第十二話 【痛み分け】
変形した斧槍のリーチは長い。
力だけで奮う手斧とは違い、回転と突きが利点となる。
拳で挑んでくる人狼に対して、強く攻められる……はずだった。
「おらどけ!」
野次馬の如く戦いを煽るコボルト共を斧槍で散らし、アルマーニは中央に立って人狼と正面に立つ。
「フン……ッ!」
凄まじい勢いで地を蹴り、アルマーニの懐へ白銀の人狼が一気に距離を詰め寄る。
下から上へ顎に向けて放たれた掌底打ちにより、アルマーニは斧槍を盾にして受け止めた。
しかし、その勢いは尋常ではなく、アルマーニの身体は大きく吹っ飛ばされる。
「あがっ……!」
石柱に背中を打ちつけ、肺が潰されたのではないかと疑う程の痛みが、全身に渡って広がっていく。
息が詰まり、吐き出そうとした空気は血に代わり地面にボタボタと口から零れる。
だが、痛みに悶える暇などなかった。
「マジかよ!」
既に目の前まで迫っていた白銀の人狼は、逃げられぬようにと回し蹴りを繰り出していた。
それを地べたに這いつくばって回避したアルマーニは、そのまま前転して距離を離そうと情けなく逃げる。
「痛ぇじゃねぇか、この、犬っころがよぉ!」
「グオォォオ……!」
人語を理解しているのか、アルマーニの煽りに対して、白銀の人狼は低く呻き血走った眼を光らせた。
「怒らせてどうするんだ君は」
「るせぇ! ぬわっ!?」
呆れるグレッダに怒りをぶつけるアルマーニだが、白銀の人狼は容赦なく襲い掛かってくる。
真っ直ぐ突いてくる拳を斧槍で受け流し、アルマーニは足蹴りを返してやる。
それをバックステップで易々と避けられたが、そのまま大きく前へ踏み出し斧槍を突き出した。
「……ッ!」
甘い、と言わんばかりに白銀の人狼は斧槍の柄を掴み鼻を鳴らした。
だが、そこまではアルマーニの予定通りであった。
「行くぜぇ!」
掴まれたままアルマーニは前進する。
三連結を畳んでいき、手斧となった武器を力だけで押し込み人狼の腹へ刃を突き立てたのだ。
しかし、人間と魔物とでは力の差は大きすぎた。
「ぬおっ」
手斧ごと押し返されたアルマーニは、後ろへよろめき顔を歪めた。
目の前に迫る足蹴りを避けられず、まともに顔面へ入れられてしまうと、アルマーニの身体は笑える程に勢いよく吹っ飛んだ。
「アルさん!」
土壁に衝突したアルマーニは、土煙を舞い上げて地面に倒れ込んだ。
ソルシェが思わず立ち上がろうとしたが、ゼスの強い睨みにより止められてしまう。
「大丈夫かい?」
さほど心配していない様子のグレッダが、起き上がれない相棒に声を掛けた。
それに答えようと、アルマーニはゆっくりと震わせながら地面に手を付き、無理矢理身体を起こし始める。
「お、おう、よ。鼻血は、止まんねえけど、なぁ」
土煙を手で払い退け、膝を付いて立ち上がったアルマーニは、止まらない鼻血を押さえて苦笑いを見せた。
「グ、オォ」
対して、白銀の人狼は低く呻き、痛みに悶えていた。
右の足首に突き刺さった一本のダガーにより、出血を伴っていたのだ。
「タダでは、やられねぇよ……。痛み分けってこったぁ。ざまあみろ、犬っころ」
「グ、グァ、グアァァッ!!」
ニッと笑みを見せるアルマーニに、白銀の人狼は凄まじい雄叫びを上げると、足首からダガーを引き抜き真っ直ぐ投擲する。
尋常ではない速さでアルマーニの頬を微かに掠ると、ダガーはビンッと震わせて土壁に突き刺さった。
そんなもので今更怯むこともなく、真っ直ぐ睨み合ったアルマーニは、手斧を握り締め力強く下へ向けて振り斧槍へと変形させる。
それが合図になったのか、再び白銀の人狼が大きく飛び掛かる。対して、アルマーニも感覚のない足を動かした。
拳や蹴りの連撃を、アルマーニはギリギリのところで躱し、転がって斧槍を横薙ぎに奮う。
弾き、時に直撃を食らいながらも意地で戦い続けるアルマーニの姿を見ていたソルシェは、頭を振って目を逸らした。
「どうして、そんなに戦えるんですか……」
血塗れになりながらも必死に戦う男に、ソルシェは涙目で言葉を漏らした。
骨も何本か折れているだろう。
痛いで済むレベルではないし、互角とは到底言えぬ戦いだ。
それでも逃げずに戦う理由は何なのか?
「単純に戦いが好きなのかも知れないよ」
「そんなの、死ぬかも知れないのに!」
グレッダの言葉を真に受けたソルシェは、全力で首を左右に振った。
「冗談さ。けれど、良い格好したいってよりは、僕たちを本気で守るために戦っているのは、間違いないと思うよ」
彼らの激闘を真っ直ぐ見つめ、グレッダは眉間にしわを寄せて溜め息混じりに言い切った。
この戦い、下手をすれば勝敗に関係なく襲われるかも知れない。
それでも戦うのは、あの人狼を試しているのか。はたまた信じているのか。
「っらぁ!」
接近戦に持ち込んだアルマーニは、斧槍を大きく振り攻撃を誘発させた。
「グオア゛……!?」
チャンスとばかりに踏み込んできた白銀の人狼だが、アルマーニが地面を蹴り上げた土煙を舞い上げた。
土煙によって視界を遮られた白銀の人狼は、それでも拳を突き出すが見事に空を抜いた。
同時に、右へステップをして避けていたアルマーニは、斧槍を人狼の右脇へと穿つ。
「ウ、グゥ……!」
食い込んだ斧槍がさらに奥へ押し込まれ、血が溢れ出す。
肉を抉られ、離れない斧槍に怒りすら覚えた白銀の人狼は、素早く斧槍を叩き弾くと、大きく後ろへと飛び退いた。
脇から垂れ流される血は、美しい白銀の毛を赤く染め上げ、少しずつ人狼の身体を重くしていく。
「……はぁ、くっそ、まだ倒れねぇか」
呼吸を荒げ、斧槍の血を一振りしてアルマーニは詰め歩む。
どちらが倒れてもおかしくない状況まで来たが、互いの殺意は薄れているように感じていた。
単に戦いを求める狂戦士が、負けを認めれば終わる戦い。終わりにしなければ体力が保たないにも関わらず、終わりにしたくない気持ちが拮抗してくる。
だが、その結末は意外にもすぐに決まった。
否、決められてしまった。
「そこまでにしてもらおうか、中級冒険者」
「あぁ……?!」
不意に後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、アルマーニは気怠く視線だけを向けた。
そこで、アルマーニの目が大きく見開かれる。
そこには、いるはずのない人物──受付男が、ソルシェの首に剣を向けていたのだ。




