紋奈さんの香りがする。
むしろいいのだろうかこれを着て。
変態過ぎないだろうかそれ。
紋奈さんの方を懇願する様に見るが、
「ほらー、着ろー、着ろー」
と楽しそうに煽って来るだけだった。
「くぅ……着替えてきます」
苦渋の末、僕は慈恩の部屋へ駆け込んだ。
「イエーイ」
とリビングから紋奈さんの声が聞こえる。