第六話 【どうしようもない悪党】
戦士の少年は治療専門の者に任され、アルマーニは手当てもそこそこに協会の酒場で酒を呷っていた。
勿論、グレッダも対面にはいるが、アルマーニが酔いつぶれると分かっているためか、手元には度数など殆ど皆無の蜂蜜酒が置かれている。
先の事件があったことから、協会には関係者以外立ち入り禁止状態だ。
それでも、アルマーニはやってやれるかという理由で酒場に入り浸っている。
「あれはどうにも出来ないさ。聞けば王族に近い貴族……勝てても後で何をされるか」
「テメェはそれで納得すんのかよ。男なら怒りに燃えるのが普通ってもんだろぉ?」
顔を茹で蛸のように染め上げたアルマーニが、酒樽を乱暴に持ち上げ中身を零した。
「そりゃあ僕だって怒っているさ。でもこれ以上関わろうとも思わない」
「……臆病者になっちまったってことかよぉ」
冷静なグレッダの言葉に、アルマーニはわざと煽るような言葉を使ったが、やはり冷静のままだ。
それが余計に気に入らず、アルマーニは舌を打ってそっぽを向いた。
頭では分かっている。
ボルネードという男は相当厄介だ。
逆らえないことを良いことに、金で黙らせ権力と暴力で全てを支配する男。
戦士の少年を刺したことに対して、誰も意を唱えず、治療班ですら隠れていたのが良い例だ。
何より、上級者という証は伊達ではなく本物だということ。悪知恵が回り、どうしようもない悪人が実力さえも手に入れれば、独裁者となるだろう。
「真っ向勝負で黙らせるしかねぇかぁ」
「実力差は無いにしても、装備品で負けているからね。それに、あんな男が真っ向勝負なんてするとは思えないけれど」
グレッダの説明は尤もだった。
髪を掻き毟り苛立ちを見せるアルマーニ。
溜め息混じりに腕を組むグレッダ。
そんな二人に、一つの影が落ちた。
「舞台を用意することは出来ます」
二人が座るテーブルの前で立ち止まった女性は、真剣な面持ちで言い切った。
栗色の短髪に勝ち気な雰囲気と、華奢なスタイルを持つ女性は、この協会に通う者なら誰でも知る受付嬢であった。
訝しげに見上げるアルマーニに、受付嬢は金の装飾が施されたスーツの懐から一枚の紙を取り出すと、それをテーブルの上に広げる。
「上級者用の依頼書です。討伐内容は……モンスターハウスそのものです」
「それが舞台だって?」
受付嬢の言葉に、グレッダの顔が歪む。
「第一、君は協会側──つまり王国側だろう? 僕たちはあの男を倒したいって話をしていたのだけど?」
「理解しています。ですが、ボルネードの横暴はここ数日でさらに悪化しています」
グレッダの呆れた表情に負けじと、受付嬢は強く言いアルマーニを見据えた。
「王国の席が空けられ、ボルネードは活躍次第ではそこに座ることとなっています。ですが、あの男はそれを伝えられてから暴力事件や強姦、強奪、あらゆる悪事に手を染めていると聞きます」
「普通は逆に善の行いをするもんじゃねぇのか」
「王国直属の配下になるイコール、彼の頭では何をやってもいいと思っているのでしょう。現に、王国へ報告しようとした冒険者が、何人も裏で死体となっています」
受付嬢の眼は真剣だ。
ボルネードの悪事を知ったアルマーニは開いた口が塞がらず、唖然としてしまい酒を飲むことも出来ない。
「あの男がさらに権力を握れば、王国は終わってしまいます。ですから、この依頼を持ってきたのです」
テーブルを叩き眉をひそませる受付嬢に、グレッダは少し躊躇って依頼書を手に取った。
報酬金貨は五枚。
討伐目標は巣全体。
討伐した数により報酬増加。
その他諸々と書いているが、グレッダは纏めてアルマーニに伝えた。
「この条件であいつも参加するのかぁ?」
アルマーニの疑問に、グレッダも頷いた。
モンスターハウスはその名の通り、魔物の巣だ。
大黒虫からゴブリン、ウルフ、蜥蜴人。
巨大な巣であれば、それらを統率するゴーレムやオーガが居てもおかしくない。
それぞれに適した武器や道具、知識、経験、全てが必要となる。だからこそ上級者でしか依頼を受けられないのだが……。
なんといってもその報酬額だ。
幾ら数を倒したところで、持ち帰れる魔物の頭も限りがある。例え、金貨十枚でも受けたがる馬鹿はいない。
それらを踏まえて、アルマーニは受付嬢に問うたのだが、答えは簡単だった。
「ボルネードは今、活躍を王国に示さなければいけない時期なのです。たとえ無謀な依頼でも、絶対に受けるでしょう。この依頼書は、王国の依頼書なのですから」
「なるほど」
受付嬢の説明に二人は納得した。
納得はするものの、グレッダの表情は曇る一方だ。モンスターハウスの規模が分からない以上、活躍する前に殺されては意味もない。
入念な準備も、その資金も必要となる。
「私は協会の管理人です。そして権利者でもあります。道具や武器の準備、お二人を特別枠としての参加権利など、私が出来る限りお手伝い致します」
受付嬢のさらなる説得に、二人は顔を見合わせて眉をひそめる。
「……やるかやらないかは別としてだぁ。俺らは何をすりゃあいいんだ?」
「それは……ボルネード率いるパーティーよりも活躍すればいい。それだけです」
「それだけって、簡単に言ってくれるね」
アルマーニの疑問に答えた受付嬢だが、グレッダは肩を竦めて溜め息を漏らした。
沈黙し、静かだが微妙な空気が流れ始める中。
口を開いたのはアルマーニだった。
「分かった。やってやる。丁度いい口実だしなぁ。あいつの鼻っ柱をへし折ってやらぁ」
自信満々に言い切り、アルマーニは酒樽の中身を一気に飲み干した。
喜ぶ受付嬢と、額を押さえ首を左右に振るグレッダ。
「ありがとうございます! 今頼れるのは、お二人だけなので、本当に良かった……!」
初めて笑顔を見せた受付嬢に、アルマーニも笑って「おうよ」と、言って拳を作って見せる。
未だ乗り気ではないグレッダも、諦めたのかヤケクソに蜂蜜酒を一気に呷った。
「依頼書の張り出し日は?」
「明後日の昼頃に。なので、明日に協会の特務室までお越し下さい。必要な物を用意しておりますので」
受付嬢の指差す二階へ視線を向け、二人は頷いた。
何度も頭を下げる受付嬢に対して、グレッダは微笑んで優しく対応する。
「んじゃあまぁ、折角だし飲むかぁ」
「君はまたそうやって調子に乗る。酔いつぶれても知らないよ」
上機嫌で酒を飲み始めるアルマーニは、時折痛みを訴えながらも笑って親指を立てる。
肩を竦めて呆れるグレッダだが、その表情はどこか柔らかく見えた──。