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第五話 【共闘】



 コボルトとゴブリンを勘違いする冒険者は多い。それが駆け出しや初心者なら尚更だ。


 狼の顔に屈強な身体を持つ二足歩行のコボルトは、竜を思わせる尾と鱗を持ち、ウルフとは桁違いの統率力を誇る魔物である。


 軍や騎士にも匹敵する部隊を作り上げるコボルトは、ゴブリンのような性的趣向を持たず、純粋な戦果を上げることに喜びを感じる。


 隙が無く、判断力も高く、駆け出しには無縁の相手でもあるにも関わらず、今目の前にいるコボルトの数は十五匹。



「みんな固まって! 各個撃破を狙いましょう!」



 指示を出したリーナの周りに、駆け出しの二人が駆け足で寄り添い、すぐさま武器を構えた。



「……オレが、盾になろう」


「頼んだわ」



 ゼスが背中から背丈ほどある鉄の大盾を構え、口に短剣を咥えて前に出る。


 駆け出しの少年は剣を持ち、少女は震える手で槍を構え何度も生唾を飲み込んだ。


 指揮官役を買って出たリーナは、弓を引き絞り先頭のコボルトへ真っ直ぐ矢を放つ。



「……っ!」



 しかし、その矢は容易く鋭利な爪によって弾かれてしまった。


 五匹で一部隊とするコボルト共は、にじり寄る訳でもなく、構えたまま動かない。

 中心と、左右に分かれるコボルト共はこちらを睨み付けたまま攻める機会を窺っているのだ。



「こ、来ないのか……?」



 緊張感で早まる心音を押さえ、駆け出しの少年は眉間にしわを寄せた。


 地面に捨てた松明の灯りが今にも消えかかっており、リーナの表情が分かり易く歪む。


 灯りが消えてしまえば、暗闇に慣れているコボルトは一気に攻めて来るだろう。



「リーナさん……」



 駆け出しの少女は縋るように、か細い声でリーナを呼んだ。


 そうだ。この子たちを守れるのは自分とゼスしかいない。


 だが、ここで松明を拾えば戦える者が減ってしまう。コボルトの脅威は弓を放つリーナくらいであろう。



「大丈夫、大丈夫……」



 駆け出しの少女に言ったのか、自分に言い聞かせたのかは分からない。


 リーナは弓を引き絞り、機会を窺うコボルトの頭部へ狙いを定めた。外れても構わない。隙が生まれればそれでいい。



「ワタシが弓を撃ったら走って。向こう側の通路まで抜ければ、まだチャンスは──」


「それじゃあ奥に魔物がいりゃあ挟み撃ちになっちまうぜ」



 リーナの言葉に返したのは、後ろから走り抜けたアルマーニだった。


 アルマーニを抜け、さらに前へ出たのはソルシェであり、無謀にも真っ直ぐコボルトに向かっていったのだ。



「ちょっと、自殺行為よ!?」



 慌てて止めに入るリーナだが、ソルシェは怯むことなく突き抜けていく。


 

「グルァッ!」


「グワ、ウガァァッ!!」



 突如として現れたソルシェの姿に困惑するコボルト。しかし、すぐに迎撃しようと鋭い両爪を鳴らし始める。



「目を閉じろぉ!!」



 コボルト共が全員攻撃態勢へと変えた瞬間、アルマーニは小瓶を地面に叩き付けた。


 すぐに理解したリーナは、声を出すよりも早く駆け出し二人を抱き寄せて視界を奪う。


 同時に、小瓶が割れ爆発するように狭い間へ広げたのは、眩虫の閃光だ。



「グアァッ、ガアッ!?」



 コボルト共の視界にはソルシェしか映っていなかったせいか、眩い閃光を直視した瞬間、悲鳴にも似た叫びが一斉にこだまする。


 ソルシェは目を強く閉じ、すぐさまその場でしゃがみ込んだ。



「ど、どうなって──」


「静かに!」



 駆け出し二人が驚く中、リーナは叱咤して強く抱き続ける。


 大盾のおかげか、ゼスを含めた駆け出しパーティーは閃光を食らわずに済んだようだ。



「閃光が解けたら一斉に攻撃しろ!

迷ってる暇はねぇぜ」



 アルマーニの声だけが狭い間に響き渡り、理解出来ないコボルトは怒りのままに爪を振るい始める。


 

「ガッ……!」


「ウガ! グルラァ!」



 仲間同士で攻撃をし合っているのか、徐々に血の臭いや獣臭さが満ちていく。


 

「ひっ……!?」



 そばに倒れた音と生暖かい液体を浴びたソルシェは、涙を滲ませて頭を抱えるようにしゃがみ続ける。


 そのうち、眩虫は絶命を遂げ閃光が徐々に収まっていくと、アルマーニは手斧に手を掛けた。



「うらっ!」



 手近にいたコボルトの背中を切り伏せ、ソルシェがいるであろう場所まで走り抜ける。



「閃光が、晴れる」



 寡黙なゼスが小さく呟き、リーナに合図を出した。


 同時に、駆け出し二人は意を決して地を蹴り、左右に分かれた。



「駄目! 固まって……っ!」



 左右に分かれてしまった駆け出しの少年少女に焦るリーナだが、凄まじい金属音に眉をひそめた。


 未だ感覚が狂っているコボルトの一匹が、鉄の棒をゼスの大盾へ奮ったのだ。


 

「ぐっ……!」



 大盾は安易にコボルトの攻撃を弾いたが、ゼスの腕に掛かる重さと痺れは凄まじいものだ。


 リーナは素早く弓を構え、目の前にいるコボルトに矢を放った。

 眉間に刺さった矢はコボルトの頭蓋を貫き通し、血を噴いて後ろへと倒れる。



「ソルシェ!」



 狂ったように暴れるコボルト共を蹴り飛ばし、ソルシェの腕を取って強く引いたアルマーニは、労うよりも早く手斧を振るう。


 半泣き状態のソルシェはアルマーニを援護をしようと細剣を握り締めるが、彼の動きはまさに鬼神の如き戦いだった。


 援護をして邪魔をしてはいけないと後退りしたソルシェは、首を左右に振って「あっ」と、声を漏らす。



「くそっ! 俺だって!」



 駆け出しの少年は、剣をしっかりと奮ってコボルトを一匹、また一匹と斬り倒していた。


 一方で、ソルシェが見たのは駆け出しの少女だ。視界を回復しつつあるのか、コボルト三匹が、槍を構え震える少女に迫っていたのだ。



「ひ、いや、こ、来ないで……」



 駆け出しの少年と比べて、こちらはすでに圧倒され負けている。


 槍を奮ったところで、視界を取り戻したコボルトに簡単に防がれてしまうだろう。


 ソルシェは息を飲んで地を蹴った。



「おい! 馬鹿、離れんな!」



 手が届く範囲にいたはずのソルシェが走っていく姿を横目に、アルマーニはコボルト二匹に鍔競り合いへと持ち込まれた。


 助けに行くなど無謀だ。

 それでも、あのままでは殺されてしまう。少しでも延命出来るならばと、ソルシェはコボルトの背中に細剣を突き刺した。



「グ……グガッ……!」


「う、そ」



 しかし、コボルトは倒れるどころか怯むこともしなかった。


 胴体を完全に貫いたというのに、口元から微かに血を流し、コボルトは睨み付けるようにソルシェへとゆっくり首を傾ける。


 

「ぬ、抜けない……っ」



 すぐさま離脱しようとしたソルシェだが、細剣はまるで微動だにしなかった。


 貫いた剣身をコボルトに掴まれていたのだ。


 残る二匹のコボルトがゆっくりと駆け出しの少女へ歩み寄る。



「や、止めて……!」



 駆け出しの少女とソルシェが、全く同じ台詞を吐いた。


 アルマーニは二匹に圧倒され動けない。

 リーナとゼスは目の前の敵で手一杯だ。

 駆け出しの少年は少女の姿など見えていない。


 助けられるとすれば、ソルシェだけだ。



「来ないで、いやっ……!?」



 槍を振るった駆け出しの少女は、糸も容易く掴まれたことに絶望した。


 柄を掴んだコボルトは槍を力任せに奪うと、その鋭利な先端を駆け出しの少女へ向ける。



「駄目っ!」



 ソルシェは細剣を諦め、単身槍を持つコボルトの背中に殴りにいった。


 だが、女の拳がコボルトをどうにか出来る訳もなく。


 コボルトはソルシェを無視して、駆け出しの少女へ槍を振り上げた。



「いやぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」



 甲高い悲鳴が洞窟全体に響き渡った瞬間、肉を貫き抉る音が後に鈍く響いた。


 微かに飛び散った返り血がソルシェの頬を汚し、目を開ける前に頭が真っ白へと染まってしまった。


 何度も何度も、肉に突き刺す鈍い音がソルシェを恐怖へと陥れ、コボルトにより挟まれている状況など完全に忘れてしまうほどに絶望する。



「ソルシェ! 逃げろ!!」



 アルマーニの叫びがこだまする。


 だが、ソルシェは動けない。

 目の前で殺された少女に対しての罪悪感と絶望、情けなさ、後悔。


 その全てが一斉にソルシェの心を襲い始め、まともな理性などもはや無い。



「フゥ、フゥ……グルァ」



 血塗れのコボルトはゆっくり踵を返し、血に染まった槍をへし折って地面に捨てた。


 目を開けられないソルシェに、コボルト共は容赦なく爪を振り上げる。



「ソルシェ!!!」





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