第四話 【お誘い】
別ルートから侵入していたアルマーニたちは、数時間ほど洞窟を彷徨った後、ようやく本来の出入り口付近まで戻って来ていた。
「見えた。青い炎だ。出口は近いはずだよ」
そう確信し、グレッダは血で泥濘んだ手を払い槍を今一度握り締めた。
安堵はしても、警戒を怠らないという姿は立派だ。
対して、アルマーニは溜め息混じりに首の後ろを掻いて、青い炎を見据えている。
「あの青い炎は、普通の松明じゃないんです?」
不意に、列の真ん中にいたソルシェが小さく疑問を唱えた。
驚くグレッダの反応を余所に、アルマーニは「あぁ」と、肯定し説明を始める。
「ありゃあ魔法の松明だ。魔法時代の遺産で、普通の松明は一時間が精々だがぁ……こいつぁ一日中照らし続けるって代物だ」
「冒険者の人が立ててる……?」
「いんや。王国の連中が、毎日この松明を使ってくれてるんだが、まぁそれだけ他の魔法が欲しいんだろうよ」
アルマーニの説明に納得し、感心したように頷いたソルシェは、壁に掛けられた青い松明を眺める。
「君は、確かに駆け出しの冒険者だろうが、そういうことは受付で聞いたり、本にも載っているものだろう? まさか、どこかの貴族なのかい?」
訝しげに疑問を発したグレッダに、ソルシェは音が鳴りそうな勢いで首を左右に振った。
「あ、いや! その……貴族どころか、私、両親も居なくて。ずっと貧困層に居たんです」
「貧困層? そうは見えねぇけどなぁ」
仄かに頬を赤く染めるソルシェに、アルマーニは顎を撫でて服装を確認する。
確かに、胸当ても無ければ鎖帷子も装備しておらず、腰に下げているレイピアが飾りのように見えるが、手袋やロングスカートから覗くブーツは上物だ。
防御力よりも逃げ足に特化した装備であり、レイピアも粗悪な物どころか、一級品だ。
美人なのを取り柄にそういう仕事をしていたのかも知れないが、そうでもしなければこれほどの装備は揃えられないだろう。
金額にして幾らぐらいかと、アルマーニは足先から頭まで舐めるように視線を動かす。
「そ、それより! ほら、同じ冒険者の方が見えます!」
と、頬を赤らめ胸に手を当てたソルシェは、すぐに出口付近へと指を差した。
手続きと証明を済ませた冒険者の一党が、初々しい様子で続々とアルマーニたちと擦れ違っていく。
ソルシェと同じく、腕輪には宝石など埋め込まれていない駆け出しだが、戦士と弓使い、大盾を持つ前線守護が居れば文句なしの一党だ。
「今からオーガ退治とは、間に合わないだろうね」
「そもそも、俺らがあの穴に入る前から、もうオーガは退治されてたんじゃねぇのか? 地響きとかもねぇしよぉ」
「確かにね。そもそも、オーガ退治自体が嘘だったってことも有り得るから」
アルマーニとグレッダの会話に、ソルシェが驚愕し首を傾げている。
「オーガ退治は、嘘だったのですか?」
「いやまぁ、可能性の話だって。それより、おら。早く出ようぜぇ」
疑うこともなく真っ直ぐに問うたソルシェに対して、アルマーニは苦笑をして見せ出入り口の鉄門へと誘導していく。
冒険者の出入りが激しい鉄門は開け放たれており、王国の兵士が三人掛かりで検問をしていた。
何百を優に越える冒険者を相手にたったの三人で捌いていたとなれば、あの列は納得が出来ると、アルマーニは肩を竦めて空笑いする。
「金貨五枚の依頼によくここまで集まったもんだなぁ」
「今回の依頼は駆け出しでも参加出来るものだったしね。食いつくはずさ」
感心しながら列を離れるアルマーニに、グレッダは暗視ゴーグルを額まで持ち上げ眉をひそめた。
金貨五枚の依頼となれば、地下洞窟に溢れる獣人狩りや、猛毒を持つ巨大蜘蛛などが一般的であり、どれも上級冒険者でしか受注出来ない。
だが、中級冒険者が担うオーガ退治を、わざわざ大金を叩いて王国が直々に依頼を発布したのだ。
誰でも参加出来る上に、討伐すれば名を上げられるとなれば、駆け出しにとってはロマンだろう。
「お前もそんなクチってとこかぁ?」
「は、はい……ごめんなさい」
暗視ゴーグルを外したアルマーニの問い掛けに、ソルシェはあからさまに肩を落とし小さく頷いた。
「まっ、身の丈にあった依頼でコツコツするってんのが性に合わねぇなら、俺のパーティーに入ってもいいぜぇ」
「えっ……」
鼻を擦り自信有り気に言い切ったアルマーニに、驚き声を漏らしたのはグレッダだった。
「なんだよ」と、渋い表情をするアルマーニに、グレッダは呆れた様子で息をつく。
「駆け出しを連れて、大黒虫退治でもする気かい? 是非とも君だけで行ってくれ。僕は抜けるよ」
「っんだよぉ、つれねぇなぁ。じゃあゴブリンか蜥蜴人なら文句ねぇのかよ」
「駆け出しを守りながらの戦闘だなんて、上級冒険者じゃあるまいし。無謀だよ」
ソルシェを間に入れたまま、二人は今にも火花が散りそうな勢いで睨み合う。
だが、折れたのは意外にもアルマーニだった。
「わぁったよ。じゃあ逆にすりゃあいい。こいつが受けた依頼に俺らが手伝うってのはどうだ」
「……譲歩の仕方がおかしいのは気のせいかい?」
諦めることはしないアルマーニの強気な姿勢に、グレッダは酷く肩を落として溜め息をついた。
「あ、あの……そんな手伝うだなんて──!」
遠慮がちに両手を振ったソルシェの肩を掴み、アルマーニは綺麗な白い歯を見せて大きく頷く。
「気にすんな! 俺らは暇してる。金もそこそこある。だから手伝う。な?」
圧力を掛ける勢いで迫るアルマーニに圧倒され、ソルシェはポカンと口を開けて固まってしまう。
それを救うべくグレッダはアルマーニの襟首を掴むと、無理やり彼女から引き離そうとする。
だが、アルマーニは離れない。
それをグレッダが容赦なく引っ張り、アルマーニは勢いよく後ろへと転んでいってしまった。
ぐへ、と呻き声を漏らし、額を地面に打ち付けたのかアルマーニは悶絶している。
「女性のエスコートが成っていないね。本当に、すまない。悪い奴じゃないんだ」
「あ、ははは。ありがとうございます」
グレッダの言葉にソルシェは困ったように笑う。
痛みから復帰したアルマーニは、グレッダに怒りをぶつけることも出来ず額を押さえて立ち上がった。
「ま、まぁ。気が乗ればいつでも手伝ってやるから。いつでも言ってくれよ」
「ありがとうございます。困った時は頼りにしますね」
ソルシェの言葉選びはあからさまに今頼るものではないが、それでも前向きな答えに満足したアルマーニは、柔らかく微笑んだ。
「じゃあ、ここからは大丈夫だね」
グレッダは血塗れた手袋を外すと、胸に手を当てソルシェに頭を下げる。
それに習って、ソルシェも急いで頭を下げ、額を押さえるアルマーニに小さく手を振って走って行った。
その仕草にまた頬を緩ませ、アルマーニも手を振って返す。横ではいつも通り微妙な顔をするグレッダだが、やはり気にしない。
「……さて。僕はそろそろお風呂に入りたいんだけど」
「奇遇だな。俺も風呂に入りてぇと思ってたところだ」
小さな嵐が過ぎたところで、改めてお互いの血にまみれた姿を見据え、力が抜けたように笑ってみせる。
「一応、後で【協会】に行くとするかぁ」
「じゃあ、一刻くらい後にまた合流しよう。寄り道禁止で」
「わぁってるよ」
互いに拳を合わせ、アルマーニとグレッダは人混みが空いた列をすり抜け、別々へと離れていった──。