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8/13

八、

 ついに私の疲れは取れない程に酷くなっていた。それでも私は人を救う行為をやめなかった。人を救うために始めた特殊能力を使うという行為は、もはや苦しんでいる誰かのためだけではなく、私自身の生き甲斐になっていたのだ。両親を亡くし、友人もいない人生を送ってきた。特に辛いと思ったことはなかったが、自分の生きる意味を何度自問自答したことだろう。それが今はない。私は、必要とされる人間になったのだ。人を救える人間になったのも嬉しかったが、私は二十年間生きてきて、初めて誰かに必要とされる人間になれたことが嬉しかった。だからこの行為をやめるわけにはいかない。そして私は今日も夜の街に繰り出すのであった。


「もうだめだ、一人になってしまった」


老いた男性の心の声が聞こえた。周りを見渡す。すると、駅の近くにある時計台の下にあるベンチに、年老いた男性が腰掛けていた。


「こんばんは。」


私は近寄り話しかけた。すると彼は、迷惑そうに立ち上がり逃げようとした。


「待って。私なら、あなたを苦しみから救える」

「何を言ってるんだ。馬鹿馬鹿しい。」


私はこう言われることには慣れていた。年老いた人ほど、私の能力を信じない。特殊能力なんてありえないと思っているのだろう。けれど、聞こえた心の声の話をすると、みんな目の色を変えて信じてくれる。私は今回もその手でいこうと考えた。


「あなたの心の叫びが聞こえたの。一人になったってどういうこと?」

「どうしてそれを知っているんだ」


彼は慌てた。私は特殊能力を使えることを説明した。彼は疑い深くてなかなか信じてくれなかったが、苦しみを吸い取ってくれるなら、試してみてもいいと言ってくれた。


「実は昨日、五十年間一緒に生きてきた妻が亡くなってしまってね。私は一人になってしまったのだよ。私たち夫婦には子供ができなかったものでね。私は本当に一人になってしまった」


私は彼の気持ちが分かりすぎて辛くなった。そして彼の事を今までで一番、苦しみから救ってあげたいと思った。


「じゃあ私の両手に、あなたの両手をピッタリ合わせて」

「分かったよ」


私たちは時計台の下のベンチで両手を合わせた。私はいつも通り両手に全神経を集中させる。目を瞑った。手が熱くなってくる。すると、何回も何十回も同じ行為をしてきたのに、初めての現象が起きた。彼の苦しみが、私の中に入ってきたのだ。奥さんと過ごした楽しい日々や、奥さんが病気になって介護をしながらも二人で楽しく生きてきた日々の思い出、奥さんが亡くなってしまった言葉にならない苦しみ。彼の人生全てが私の中に入ってきた。私は瞑っている目から涙が溢れて止まらなくなった。


「ありがとう、とても気持ちが楽になったよ。君の言うことは本当だったんだね」


彼が口を開いたので、私は目を開けて手を離す。そして慌てて涙を拭った。彼の苦しみに私は初めて共鳴してしまったようだ。両親を失って一人になった苦しみと、彼が奥さんを失った苦しみが重なったのだ。彼は続けて口を開いた。


「妻は亡くなってしまったが、私の中で生きている。妻との思い出を胸に、残り少ない人生だが、精一杯生きてみるよ」


彼はお礼だと言って、一万円札を手渡すと、夜の街に消えていった。


「良かった…」


私はまた涙を流していた。愛する人が亡くなってしまうのは、とても辛いことだ。それを彼は乗り越えようという気になってくれた。本当に前向きに生きて行って欲しいものだ。今日はもうこれで帰ろう。そう思い立ち上がると、私はよろめいた。


「あれ?」


目の前が真っ暗になる。私は上手く歩くことができずに、その場に倒れこんだ。


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