第三話 【果たし状】
賑やかな昼過ぎ。
「わあ! 格好いいですね」
新しい店を見て回る中で、ソルシェはとあるよろず屋の前で足を止めた。
骨董や魔法の巻物、少し血塗れた盾やら鎧やらを売り出す店は明るいものではなかったが、その中でも一つの短剣が一際輝いていた。
「お目が高いねお嬢さん。そいつは上等な代物だ! 今なら金貨二枚にまけておくよ」
「え、いえ……ごめんなさい」
店主の言葉に、ソルシェは困ったようにはにかんで後退る。
そんな態度に店主は鼻を鳴らすと、すぐに別の冒険者へ声を掛け始めた。
「初心者だから足元見てやがるだけだ。あれなら銀貨十枚が精々だぜ」
呆れながら後ろから追い付いたアルマーニは、ソルシェの肩を叩いて息をつく。
「しかもありゃあ死体から剥ぎ取ったもんだ。呪われてるだろうぜぇ」
ゾンビの真似をして見せ、恐がるソルシェにアルマーニは愉しげに笑った。
表でも裏でも、死体回収や遺品回収の依頼はよくあることだが、死体漁りは稀に見掛ける程度の職だ。
よほどの腕が無ければ漁っている背後から殴られて終わりだろう。
万が一、他の冒険者に見つかれば衛兵に引き渡されるのがオチだ。
「元々の価値を知るには、やっぱり稼いで良いものを知るってことですか?」
「そうだろうなぁ。俺だって鉱石の類は全く知らねぇが、有名な鍛冶職人の造りくらいは知ってて損はねぇんじゃねぇよ」
ソルシェの問い掛けに、アルマーニは顎を撫でて一度頷いた。
「色々あるんですね。アルと一緒にいると、知らないことをたくさん知れて楽しいです!」
純粋に笑顔を見せて頷いたソルシェは、再び店を見回っていく。
様々な物に興味があるらしく、目を輝かせて進んでいくソルシェはまるで少女のようだ。
人通りが多い場所は苦手なアルマーニはのんびりと進むが、ソルシェは気にすることなく前へ前へ進んでいく。
肩掛けの小さな鞄に入っているであろう財布が、幾度となく盗まれそうになっていることなど知らないし、それをアルマーニがことごとく救出していることなど、知る由などない。
「ちっと目を離すと怖ぇな……」
スタイルも良く雰囲気から美人で可愛らしいために、隙あらば狙ってくる悪人は多い。
彼女がそれを自覚し、自分の身くらいは自分で守るようになるのは、まだまだ通そうだった。
「あ! ベンチがありますよ!」
店通りを抜けた先で、ソルシェは大きく手を振ってベンチに腰掛けた。
そんな彼女の姿を微笑ましく見ていたアルマーニは、ふと一つのアクセサリー店で足を止めた。
「これ頼む。釣りはいらねぇ」
「ありがとうございます」
目に留まったアクセサリーを手に取り、アルマーニは銀貨十枚を支払って素早く足を進める。
店通りを抜けた先は噴水広場となっていた。
貴族層とも貧困層とも近い城下の中央に位置するこの場所は人気だが、こんな昼過ぎは冒険者が出払っているために空いている。
既に座っているソルシェの隣に腰を下ろし、アルマーニはくたびれた様子で空笑いした。
「すげぇ人だな、疲れるぜ」
「ごめんなさい。あ、そうだ! ここに来るまでに葡萄水を売っていたお店があったんです。買ってきますね」
「おう、じゃあこれ持って行ってくれ」
元気よく立ち上がったソルシェの言葉に、アルマーニは懐から取り出した銀貨袋を差し出した。
だが、ソルシェは受け取らない。
それどころか、ムッとした表情で首を左右に振って微笑んだ。
「子供扱いはダメです。私だって自分の物は自分で買えますよ?」
「え、あぁ……悪ぃな」
アルマーニが納得した様子を見て、ソルシェは満足気に立ち上がり、駆け足で人通りの中へ戻って行ってしまった。
銀貨袋を持った手が宙に浮いたまま、アルマーニは頬を掻いて困ったようにソルシェの背中を見送る。
「俺ぁ恋人面してぇだけなんだがなぁ」
苦笑して銀貨袋を懐にしまい込んだアルマーニは、視線を前に戻して息をついた。
「ん、ありゃあ……」
ふと、中央広場から降りた貧困層近くに、見覚えのある顔を見つけ、アルマーニは目を凝らした。
「グレッダじゃねぇか。隣の女は──」
グレッダの横にいる金髪の女性は、親しげに何かを話しながら柔らかく微笑んでいる。
だが恋人というよりは、妹か親戚か、アルマーニには家族に近い関係に見えた。
「挨拶すんのは野暮か……」
ベンチで座っているだけのアルマーニは、遠くに見えるグレッダを見つめていると、不意に金髪の女性と視線がぶつかった。
すると、金髪の女性は指を差して伝え、グレッダはゆっくりとこちらに視線を向ける。
こうなっては仕方がない。
アルマーニは軽く手を振って挨拶して見せる。
グレッダも軽く振り返し、金髪の女性の背中を押すとこちらへ歩いて来た。
「やあアルマーニ。一人で散歩かい?」
「まぁデートみてぇなもんだ」
「そうかい。それは後で祝わないとね」
皮肉か冗談か、グレッダは微笑むと腰に手を当てて後ろを一瞥する。
「あの女は、彼女か?」
指差したアルマーニの問い掛けに、グレッダは一瞬躊躇って首を左右に振った。
「大切な存在さ。君に紹介出来るのはまだまだ先になるだろうけどね」
「そうか。まぁお互い頑張ろうってこった」
互いに深く踏み込むことはせず、軽い会話を交わした二人。
グレッダがよそよそしい態度なのは、あの女性が原因か。女性の存在を知られてしまったことが原因か。
アルマーニには知る由もない。
それでも踏み込まないのは、あくまで冒険者のパートナーであるからか。
「わざわざすまねぇな。そろそろ戻ってやれよ」
「ああ、悪いね。また今度」
アルマーニの言葉に安堵した様子で、グレッダは踵を返し早々と行ってしまった。
再び一人となったアルマーニだが、ふと店通りに視線を向ければ、ソルシェがパタパタと走って来ている最中であった。
「あれ? さっきグレッダさんがいたような気が……」
「あぁ、挨拶しただけだ。すぐに行っちまったよ」
「そうだったんですね。あっ、はい。葡萄水です」
少し残念そうに眉をひそめたソルシェは、アルマーニに葡萄水が入った小瓶を手渡し、ベンチに腰掛ける。
「また会えるだろ。それより──」
葡萄水を飲むソルシェの前に、アルマーニは拳を突き出してニッと笑みを見せた。
不思議そうに見つめるソルシェに、アルマーニはゆっくりと拳を開いていく。
シャラン、という音と共に現れたのは、ダイヤ型の蒼い宝石があしらわれたネックレスだった。
「これ……?」
「似合うと思ってよぉ。こういうのは嫌いか?」
驚くソルシェは、問い掛けるアルマーニに全力で頭を振った。
「わ、私にですか?」
「そりゃあ当たり前だろ」
頬を赤らめるソルシェに対して、アルマーニは彼女に背中を向けるよう促した。
緊張しているのか、肩に力が入ったソルシェの首にネックレスを通し、留め金をしっかり固定していく。
「どうだ?」
アルマーニの手が離れ、ソルシェはゆっくりと振り返って見せた。
太陽の光によって輝く蒼い宝石は、ソルシェの白い肌によく似合っている。
満足気なアルマーニだが、ソルシェの表情は厳めしいものだ。それでも、改めてネックレスを手に持ったソルシェは、柔らかく微笑んでギュッと握り締めた。
「嬉しい……ふふ」
照れたような、申し訳なさそうな表情でアルマーニに深々と頭を下げたソルシェ。
「ありがとうございます」
「おうよ」
素直に喜ぶソルシェに、アルマーニは白い歯を見せて何度か頷いた。
恥ずかしさが後から来たアルマーニは、冷えた葡萄水を一気に飲み干し、やけに熱い身体の火照りを冷ましていく。
「……そろそろ食材買って帰るか?」
「あっ、はい。そうですね」
互いに緊張感を持ったまま、二人は夕暮れが訪れる空を見上げた──。




