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第五話 【無力】



 鎧洗いに防具を預け、蒸し風呂で綺麗さっぱりしたアルマーニとグレッダは、表協会付近にいた。


 着替えも済ませ、武器の手入れもある程度済んだということで、オーガ討伐で盛り上がっているであろう協会へ行こうという算段だ。


 

「また会えるといいな。会えたら運命だな。なんて、思っているんじゃないのかい」



 軽い外套にレザー一式のグレッダは、顎に手を当てて鼻を鳴らした。


 対してアルマーニは、呆れた顔をしつつも図星を突かれたようで、苦笑いをして誤魔化す。



「まぁ、会えりゃあなぁ」



 表協会の前まで来たアルマーニは、鼻を擦り入り口の門番に手を上げて挨拶する。


 だが、そこで何か違和感を感じ、アルマーニは門番の顔を覗き込み眉をひそめた。



「見たことねぇ奴だな」


「新入りかも」



 怪訝そうな顔をするアルマーニの一方で、グレッダはどうでもいいといった様子で門をくぐった。


 門をくぐると見えてくるのは、表協会の自慢である庭園と中央に設置された噴水だ。


 冒険者の稽古場としても使われているためか、やたらとデコボコ道だが、そんなことは誰も気にしない。



「中で軽く飯食ったら、明日どうするか決めようぜ。小銭稼ぎくらいはしておきてぇからな」



 表協会の扉を開き中へ入りながら、アルマーニは息をつこうとして顔を歪ませた。


 突然制止したアルマーニにどうした、という言葉を出す前に、グレッダは前を見て状況を把握する。



「なんだありゃ、宗教か?」



 アルマーニがそう例えたのも無理はなかった。


 協会受付に置かれた捧げ物と言わんばかりの大角が一本。その前に立つ金髪の男に対して、集団が拳を上げ何かを言っているのだ。


 それは近寄ろうともしないアルマーニにもよく聞き取れた。



「流石ボルネード様! あのオーガを倒すなんて!」


「次期特等冒険者の実力は凄まじいです!」



 これらの称賛を数十人がボルネードと呼ばれた男に捧げているのだ。

 しかも数十人全員が冒険者ときた。


 称賛の嵐が凄まじいせいか、胡散臭さと異様さが入り混じり気持ち悪い空間と化している。


 これを宗教と言わず何というか。



「……帰るかい?」



 唖然として、ようやく言葉を発したグレッダだが、アルマーニは前へと進んでいく。


 こんなところで飯や酒など不味くなるに決まっているが、彼を一人残すことも出来ず、グレッダは肩を竦めて後を追った。



「どうしたんだい? もしかして、茶化しに行くなんて言わないよね」



 グレッダが問い掛けるが、アルマーニは無視。


 暫くすると、ボルネードと呼ばれた男が軽く手を上げ称賛の嵐を止めた。



「今回の戦い、皆の助力があったからこそさ。だが、悲しいことに恩を仇で返した奴がいる」



 ボルネードの言葉に、数十人の冒険者たちが一斉に振り向いた。


 その視線の先にいたのは、三人の冒険者だ。駆け出しの腕輪を身に着けた少女一人人と少年一人。


 その中に、見覚えのある少女がいたのだ。



「ご、ごめんなさい」



 淡い紫の髪と胸を揺らし、ソルシェが俯きがちで頭を下げていた。


 

「折角、金貨を与えたというのに。まさか大黒虫如きで逃げ出すとは……。せめて壁役になって死ぬくらいしてもらわないと」



 ボルネードは前へ進むと、盛大に溜め息をつきながら怯える戦士の少年に近寄った。


 肩を震わせ、今にも泣いてしまいそうな戦士の少年に、ボルネードはにっこり微笑むと勢いよく鳩尾に蹴りを放ったのだ。


 吹っ飛んだ戦士の少年はテーブルや椅子をなぎ倒し、受け身など取れぬまま床に背を叩き付けられる。


 

「ひっ、酷い……」



 悲鳴と共に出たソルシェの言葉に、ボルネードは片眉を上げ笑みを浮かべた。



「酷い? 酷いのはあいつのことか?

当然、俺のことではないよな……?!」



 ソルシェの顔を掴み拳を振り上げようとしたボルネード。

 だが、その拳は誰かに掴まれ振り下ろすことが出来なかった。



「女に手ぇ上げんじゃねぇよ」



 ボルネードの手首を強く掴んだぼさついた黒髪の青年──アルマーニは、もう一方の手も剥がし距離を取らせる。


 邪魔をされたボルネードは手首を何度か振ると、舌を打ちながら、頭から足先まで舐めるようにアルマーニを見据えた。



「たかが中級冒険者が、俺に逆らうつもりか」


「逆らうんじゃねぇよ。むしろ感謝しな。女に手を上げる最低野郎に成り下がる前に止めてやったんだからなぁ」



 鬼の形相で睨み付けるボルネードに、アルマーニは屁理屈で返す。


 白銀の鎧に金房が揺れる黒の外套。

 腰当てから籠手、足甲まで揃っているところを見れば貴族か。


 腕輪にはサファイアが埋め込まれた腕輪を身に着けており、上級者だということが分かる。


 それにしても横暴ではないか、と。


 怪訝気に見つめるアルマーニに対し、ボルネードはフッと怒りを鎮めると柔らかく微笑んで剣を抜いた。



「なるほど一理ある。ならば、男なら構わないということだな」


「テメェ、俺とやろうってか。上等だぜぇ」



 ボルネードの圧力に屈することなく、アルマーニは腰に下げた手斧の柄に触れた。


 背後ではソルシェが顔を青く染め上げ首を左右に振っているが、ここまで来たら引き下がれない。


 アルマーニの覚悟を知っているグレッダも、様子を見る体制だ。



「ボルネード様!」



 集団からはボルネードの応援が次第に大きくなる。


 ボルネードも余裕の表情で集団のエールに答えている。だが、アルマーニは違和感を感じていた。


 確かな殺気や圧力を感じるにも関わらず、何故かその気はアルマーニに向けられていない。そんな違和感と疑問、疑心。



「さあ、避けてみるといい」



 考え事をしている隙を突かれ、ボルネードの剣先がアルマーニの鼻先を掠める。


 避けようとソルシェを庇いながら右へと避けたアルマーニ。


 そこでようやく気が付いた。

 殺気の違和感に。



「アルマーニ! 狙いは後ろだ!」


「わぁってる!!」



 グレッダの叫びに、アルマーニは避けたばかりの右足に力を込め手斧を引き抜く。


 少しでも傷付けられればと手斧をボルネードへ奮ったが、掠りもせず。

 ボルネードはそのまま前へ走ると、倒れている戦士の少年へ剣を振り上げた。



「止めろ!!」



 それを、今度はグレッダが叫び声を上げながら槍を手に地を蹴っていた。


 ボルネードは、にっこりと微笑み振り上げた剣を、そのまま斜め横へと振り下ろす。



「ぐあぁぁあっ……!!!」



 グレッダの槍も、アルマーニの手斧も届くことなく、戦士の少年から鮮血が舞い上がる。


 痛々しい鈍い悲鳴と共に、切り裂かれた胸を押さえ、戦士の少年は涙目でボルネードを見上げる。



「いいねえ、女の悲鳴もいいが、君の悲鳴はなかなかに良かった。仕方ないからこれで許してやるよ」



 満足げに笑うボルネードに、アルマーニは無言で手斧を振り下ろそうとしたが、それは集団の冒険者に止められてしまった。


 少し外れていたグレッダは、槍を横薙ぎに奮いボルネードを退かせると、戦士の少年に惜しげもなく青い小瓶に中身を胸に垂らしていく。



「くそが! 離しやがれ! 頭に蛆でも沸いてる奴の仲間なんざ、テメェら本当に冒険者かぁっ!」



 羽交い締めにされながらも暴れるアルマーニの言葉は、冒険者たちには届かない。


 ボルネードはソルシェを一瞥すると、柔らかく微笑んで手を差し出す。

 その手をソルシェは一瞬躊躇って、震えながら掴み顔を伏せる。



「いい子だ。君は女だからね、仕方ないさ」



 ボルネードの言葉は、どこか刺々しく、断ればどうなるか安易に予想が出来た。



「さてと、じゃあそろそろ行こうか。祝杯だ。君たちは俺の大切な仲間だから、特別に肉を食わせてやる」



 ボルネードの言葉に、冒険者たちの表情が一気に曇り始める。それでも、誰かが喜べばそれに従い皆が喜びの声を上げ始める。



「アルマーニ、といったかな。また会えるといいね」


「……糞野郎が──ぐっ!?」



 協会から去っていくボルネードに掴み掛かろうとしたアルマーニだが、複数の冒険者から殴られ、あっという間に地に顔を付けることとなった。


 

「アルマーニ……!」



 戦士の少年を手当てしていたグレッダが、急いでアルマーニに駆け寄る。


 ボルネードの手下共は、そそくさと協会を出て行き、仕返しや文句の一つも言えずに終わってしまった。



「……ボルネード……っ!!」



 顔や肩、背中、腹を殴られ蹴られたアルマーニは、怒りだけで起きあがろうとしたが、グレッダに止められた。


 喪失感と憤怒だけが、後に残ったのだった。






 

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