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第二話 【同伴者】


 未だ騒がしい酒場の中。


 プレートの中身を綺麗に平らげ、最後の一切れであるローストビーフにたっぷりソースを絡めたソルシェは、口いっぱいに頬張ると、幸せそうな表情でゴクリと飲み込んだ。


 それから暖かいミルクを喉に流し込み「ふう」と、一息ついてソルシェは口の周りに付着したソースをナプキンで拭う。


 久し振りの豪勢な食事で満足したのか、今にも舟を漕ぎそうな雰囲気だ。



「ごちそうさまでした」



 それでもしっかりと両手を合わせて食事を終えたソルシェは、アルマーニに軽く頭を下げて口元を緩めた。



「これだけ綺麗に食べてくれりゃあ本望だぜ」



 こう言う当の本人は、顔を青くさせたり赤くさせたりと忙しないが、ソルシェの食べっぷりに満足気だ。


 

「この後はどうするんです?」



 口元をナプキンで拭いながら、受付嬢はグレッダを見据えた。



「ふうん、別に特に予定はないね。このまま二人を送って解散かな?」



 葡萄酒の瓶の中身とにらめっこしつつ、グレッダはグラスに注いで微笑んだ。



「俺ぁそれでいいぜ。武器の新調しねぇとだし、手入れやら忙しいからなぁ」



 空の樽ジョッキを握り締め、アルマーニは同意して受付嬢を一瞥した。


 すると、今までユラユラと舟を漕いでいたソルシェがハッと目を覚ましたかと思えば、真剣な眼差しでアルマーニを凝視し始めた。


 突然のことに驚くアルマーニに構わず、ソルシェは姿勢を正すと、一度咳払いをして唇を動かす。



「あの、ご馳走になってから言うのも失礼なんですけど……お願いがあって」


「お、おぅ。改まってなんだよ」



 必死さと申し訳なさが混在するソルシェの言い方に、アルマーニは樽ジョッキを置いて顔をしかめた。



「今回の一件、一応ボルネードのパーティーだったので、昇級試験に挑めることになったんですけど……」


「そういえばそうでしたね」



 ソルシェの話に、受付嬢が思い出したように懐から一枚の羊皮紙を取り出した。



「いいことじゃないか。初心者になれば受けられる仕事も増える。パーティーが欲しいところだけれどね」


「そう、パーティーが欲しいんです。でも、冒険者として働き始めたのは半月程前で……一人で試験に挑む勇気もないんです」



 葡萄酒を片手に頷くグレッダの言葉に同意し、ソルシェは溜め息を一つ零す。


 

「昇級試験には同伴者が一人か二人呼べると聞いたので、アルマーニさんにお願い出来ないかな……って」



 もじもじするソルシェに対して、アルマーニの反応は意外にも薄い。むしろ険しい表情で怖さを感じるくらいだ。



「昇級試験の内容は? 昔と変わらないのかな?」



 グレッダの素朴な疑問を、受付嬢は羊皮紙に書かれた内容を読み上げた。



「今は宝物探しですね」


「は? 宝物探し……?」



 なんとも子供じみたネーミングの試験内容に、アルマーニは思わず聞き返した。


 だが、受付嬢は至って真面目に説明を始める。



「協会の裏庭から続く専用の地下洞窟を下りて、審査員がどこかに置いた宝物を見つけて外に持ち出した者が勝者となるのです」


「だから宝物探し……ねぇ」



 受付嬢の説明に納得しながらも、アルマーニとグレッダは鼻で笑っていた。



「俺らの頃は初心者冒険者と一騎打ちだったんだが、面倒になったというか、ガキの遊びみてぇになってんな」


「まあ駆け出しらしくていいじゃないか。ヒヨッ子同士の戦いなら悪くないと思うよ」



 小馬鹿にする二人の中級冒険者。


 それを聞いているソルシェは、身体を震わせて顔を真っ赤にさせていた。



「……もういいです!」


「待て待て! 悪かったって。調子に乗りすぎた」



 恥ずかしいやら怒りやらが沸いてきたソルシェは思わず大きな声を出したが、慌ててアルマーニが両手を合わせて謝る。


 今にも酒場を飛び出しそうなソルシェを落ち着かせてから、アルマーニはグレッダの脇を小突いた。



「悪乗りが過ぎたね。悪かった」



 苦笑して残りの葡萄酒を喉に流し込み、グレッダは頬を掻く。


 ソルシェ自身も、冗談半分と分かっているからこそすぐに落ち着いたが、恥ずかしいのは変わらないらしい。


 顔を赤らめるソルシェを横目に、受付嬢は不思議そうに首を傾げる。



「むしろ昔の仕様の方が楽だったのかも知れません。専用の地下洞窟といえども、中は魔物が蔓延っていますし」


「なるほど、そこで俺に同伴してくれってか。同伴二人なら、俺とグレッダで助けてやれるしなぁ」



 受付嬢の話を聞きながら、配膳娘に追加の麦酒を頼むアルマーニ。



「それは、駄目なんです」


「なんだ、駄目なのかぁ?」



 首を左右に振って、アルマーニの問いにソルシェは小さく頷いた。



「中級冒険者なら一人。初心者冒険者なら二人って決まってます。実力か数か、って言われました」


「なるほどね。それじゃあ今回僕は留守番だね」


「んだよ、嬉しそうだな。まぁ、俺も嬉しいがよ」



 ソルシェの説明に、お互い別の目的で喜びを見せると、テーブルに置かれた麦酒と葡萄酒で再び乾杯をする。


 そんな不思議な空気を感じて眉をひそめる女性二人は、一度咳払いをしてアルマーニを見据えた。



「お礼は必ずします。昇級すれば少しは稼ぎも増えると思うから……」


「金はいらねぇよ。酌ぐらいしてくれりゃあ嬉しいけどよぉ」


「そ、それでいいんですか?」



 アルマーニの言葉に驚いたソルシェは、勢いよく立ち上がり手を突き出した。



「お酌でも、なんなら料理でも作ります。アルマーニさん、よろしくお願いします!」


「おう! 俺も頑張るぜ! だがなぁ」



 突き出された手を握手してソルシェは笑みを見せたが、アルマーニは微妙な表情をして見せた。



「同伴者として動くんだ。そろそろ呼び捨てでいいんじゃねぇかぁ?」



 頭を下げるソルシェに軽く手を振って、アルマーニは片眉を上げた。

 しかし、ソルシェは首を左右に振って拒否を示す。



「年齢も実力も上の方を呼び捨てだなんて、そんなの出来ません」


「じゃあ愛称とかどうだい?」



 たじろぐソルシェに助言をしたのは、欠伸を噛み殺したグレッダだ。


 早く帰りたいのか面倒なのか、グレッダの意外な提案に喜びつつも怪訝そうに見つめるアルマーニ。



「愛称、ですか。いいんじゃないですか」



 そこで頷いたのが受付嬢だった。

 残っているサラダを咀嚼しながら、ソルシェを一瞥して少し考え始めると人差し指を立てた。



「単純ですが、アルというのはどうでしょう」


「本当に単純だね……」



 受付嬢の案に空笑いしたグレッダだが、当の本人は嬉しそうに「いいじゃねぇか」と、麦酒をあおる。


 

「短くて呼びやすいしよぉ。なぁ?」


「僕は呼ばないよ」


「おう、呼ぶな」



 同意を求めただけでサラッと避けたグレッダに、アルマーニも真顔で肯定する。



「じゃ、じゃあ……アルさん?」


「まぁ、ぎこちねぇけど慣れるだろ。んじゃあよろしくなソルシェ」


「はい! アルさん!」



 笑顔のソルシェにつられて笑みを見せたアルマーニは、麦酒を一気に飲み干して背筋を伸ばした。




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