7 蛸
チヌちゃんグレちゃんに言われるまでもなく、甘太郎は、ここまで進んだ沿岸をかなり暑いと感じていました。
食欲も出ないどころか、命の危険さえ感じる水温だったからです。
アマゴの活動水温は、0度〜18度くらいです。
しかし、この初夏の沿岸海域の水温は、既に20度を超えていました
そこで、甘太郎は少しでも水温の低い方、沖合いの深場を目指して移動し始めました。
生き物や陸地の少ない海域を抜けると、前から巨大な生き物が形を変えながらやってきます
甘太郎は怖くなって、付近の水草の陰に身を潜めました。
巨大な生き物は、イワシの集団でした。
次々と形を変えながら、イワシボールと言う、巨大な集団になって、それを狙うサワラの群れから逃れようとしています。
押されてたまらず水面に出た、イワシを今度は水上から鳥が襲います。
ボイル、ナブラ、鳥山
釣り人達からそう呼ばれる、チャンスタイムです
サワラは、自分と同じ大きさの魚でも遠慮なく食べに来る魚です。けれど、ブリなどと比べると、それほど捕食のうまい魚とは言えないでしょう。
それでも、ふらふらと出て行くと、甘太郎など食べられてしまったかも知れません。
幸い、甘太郎は、変な気を起こさずにずーっと海藻の陰から、これを眺めていました。
不思議にイワシを気の毒とは思わず、早く大きくなって、自分も猟る側に参加したいと思っていたのです。
これは、紛れもなく、甘太郎のフィッシュイーターとしての血の騒ぎでした。
甘太郎は、海の底で古びた壺を見つけました。
休む事は出来ないかと中を覗くと、大きな生き物がいました。
それは、産卵でもう一ヶ月近くも何も食べずに、卵を守っているマダコでした。
奥に海藤花と呼ばれる、藤の花のような白い卵が見えます。
「なんだ、お前は!
私の卵達を狙ってきたのなら絞め殺すぞ〜
まだ私にも、お前を絡め取って絞め殺すくらいの力は残っている。」
「そうか、そのつもりでないのならば良い。
私か私は、ここでこの卵達に新鮮な水を送りながら、守っているのだよ。
まもなく、卵達も孵る。
そしたら、私の役目も終わりだ。」
「ハハハハ…
面白いことを聞くな?
なんのために生きているだと?
お前たち鮭族とて、同じではないか!
卵を産んだら朽ち果てる。
卵を産むために、ボロボロになっても川を遡るのではないのか?」
「産まれたから、生きている。
こうして、子孫を残せば本望ではないのか?
この卵達とて、私のようにまでなれるのは、ほんの一握りだ。
それでも私は一粒でも多く孵してやりたい。」
「あのイワシとて、全部が生き残れば海はイワシだらけになってしまう。
ああして食べられても、大昔から、イワシは減りもせず増えもせず。
うまくできているものだ。」
「あー、疲れた。
久しぶりなので、少し喋りすぎた。」
タコは眠ってしまいました。
死期を覚悟したタコの話しは難しくて、半分以上わかりませんでしたが、甘太郎は、自分を産んで故郷の川で朽ち果てていったであろう、会うことのなかった父母を思うのでした。
「お父さん、お母さん…」
読んでいただき、ありがとうございます。
今回は少し切ないお話でした。