第二話 【近道】
「うお、マジかよ」
城下の北東に位置する薄暗い路地で、アルマーニは酷く落胆していた。
地下洞窟へと繋がる鉄門に群がる人、人、人。
各々、皮鎧や鉄鎧を纏わせ、剣や斧、棍棒を手に並ぶ冒険者たちが、その鉄門が見えない程に集まっていたのだ。
当然、遅れてきたアルマーニとグレッダは相当後ろに到着した訳だが……。
「これ全員がオーガ討伐に集まっているのか……凄いね」
息をついて驚くグレッダ。
王国直々の依頼は【表協会】と呼ばれる組織から、発布、パーティー登録、受理となるのだ。
鉄門に集う冒険者が全てオーガ討伐を目的としているのならば、アルマーニたちの出番は無いに等しい。
「こりゃあ諦めるしかねぇんじゃねぇのか」
「それ、君が言えたことじゃないんだけどね」
頭を掻くアルマーニに、グレッダは呆れた表情で溜め息をつく。
駆け出しから上級者まで集まる依頼。
鉄門では冒険者の証明書となる腕輪を確認しているようで、凄まじい列は全く動いていない。
「邪魔だ! 押すなって!」
「お前こそ!」
「オーガは俺が討伐するんだ!!」
そのうち我慢出来ず、列を乱し暴れ始める冒険者たち。
女性陣のパーティーは呆れながら、他のパーティーとお喋りする始末。
「俺が早く起きてても、変わらねぇように見えるんだが?」
「……僕もそう思えてきたよ」
二人揃って肩を竦め、暴徒化する冒険者を一瞥すると、アルマーニは踵を返しその場から離れる。
「しゃあねぇ。別ルートから行くかぁ」
「別ルートって……」
次いでグレッダも列から抜け出し、早々と行ってしまうアルマーニの背中を追い掛ける。
冒険者たちの騒ぎ声を耳にしながら、アルマーニは路地を抜け表協会まで戻っていく。
「どこに行くつもりだい?」
怪訝そうにグレッダが問い掛ける。
アルマーニは鼻を鳴らすと一軒の民家の前で止まった。
レンガ造りの外壁が阻む立派な民家を見上げ、親指を上へ向けた。
「まぁ見てろって」
ニヤリと口の端を上げたアルマーニは、グレッダが制止する前に軽々と外壁をよじ登り始めたのだ。
「ちょ、アルマーニ!?」
驚き戸惑うグレッダはポカンと口を開けて手を伸ばそうとする。
しかし、アルマーニは楽々と外壁を乗り越えると、辺りを見回して壁に視線を移す。
「なぁにしてんだ。早く来いって」
外壁越しに呼び掛けたアルマーニに対し、グレッダは大きな溜め息をつき、躊躇いがちによじ登っていく。
それを確認することもなく、アルマーニは家の奥へと進み始めた。グレッダが着地を失敗した音を耳にしながら、丈の長い雑草を掻き分けていく。
「いてて……全く、君は無茶をする──って、これは」
無事にアルマーニと合流したグレッダは、尻を擦りながら雑草の影に隠れたあるものに驚愕した。
穴だ。
人一人入れるか否かといった大きさの穴が、真っ直ぐ下に向かって伸びているのだ。
「こんな所に? 君が掘ったのかい?」
「んな深い穴掘れるかよ。ゴブリン辺りが掘ったんじゃねぇか? 縄も鎖もねぇし」
穴を覗き込むグレッダの表情は、あからさまに嫌そうだ。
アルマーニが言う通り、人工的に掘られたような綺麗さはなく、生暖かい風が逆流してくる穴に、降りる用の梯子などはない。
降りれば二度と戻れない仕様になっているようで、グレッダは怪訝気に眉をひそめた。
「本気で降りるのかい?」
「そりゃあ、金が欲しいしなぁ?」
疑問に疑問符を付けて返すアルマーニは、欠伸を噛み殺してしゃがみ込んだ。
どうやら本気らしい、ということを理解したグレッダは、再び深い溜め息をついて何度も首を縦に振った。
「んじゃ、頼むわ」
「へ、ば、馬鹿か君はぁぁぁっ!!?」
スッと立ち上がったアルマーニは、軽くグレッダの背中を押した。
油断していたグレッダはバランスを崩し一歩足を踏み出してしまうと、そのまま穴へと吸い込まれるように落ちていく。
「うあぁぁあ゛あ゛っ!?」
綺麗に、とは言えず、グレッダは狭い穴の石や土に身体を擦らせながら、凄まじい悲鳴と共に落ちていく。
穴の中で相棒の姿が見えなくなったところで、アルマーニも穴の中へと飛び込んだ。
「うぉ、案外行けるもんだな」
滑り台さながら滑っていくアルマーニは、口を開けたことに後悔しつつ踵に土壁を擦らせていく。
途中「ぐえ」と、いう情けない声が聞こえた気がしたが、アルマーニは頬に擦り傷を作った程度で穴を抜け出し、突如現れた地面に着地を成功させた。
「……相変わらず暗ぇなぁ」
少々痺れる足を振りながら、アルマーニは暗視ゴーグルを装備して呟いた。
「おいおい、大丈夫かよ?」
暗視ゴーグルを装備したことにより視界が明るくなったところで、傍らに着地を失敗したグレッダの姿を確認出来た。
一応心配はしておこうとアルマーニは青年に声を掛けるが、反応はない。
「……とうとう死んじまったかぁ」
「勝手に殺すな! というより、先に謝るのが普通だろう!?」
「んだよ、元気じゃねぇか」
グレッダは怒りと共に殺意を込めた睨みを利かせている。
それを華麗に無視して、アルマーニは辺りを見回した。
擦り傷や切り傷を負ったグレッダは立ち上がると、痺れる痛みに顔を歪ませ、服に付着した土埃を叩いていく。
「松明が見当たらねぇな。こりゃあ完全に別ルートだぜ」
薄暗い洞窟。
冒険者が踏破の証に土壁へ松明を刺し込むのだが、明かりどころか松明すら見当たらない。
「……いきなりモンスターハウスなんて言わないでくれよ?」
グレッダの不安に、アルマーニは表情を険しくさせた。
「なら、襲われる前に準備しねぇとな」
アルマーニはそう言って、雑嚢から真っ赤な小瓶を取り出す。
眉間にしわを寄せ、小瓶の蓋を取り、ドロリとした液体を覗き見てさらに顔を歪ませる。
意を決してその液体を手のひらに出すと、脇や首など、汗が噴き出しやすい箇所に塗っていく。
「ほら、お前も塗っとけ」
滑る手で小瓶をグレッダに放り投げ、アルマーニは一度咳き込んで息をついた。
魔除けの液体。
そう言えば聞こえは良いが、中身はゴブリンの血肉とハーブを混ぜ込んだ血の液体だ。
獣であるウルフやゴブリンは鼻が良い。それこそ男か女、子供か大人など、人間に対しての独特な汗の臭いを頼りに襲ってくる。
特に月ものの女に対してはいやらしい程に鼻がよく利く。冒険者でも女が弾かれる理由でもあるのだ。
「これ、落ちにくいんだよね」
「文句言うんじゃねぇよ。命よりは安いもんだろ」
血肉ともなれば手洗いでは限界があるが、その分魔物から襲われる回数は減るだろう。
鼻が良いという特徴を活かしたこの液体は、ほとんどの魔物に気付かれにくくなる代物だ。
どこかのお伽噺で見る血の臭いで襲い掛かってくる海の化け物とは違う。
この世界の魔物は馬鹿だ。
馬鹿だが、賢い。
「んじゃあ行くか……と言いたいところなんだが」
血肉の液体を身体に塗ったアルマーニは、腰に下げた手斧を手に取り片眉を上げた。
問い掛けてばかりのグレッダも、彼の言いたいことを察したのか、背中の槍を持ち地面に柄を置く。
「オーガってのはこんなにも静かなもんかぁ?」
「僕の知るオーガなら、もっと地響きがあってもおかしくないと思うけれどね」
違和感を覚えた二人は互いに顔を見合わせる。
グレッダは暗視ゴーグルを装備し、奥へと繋がる一本道を真っ直ぐ見据えた。
同時に、徐々に聞こえる足音。悲鳴。
それも無数の足音──否、地面を這いずるのは虫の類いか。
「行き止まりで襲われちゃあ堪ったもんじゃねぇぜぇ」
顔をしかめ、乾いた唇を舐める。
腰を屈めて、生唾を飲み込み、徐々に大きくなっていく足音に身構える。
「来るよ」
「わぁってる」
確かな一本道。
真っ直ぐに向かってくる無数の足音と、乾いた足音が聞こえ始めた時。
アルマーニとグレッダが暗視ゴーグル越しに見えたのは、一人の少女であった。
「誰か、誰か……助けてっ!」