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「ユウリー。こっちおいでー」
ペットの犬でも呼ぶような感じで、リビングの紋奈さんが僕を呼ぶ。
お茶を入れてくれると言われたので、木こりのゲームを終了して、慈恩の部屋の漫画を読んで待っていたのだけれど、何かあったのだろうか。
「はーい」
と返事をし、子犬のような小走りで部屋を出てリビングに入る。
「どうかしたんですか?」
リビングに顔を出すと、紋奈さんはキッチンでトレイの上にカップや角砂糖の入った瓶を並べていた。
ふんわりと柔らかそうな白いワンピース姿は、キッチンでの作業に向いた格好には見えなかったが、なぜか少し、そこに立つ姿を見ていたくなった。シンプルに、きれいなヒトだなと思う。年齢は結構上のはずだけれど、顔つきや表情が幼いせいで、まだ自分と同じ高校生にも見える。
紋奈さんはこちらを向いて微笑むと、視線でリビングのテーブルを指して、
「もうできるから、そこ座ってー」
と言った。
紋奈さんが指したほうを釣られるように見て「あ、はい」と言いながらリビングを確認する。6人ほどで囲んで座っても余裕があるくらいのテーブルがあった。すぐ横に並んでいるソファに座るべきか迷ったが、遠慮してラグの上に直接座った。
特にすることもないので、部屋を眺めながら待っていると、キッチンでタイマーが鳴る。
「おっけー、ぐるぐるー。タイマー止めて」
紋奈さんの声の後にタイマーが止まる。
意外とAIアシスタントを使いこなしているタイプらしい。
少ししてトレイを持った紋奈さんがリビングへ来た。
「はい、どーぞー。あ、訊いてなかったけど、ユウリって紅茶苦手とかじゃない?」
「全然大丈夫です。どっちかって言うと好きだし」
「よかったー。これ美味しいから飲んでみて。ミルクと砂糖も使っていいからね」
「ありがとうございます」
透明で丸みのあるカップが僕の前に置かれた。透明なカップに入っている紅茶を初めて見たけれど、思っていたよりずっとキレイな色をした飲み物だと思った。半透明の深い紅色の液体が、注がれた光を柔らかく反射している。
紋奈さんも自分の分のカップをテーブルに置くと、僕から見てテーブルの対角の位置に座った。縦長の長方形があったとすると、僕が右下で、紋奈さんが左上になる位置関係だ。
「あの、お姉ちゃん……」
なぜそんな微妙な位置に座るのか。もしかして嫌われているのだろうか。お茶を入れてくれておきながら、本当は近寄りたくないのだろうか。と急に卑屈な考えが頭に浮かぶ。
「んー?」
「なんでそんな遠くに……?」
本当に嫌われていると思っているわけではないが、この微妙な距離について訊いてみた。
すると紋奈さんは「えー、知らないの?」と言って、人差し指を自分の顔の前に立て、それを僕の方へ向けた。
「きーぷ、でぃすたんす」
一瞬どういう意味か考えたが、すぐに思い当たった。
キープディスタンス。
距離を保て。
「あ、はーい。そうですよね」
僕たちは今、渦中にいる。
まるでフィクションみたいな世界的パンデミックの渦の中に。