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第四話 【人工罠】



 どこからともなく水滴が落ちる音が聞こえ、ソルシェの肩が微かに震えた。


 入り口でしてやられたせいで遅れを取っているが、ソルシェが先頭のためアルマーニの歩幅も狭い。


 機嫌が悪いアルマーニに話し掛けることも出来ず、松明で照らされる目の前の道を黙々と進むソルシェは、大きく深呼吸をして身体の力を抜いた。


 まだ血や唾液、足跡などが見当たらない状況でも、アルマーニが警戒してくれていることは有り難い。



「それにしても綺麗なもんだなぁ。獣臭さも血生臭さもねぇ」



 辺りを見回しながら、アルマーニは壁や地面を注視した。

 地下洞窟と言えど、試験用として協会が管理しているのだろうか。


 ソルシェはモンスターハウスの惨状を思い出してしまい、口元を手で覆った。


 魔物の群れ、人間の肉片。

 獣と血と汗が入り混じった臭い。

 地面に転がる死体と血溜まり。



「うっ……」



 吐き気を催すソルシェに、アルマーニは慌てて話題を変えた。



「そういや、お前は何でレイピア使ってんだ? ボルネードの野郎に勝手に渡されたのか?」


「え、あ……はい。これがいいだろうって、渡されました」



 アルマーニの問い掛けに、ソルシェは口元を押さえたまま答えた後に、腰の細剣に視線を落とす。


 金の装飾に赤い宝玉があしらわれ、剣身を包む鞘はこれまた煌びやかな金で出来ており、先端は宝石で施されている。


 まさに一級品の細剣だ。

 金貨百枚はくだらない代物だろうか。



「上級の貴族ってのはマジで金持ちだな。これを売りゃあ数年は楽して暮らせるぜぇ」



 顎を撫でて羨ましがるアルマーニは、感嘆の息をついた。


 対して、贈られた武器がそれほどの価値だったのかと驚くソルシェは、細剣を二度見して息を飲んだ。


 おかげで吐き気は収まったものの、恐れ多く細剣に触れて困惑している姿は駆け出しらしい反応だった。



「そ、そんな高級品なんですか……!」


「あぁ、鞘だけで金貨二十はくだらねぇな」



 アルマーニの見立てに、卒倒しそうになるソルシェ。


 慌てたり落ち込んだりと忙しいソルシェだが、アルマーニの不安は別にあった。


 いくら捨て駒を集めるためだったとはいえ、駆け出しの冒険者に金貨百枚を賭ける奴など、只の大馬鹿者だ。


 特別な力を持っている訳でもない。

 ならば答えは一つだ。


 ボルネードはソルシェを自分の物にしようとしている。権力の椅子にふんぞり返り、拒否出来ない状況を作り上げるために、着々と準備を進めているということか。



「……こりゃあ面倒な相手を敵に回しちまったもんだぁ」


「どうしたんです?」


「ん? いや、こっちの話だ。気にすんな」



 アルマーニの独り言に問い掛けたソルシェだが、はぐらかされて終わってしまった。


 瞬間、



「うわぁぁっ──!!」


「!!」



 突然、奥から反響する叫び声が聞こえ、二人は足を止めた。


 魔物の気配や臭いはない。

 またあちらの罠かとアルマーニは躊躇い、小さく舌を打つ。


 だが、ソルシェの反応は違った。



「急ぎましょう!」


「お、おい! 一人で突っ走んな!」



 唐突に走り始めたソルシェを止めようとアルマーニは手を伸ばしたが、その手は虚しく空を掴んだ。


 前のめりになりながらも、アルマーニ再び舌を打って走り始める。



「待て、待てって!」


「ひゃっ……!?」



 すぐに追いついたアルマーニは、ソルシェの肩を強く掴み後ろへ引き寄せた。


 足をもつれさせ転びそうになるソルシェをしっかりと抱き止め、アルマーニは地面を見据える。



「いきなり走るんじゃねぇよ。何のために俺がいるか分かんねぇだろ」


「ご、ごめんなさい」



 ソルシェの持つ松明がアルマーニの髪先を微かに焦がし、慌てて離れる二人。


 申し訳なさそうに俯くソルシェに対して、アルマーニは息をつきながら頭を掻くと、ゆっくり前へ歩き始めた。



「そのまま走ってりゃあ、みっともねぇ姿になってかも知れねぇぜ?」


「え?」



 しゃがみ込んで指を差したアルマーニに、ソルシェは近付いて松明を向けた。


 そこには、細い縄がピンっと横に張られていたのだ。


 松明の灯りをずらすと、左右どちらの壁にもギリギリに差し込まれた鉄杭があり、それに縄が括り付けられている。


 あのまま走っていれば、この縄に足を引っ掛けソルシェは盛大に転けていただろう。



「縄が少し緩いな。さっきの叫びは、大方これにガキが引っ掛かって転んだんだろうよ」



 縄をナイフで引き裂き、アルマーニは膝を支えに立ち上がった。帰りのことを考えておけば、障害物はなるべく排除しておきたい。


 ふう、と息をついて頭を掻いたアルマーニは、ナイフをしまいながら眉をひそめた。



「こりゃあ人工罠だな」


「人工罠?」



 歩みを進めながら呟いたアルマーニに、ソルシェが小首を傾げる。



「魔物ってのは賢いが馬鹿だ。木でトーテムを作ったり穴を掘って落とし穴作ったりするがぁ、鉄の杭は武器にしようとする」


「見た目で判断するってことですか?」


「そうなんだろうなぁ。木より堅い鉄の棒を杭にするより武器にしたい。ってことはだ、小さい杭として鉄の棒を作り、それを罠として使用するのは人間様って訳よ」



 アルマーニの説明に、ソルシェは感心した。


 だが、説明した当の本人は微妙な表情であった。



「まぁ、俺の勝手な推測だぁ。けどな、推測ってのは大事だぜ? 知識よりも使えることがあるからな」



 肩を竦めて進み出すアルマーニに、ソルシェは何度か頷いて彼の背中を見据える。


 勘、推測、感覚、直感。

 様々なものを頼りながら、罠を察して魔物を対峙し、地下洞窟を進んでいく。


 それが一体いつになれば出来るのかは分からない。

 だが、冒険者とは思っているよりも過酷なのだということだろう。



「おら、ボケッとすんな。こっからが本番みてぇだぜ」



 アルマーニに声を掛けられ我に返ったソルシェは、微かに揺れる灯りに気が付いた。


 騒がしい声が響き渡り、ソルシェは息を飲むと同時に、獣の遠吠えが反響する。



「コボルトだ!!」



 誰が言ったかも分からない。

 だが、確かに聞こえてきた言葉に、ソルシェは腰の細剣に触れた。


 アルマーニが松明の灯りを消すと、ソルシェを誘導しつつ様子を窺うためゆっくりと近付いていく。


 しゃがみ込み死角から顔を出したアルマーニが見たのは、先に着いた駆け出しパーティーが、コボルトと呼ばれた魔物に囲まれようとしているところであった。


 その数、およそ十五匹。

 闇に紛れ、鋭い爪を地面に擦りながら分散するコボルトは、駆け出しパーティーを嘲笑うかのように舌なめずりをしている。



「あんなに囲まれたら……っ」


「助けに行くか?」



 ソルシェの悲鳴にも似た言葉に、アルマーニは冷静に一つ息をついた。



「た、助けに……いけますか?」



 質問を質問で返したソルシェに、アルマーニは「さぁなぁ」と、他人事のように鼻で笑う。



「戦わねぇと成長しねぇのは当たり前だがなぁ」



 アルマーニの言葉に対して、ソルシェは何も返さない。


 戦い方から始まり、弱点や動きも分からない相手に勝てる自信など生まれるはずもなく。


 震える手を自らの手で抑え込み、ソルシェは俯きがちに早まる心音と向き合う。



「……信用されてねぇなぁ」


「えっ……いえ、そうじゃなくて」



 苦笑するアルマーニに、ソルシェは慌てて否定をした。


 と、同時にアルマーニはソルシェの頭に手を置くと、笑って言葉を続けた。



「お前は絶対守ってやる。逃げることはあっても死ぬことはねぇ。危なくなったら迷わず逃げろ。俺はそのためにいるんだ」


「……は、はい」



 手斧に手を掛けるアルマーニの真っ直ぐな目に、ソルシェは躊躇いながらも頷き、少しだけ笑みを零した。



「でも、本当に勝てるんです?」


「勝てないもんに挑む訳ねぇだろ? 俺に策がある。逃げるか? 乗るか?」


「──乗ります!」



 ソルシェの力強い返事に、アルマーニは笑って立ち上がった。


 雑嚢を漁り、小瓶の存在を確かめてポケットにしまうと、ソルシェに手を差し伸べる。


 アルマーニの手を取って立ち上がったソルシェは、細剣の柄を握りしめて前を見据えた。



「作戦はこうだ────」






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