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僕の部屋に入って来たのは、帰りを待っていた慈恩ではなく、慈恩の姉の紋奈さんだった。
「あれー。ユウリだけなの?」
「そ、そうなんですよ。慈恩、なんか塾行くとか言って出かけちゃって」
「えー。確かに、あいつ塾通い始めるとか言ってたかも。でも、家に友達残して塾行くとか、あいつやばいねー」
姉にもやばいと言われている。
やはり、この状況をおかしいと思うのは僕だけではないらしい。もちろん、そうだろうとは思っていたけれど。
「ホントにやばいですよね」
「ユウリはその時に一緒に帰らなかったんだね」
「いや、すぐ戻るからって言ってたんで」
そう言ってから既に1時間ほど経過している。冷静に考えれば、紋奈さんの言ったとおり、そのタイミングで帰宅するのが自然だということに気が付いてしまった。
たとえすぐに戻ると言われたとしても、塾に行くのなら、10分や15分で戻ってくるはずもないのだから。むしろ、自分の家に友達を残していった慈恩より、友達の家に1人で居座っている僕の方こそ、おかしいのかもしれない。
「そっかー」
と紋奈さんはスマートフォンを取り出して時間を確認した。何かを思い出すように「えーと」を上の方を向いて考えると、
「慈恩、あと1時間くらい帰って来ないと思うよ」
と残りの待ち時間を教えてくれた。慈恩が通う時間帯を聞いていたのかもしれない。
つまり、彼が言っていた「すぐ戻る」というのは、2時間後に戻るという意味だったということになる。流石にこれは、僕よりも慈恩のほうが確実におかしいと思う。
しかし、紋奈さんも帰って来たこのタイミングで、僕は帰るべきなのではないか。自分しかいなければ、戸締まりができないから勝手に帰るわけには行かないが、今ならその問題もない。このまま流れで帰ることを伝えるのが、いいだろう。そう思ったが、言葉にするより先に、
「じゃー、お茶でも入れてあげるー。ちょっと待っててね」
と言うと、紋奈さんはキッチンの方へと向かってしまった。
「あ、ありがとうございます」
取り残された僕は、紋奈さんの背中を見送る様にお礼を言って、「そろそろかえります」という言葉を飲み込んだ。