第六話 【最悪の共闘戦】
アルマーニが耳をつんざく程の叫び声を上げ、ソルシェの名前を呼んだ。
鍔競り合いをしていたコボルトを力任せに弾き飛ばし、無謀にも敵に背を向けて地を蹴る。
「避けろぉぉっ!」
ソルシェに危険を知らせるが、恐怖のせいか微動だにしない。
ソルシェを狙うコボルト共に向けて、アルマーニは全力で手斧を投げた。
「グワッ……ァッ!?」
爪を振り下ろす瞬間、コボルトは真っ直ぐ縦に回転した手斧の刃を顔面にめり込ませ、大きく仰け反った。
突然のことに驚いたコボルト二匹が振り返ると同時に、今度は一本の弓矢が肩に刺さる。
「ゼス!」
リーナが叫ぶ前に、ゼスは大盾を持って全力疾走していた。
「きゃ……っ」
大盾に弾かれて、ソルシェは走ってきたアルマーニに受け止められた。
だが、意識が朦朧としているのか、全く集点が合っていない。
「どけ……!」
残ったコボルト二匹を大盾で強くぶつけると、壁に追い込まれた一匹をそのまま押し潰していく。
骨が折れ、肉が歪み、身体を変形させていくコボルトは、為す術もなく血を噴き出して絶命した。
もう一匹は辛うじて抜け出したが、リーナの追撃により足を射抜かれ盛大に転んでしまう。
「生きろ、生きて……くれ」
ゼスは大盾をそのままに、槍で串刺しにされた駆け出しの少女の傍にしゃがんだ。
小さな道具袋から赤い小瓶と白い布を取り出し、止血を始める。
だが、コボルトはまだ残っている。
確実に殺して数を減らそうと考えるコボルトは、駆け出しの少年を無視して一斉にゼスの元へ走り寄ろうとしていた。
「ソルシェ、ソルシェ! しっかりしろ。死にてぇのか!?」
「わ、私の、わたしのせいで……」
「ソルシェ!!」
手斧を失っているアルマーニは、片手に護身用のダガーを構えてソルシェに何度も呼びかけていた。
震えるソルシェを抱き締め、しかし最悪の結末だけは避けるために、彼女を無理矢理引き摺ってリーナの元まで連れて行く。
「ゼスさん!」
止血に取り掛かるゼスを邪魔しようとするコボルトに、駆け出しの少年はすぐさま走って剣を無茶苦茶に振り回した。
「がっ……!」
そんな攻撃が当たる訳もなく、一匹のコボルトが駆け出しの少年の腹を力強く蹴り飛ばす。
背中から地面に着地した駆け出しの少年は、落とした剣を拾い上げ再び立ち上がろうとするが、ダメージが大きいのか既に足元がフラフラだ。
残るコボルトは八匹。
うち二匹は虫の息だ。
それでも、六匹のコボルトから一斉に攻撃をされれば、いくら強靭の肉体を持つ者でもひとたまりもない。
「ゼス! 駄目よ逃げて!」
リーナが弓で援護をするが、一匹のコボルトが全てを弾き飛ばす。
ようやくアルマーニはソルシェを置き、リーナを一瞥する。
「頼む」
それだけを言い残し、アルマーニはダガー一本でコボルトの群れへと突っ込んだ。
道中、弾かれた弓矢を拾い上げて、壁役を務めるコボルトに向かって牽制を行う。
たかが木の矢でも、もし折れたとしても、鏃部分は鉄だ。致命傷は与えられなくとも、怯ませることは出来るだろう。
「グアァッ!!」
「邪魔だどけってんだよ!」
足元に見える手斧を拾うにはこいつが邪魔だ。
アルマーニは弓矢の先端をコボルトの目に向けて突き出した。
当然避けるコボルトだが、後ろへ下がれば仲間を危険に晒すこととなる。
賢いコボルトは左へと避けた。
アルマーニのダガーは右手にある。
左へ避ければ追撃には身体を捻らなければならない。
だが、その動きは想定内だ。
むしろアルマーニの狙い通りと言えよう。
コボルトが避けたことにより、手斧が届く範囲に入り込めたアルマーニは、しゃがみこんで爪を避けると、ダガーを捨てて手斧の柄を掴んだ。
「舐めんなよ犬っころがっ!」
「ギャッ──」
下から上へと振り上げられた手斧は、コボルトの顎を砕き勢いよく吹っ飛ばす。
駆け出しの少年の横に落ちたコボルトは呻き声を漏らすことも出来ず、口を開けたまま血を垂らし絶命する。
「寄ってたかって殺そうとするんじゃあ、俺も手加減出来ねぇぜ。なぁ、犬共がよぉ!」
「グッ……!?」
ゆらりと立ち上がったアルマーニは、たかっている二匹のコボルトの首を手斧で切断した。
油断していたのか、コボルト二匹は呆気なく首を地面に落とし、ゆっくりと後ろへ倒れていく。
流石に気付いた残り三匹のコボルトは、ゼスから一気に離れて三方向へと散った。
「くそ、くそ! くそ!! 俺だって、俺だってぇぇ!!」
殺意を剥き出しにした駆け出しの少年が、逃げてきたコボルトを正面から斬りつけた。
だが、当たることはない。
素早く軌道を変えたコボルトは、駆け出しの少年を翻弄すると、飛び上がって噛み付いていく。
「剣を前に出せ!」
素早いアルマーニの指示が飛び、駆け出しの少年は最後の力を振り絞って剣を再び持ち上げ前へ突き出した。
勢いを付けて飛んだコボルトは、目を見開き爪を振り下ろす攻撃へと切り替える。
だが、爪は剣よりも短かった。
駆け出しの少年が突き出した剣先へ吸い込まれるように、首から突き刺さったコボルトの爪は届かず、赤黒い血を噴き出しながら凄まじい形相で息絶える。
「う、あ……」
コボルトの重さと血に堪えきれず、剣ごと落とした駆け出しの少年は、とうとう尻餅をついて涙を流した。
そんな一連の流れを見ていたコボルト二匹は、互いに顔を見合わせることもなく大きく後ろへと跳ぶように逃げていく。
「逃がさないわ!」
ソルシェを庇いながら、今度はリーナが前へと足を踏み込み矢を引き絞る。
逃走ルートは分かっている。
奥へと続く道は一本であり、そこは狭い。
「あぁ、ここまで遊ばれたんだぁ。逃がさねぇよ」
奥に続く細道の前に立ちふさがったアルマーニは、血濡れた手斧を片手にゆっくりも呼吸をしてコボルト二匹を睨み付ける。
挟まれたコボルトに逃げ道はない。
「グルルァ……」
「ウギャ、ガフゥ」
何か会話を交わすコボルト。
しかし、アルマーニは動かない。
「ギャッ……!」
背中を向ける無防備なコボルトの背中に、リーナの放つ矢が突き刺さる。
致命傷とはならずとも、逃げる足は遅くなる。確実に殺すために、ジワジワと痛めつける行為は悪くない。
「おら、どうした。逃げたいんだろぉが」
安い挑発を放つアルマーニに対して、コボルトも微動だにしない。
背中に矢を突き刺され苦しむコボルトだが、意地でも立っているつもりらしい。
赤い瞳が真っ直ぐアルマーニを見据えた後、コボルト二匹は動いた。
挑発に乗ったのではなく、生きるためにアルマーニへ挑んだのだ。
「絶対ぇ逃がさねぇぜ! うらあっ!」
二匹が一気に地を蹴って挑んでくるコボルトに対し、アルマーニは手斧を奮う。
だが、コボルトは手斧が当たる寸前で飛び退くと、二匹は離れた。
「うそ……っ」
背中に三本の矢が突き刺さったコボルトが、真っ直ぐリーナに向かって走り始めたのだ。
もう一匹のコボルトはアルマーニと対峙している。アルマーニが助けに行けば目の前のコボルトは逃げおおせるだろう。
「ガルァッ!!」
「くっ!」
リーナは遠距離型だ。
攻められれば一巻の終わり。
後ろには心が死にかけたソルシェがいるために、リーナは避けるということを捨てていた。
その行動こそ、アルマーニの身体を動かしてしまう。
「くそ……!」
コボルトとの睨み合いを止め、アルマーニはリーナを襲うもう一匹の方へと駆け出した。
計画通りにいった無傷のコボルトは、奥へと単身走り去っていく。
「ガァァァァッ──!」
雄叫びを上げながら爪を振り下ろしたコボルトは、背後から投擲された手斧を後頭部に食らい、そのままの勢いで壁へと激突した。
静かに地面へ落ちたコボルトの表情は、どこか誇らしいものだった。
腕で顔を庇っていたリーナは、ペタリと尻餅をついてこみ上げてくる吐き気と戦う。
戦闘は終了。
一匹逃がしたアルマーニたちの負けで終わった。
人間は大切にしているものがよく分かる。魔物が見ても分かるほどに、仲間が死ぬことを恐れる。
だが魔物は違う。
一匹でも残れば次がある。
仲間を増やし、復讐する機会を狙い、それを生きがいとする。
「……俺らの負けだぁ」
血塗れの駆け出しの少女。
そんな彼女を守って倒れたゼス。
戦意喪失してしまった駆け出しの少年。
最後の最後で油断したリーナ。
傷はないが、心が死に掛けているソルシェ。
アルマーニも深手を負っている訳ではない。駆け出しの少女は生きているかも知れない。
それでも、この戦いは負けだった。
静まり返る狭い間の中で、アルマーニは一人血に塗れた自分を一瞥して、大きく深呼吸をする。
だが、アルマーニを満たしたのは、血の臭いだけであった──。