5 鰻
鯉に守ってもらって一夜を過ごした甘太郎達は、朝が来ると鯉にお礼を言って、再び海に向かって泳ぎ始めました。
「ありがとう、鯉のおじさん」
カカカカ!
「ボウズ供、けっぱれよ〜」
いくつかの堰堤は、ジャンプして飛び越えたり、横の魚道を通って乗り越え、夕方、やっと下流域までやってきました。
海までは、もう少しです。
今夜の休む場所を探していると、なにやらニョロニョロとやってきます。
「わー! ヘビだぁ〜!」
「失礼ね!アンタ達なんてこと言うのよ
ヘビはもっとカサカサしてるでしょ!
この私のコラーゲンたっぷりの美貌が目に入らないの?!」
「全く失礼よ!わたしはウナギ!
ウ・ナ・ギよ!覚えときなさい!」
プンスカ!
えらい剣幕で叱られてしまいました。それで、甘太郎は、鮎君が言っていたウナギのおばさんのことを思い出しました。
「絶対、ヘビって言うたらアカンぞ」
確か、鮎君はそう言ってたのです。
「ごめんなさい、おばさん。
ボクわからなかったもので。
鮎君が言ってた、南の海から来たおばさんですよね。」
「あらま!アンタ達、鮎の知り合いなの?
じゃあ、許してあげちゃおうかな。
なになに?海へ行くの?」
「じゃあ、とても大事なことを教えてあげるわ。
いきなり海に入っちゃ、絶対ダメよ
塩水が混ざり始めたら、何があっても、そこで半日は過ごすの。
いきなり入ったら、アンタ達、死んじゃうわよ。」
ウナギのおばさんが言っているのは、海水と真水の混ざり合う汽水域のことです。
甘太郎達は、海水に適応能力を備えた身体にはなっていますが、いきなり海水に入ると浸透圧が違うために、生きられないことが多いのです。
ウナギのおばさんは、とても大事なことを教えてくれました。
あのやんちゃな鮎君が慕っていただけあって、とても面倒見の良いウナギのようです。
鮎君の話で盛り上がり、かなり親しみを覚えたときのことです。
「あら、嫌だ!
ナマズが来たわよ。
アンタ達、食べられちゃうわよ!
私が引きつけてあげるから、その間にお逃げなさい!」
もっと、いろんなことを教えてもらいたかったのですが、そうもいきません
「バカナマズ!
アンタはコッチよ〜!」
ウナギのおばさんが、オトリになってくれている間に、甘太郎達は、うまく逃げ出し、安全な岩の陰に隠れて一夜を過ごしたのでした。
翌朝、甘太郎達はさらに下流に向かって泳ぎ始めました。
川底の石は、もう甘太郎のいた上流のゴツゴツした岩のような石ではなく、つるんとした丸い小石と砂ばかりです。
何筋かに川が分かれ始めたので、甘太郎達は、一番水量の多い川筋を下っています。
ほのかに生臭いような、美味しいような香りが混ざり始め、最後の堰堤を越えた途端、川底の方にベタベタとした、先ほどから嗅いでいた、生臭いような美味しいような重い水が混ざってきました。
とうとう、海の水と川の水の混ざり合う、汽水域に着いたのです。
先ほどからの香りは、海の潮の香りでした。
なにがあっても、ここで半日過ごせと、ウナギのおばさんが言ってたな。
と思っていた矢先、小魚の群れの悲鳴が聞こえ、水から伝わる波動が、鳥肌の立つものに変わったのです。
身体に電撃のように、警戒警報が鳴り響きます。
スズキの来襲です!
スズキだけではなく、ナマズ、ブラックバス、雷魚など様々なフイッシュイーター達が、この潮止めの堰堤の下流には集結していたのです。
ここは、彼らの餌場でした。
アマゴ達は一斉に散りました。
アマゴは、下流の魚と比べるとスピードが速く、小回りも効きます。
上流で、激しい流れの中で、餌を取り、別の魚からも逃れて来たのですから、よほどうっかりしていないと捕まる事もありません。
それでも、慣れない塩水での突然のこと、何匹かの仲間と、小鮒などが食べられてしまいました。
海であれ、川であれ食べないと生きてはいけません。
そして、常に自分が食べられる可能性もあるのです。
数多くの魚の住む海では、その可能性も、もちろん大きくなるのです。
食べても、食べられても、文句を言えない、それは雨が降ったり、晴れたりする天気と同じ自然の掟です。
突然の洗礼で、感慨にふける暇もありませんでしたが、甘太郎はとうとう海に着いたのでした。
やっと海に着きました。