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第八話 【一本道】



 地下洞窟を進むこと早一刻。

 

 特に会話もなく、緊張感が続く中でアルマーニは二本目の松明に火を点けた。


 鼠一匹すら姿を現さない不気味な状況下で、徐々に小声が洞窟内に広がっていく。


 ボルネードが率いる冒険者たちだ。

 展開もなく、張り詰めた緊張の糸が次第に解れてきたのか、冒険者たちは小声で雑談をし始めていた。


 その耳障りな声に苛立ちを隠せないアルマーニを、グレッダが「まあまあ」と鎮めていく。


 地下洞窟の湿っぽさはあれど、血の臭いや糞尿などの刺激臭もない。魔物が零した涎、獣臭さすらしないのは、明らかにおかしい事態なのだが──まだ初心者の冒険者たちには分からない違和感らしい。



「待て」



 歩き出そうとしたアルマーニを、突如ボルネードが制止した。


 面倒臭そうに問い掛けようとしたアルマーニだが、受付嬢が難しい顔をしていることに気付き、吐き出そうとした言葉を飲み込む。



「この近くに大広間があったはずだ。オーガがいた大広間……ゴブリン共の不格好なトーテムもあったと思うが」


「トーテムだぁ? んなもんねぇし、第一こっからも一本道だぞ」



 ボルネードの言葉に、アルマーニは辺りを見回してみるが、大広間どころかトーテムなど無縁の一本道。


 だが、ボルネードの情報は嘘ではないらしく、受付嬢は頷いて簡易な地図を手元で広げた。



「目的地はこの近辺です。トーテムと罠の記述、それにこの目印からすぐにオーガがいたと思われる大広間があります」



 受付嬢の地図に松明の明かりを近付け、皆が覗き見る。そこには、赤い丸印が付けられており、アルマーニはもう一度見比べるが、やはり無い物は無い。



「まさか、魔物が家の改築でもしたって言うのかい?」



 鼻で笑うグレッダに対し、誰もが黙り込んだ。そんなわけがない、と言い切れないのだろう。


 グレッダは肩を竦めて眉をひそめた。



「モンスターハウスを作り上げる程の知識と統率力を持つ奴がいる。そういうことだ」


「マジで言ってんのかよ。冗談キツいぜ」



 ボルネードが舌を打ち、アルマーニは空笑いをして奥の道を見据える。


 重い空気が流れ始め、冒険者たちもお喋りする余裕が無くなった時、アルマーニの顔が変わった。


 生暖かい風と共に、髪の毛を焦がしたような異様な臭いが鼻腔を突き、グレッダは思わず手で鼻を覆う。



「ア゛……ア゛ア゛ァァ」



 不気味な呻き声。

 裸足で地面を擦る音。

 時折聞こえる悪寒がする粘着音。


 

「なぁるほど、ここの受付はゾンビってか」



 顔を歪ませ腰に手を当てたアルマーニは、暗視ゴーグル越しに見えた魔物の姿に溜め息をついた。


 のたのたと歩く腐敗した人型の魔物──通称ゾンビは、数人の仲間を連れてこちらに前進していた。


 異様に飛び出た目玉に、溶けた肉塊を地面に引き摺らせ身体中に蛆を飼うゾンビは、人間の臭いに導かれやってきたのだろう。



「武器は汚したくねぇな」


「武器ならあります。どれでもお使い下さい」


「そういう意味じゃねぇよ」



 躊躇うアルマーニに、受付嬢が背中に装備した手斧を差し出す。


 しかし、アルマーニは首を左右に振って再び溜め息をついた。




「ゾンビを斬れば、その武器はもう使えない。腐敗した液体で使い物にならんからな」


「へえ。伊達に上級者はやってないね」



 ボルネードの説明に、グレッダが小馬鹿にして笑ってみせるが、鼻を鳴らしただけに終わった。


 

「アアアアッ!!」



 アルマーニの姿を目視したゾンビが、のろまながら勢いよく掴み掛からんとした。


 それを軽く蹴ってあしらったアルマーニは、グレッダに合図を送り後ろに手を差し出す。


 長年の付き合いのせいか、すぐに理解したグレッダが雑嚢から取り出したのは、青い小瓶だ。しかし、活力剤や毒消しの類ではない。



「……! 離れて!」



 戸惑いを見せる冒険者たちの身体を押して、受付嬢が大きく下がった。


 同時に、青い小瓶を受け取ったアルマーニは、立ち上がろうとしたゾンビの足元に向けて思い切り投げつける。


 軽快な音を立てて割れた小瓶から、透明な液体が零れだし、液体は徐々に地面に円を描いていく。



「ウア、ア゛ア゛ァァッ!」


「アガァァ……!」



 次々と合流するゾンビ共は、液体など無視してアルマーニに手を伸ばす。


 その手を松明で叩くと、アルマーニは力強くゾンビの身体に松明の火を押し付けたのだ。


 当然ながら、将棋倒しに転けていくゾンビ共。身体に引火した火は、見る見るうちに炎上し、ゾンビの群れは一気に炎へ包まれた。



「安酒はよく燃えるねぇ」



 腐敗が進んだゾンビはよくアルコールが染みる。


 アルマーニは燃えていくゾンビ共を哀れに見据えながら鼻を鳴らした。



「うぅ、本当に君は後のことを考えないね……ゴホッ」



 ゾンビの腐敗と焦げ臭さが一気に地下洞窟の中を充満していく中、グレッダはすぐさま消火液を振り掛け後処理をしていく。


 見れば、ボルネードを含め冒険者たちは凄まじい咳きをしながら、臭いや吐き気と戦っていた。当然ながら、慣れていない受付嬢もだ。



「貴様、俺を殺す気か……!?」


「あぁー悪ぃ悪ぃ。癖でやっちまった」



 咳き込み嘔吐するボルネードに、アルマーニは頭を掻いて笑った。


 だが、炎上させるという選択肢は間違いだったとすぐに気付かされることとなる。



「……ゴブリンです」



 布で鼻を押さえた受付嬢が、燃え尽きようとしていたゾンビ共の奥に指差した。



「今度はゴブリンか……汚い奴らばっかりだね」



 呆れるグレッダだが、アルマーニの表情は真剣であった。


 何故か。

 それは──ゴブリンがたったの二匹で歩いて来たからだ。



「おい、気を付けろ。罠の可能性が──」


「うわぁぁぁっ!!?」



 危険を知らせようとしたアルマーニの言葉が、後方からの悲鳴によって掻き消された。


 驚いた前衛組みが振り返れば、冒険者たちが全員武器を構えている。

 その奥には、ゾンビがいた。数は十を越えるだろうか。


 だが、問題はそこではない。



「背後から奇襲だと!? ここは一本道のはずだ!」


「つべこべ言ってねぇで前線張りやがれ!」



 驚愕するボルネードに、アルマーニは前のゴブリンを睨み付けながら叫んだ。


 背後からの奇襲が目的であり、前が手薄となると、魔物共の狙いは一つだ。


 モンスターハウスへ誘っている。

 そうとしか考えられない。

 ここで前へ進めば奴らの思う壺となり、何かしらの罠に嵌められる。


 それだけは何としても避けなければならない。


 しかし、自らの剣が汚れることに嫌悪感でも覚えたのか、ボルネードは後方の援護ではなく前へと出たのだ。


 

「混乱するな! 前へ進め! 俺の背中を追い掛けて来い!」


「馬鹿かテメェ!?」



 アルマーニと受付嬢を押し退け、前へと躍り出たボルネードは、下卑た笑いを漏らす二匹のゴブリンを切り裂き、奥へと進み始めた。


 困惑するアルマーニだが、時既に遅し。


 初心者や駆け出しばかりの冒険者たちは、上級者であるボルネードの言葉に従い全力で進み始めたのだ。



「い、いや……! 私は……!?」



 数十人に囲まれていたソルシェが、巻き込まれたまま前へと進もうとした時、その手をアルマーニが力強く引き抱き締めた。



「ア、アルマーニさん!?」



 驚きながらも赤面するソルシェに、アルマーニは腰の手斧を握り締めながら満面の笑みをして見せた。



「おっしゃあ! 何とか救出出来たぜぇ!」


「流石だね、じゃあ張り切ってゴブリン退治と行こうか」



 ご機嫌なアルマーニを適当にあしらい、グレッダは槍を構える。


 

「君は後ろにいるかい?」


「いえ、微力ながら剣の心得はあります。ですので、打ち漏らし程度でしたら」


「そう。じゃあ頼りにしてるよ」



 腰の細剣を抜いた受付嬢に、グレッダはウインクをして口角を上げた。



「お前は後ろにいろ」


「は、はい! あの、私も自分の身くらいは自分で守ります!」


「おっ、すげぇじゃねぇか。じゃあいっちょ、頑張りますかねぇ!」



 剣を構えるソルシェに感心したアルマーニは、今にも飛び掛からんとするゾンビ共の前に踏み出した。


 


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