第十一話 【遅効毒】
閃光が完全に晴れると共に、グレッダはゴブリンの首を跳ねていた。
気絶している受付嬢の胸に落ちたゴブリンの頭を槍で落とし、悶えている蜥蜴人の胸を突く。
そこから引き抜き無駄に暴れるウルフの胴体を上から貫くと、大嫌いな大黒虫を力強く蹴り飛ばした。
「お前……どっから入ってきたんだぁ?」
「ああ、上からだよ。多分、ゾンビ共はここからオーガに運ばれて来たんじゃないかい?」
血で汚れた槍を振るい背中に戻すと、グレッダは真上へと指差した。
真上は壁なのだが、よく見れば人が一人通れるほどの穴が開いていたのだ。
高さ三メートルはあるかという距離。
降りるのは簡単だが、登ることは出来なさそうだ。
敵が挟み撃ちに使うためだけに掘られた穴だろうが、どうやって掘ったのかが気になる。
「……致命傷は受けていないね。ギリギリ間に合ったってとこかな」
「ギリギリじゃねぇよ。遅いぐらいだ」
半裸の受付嬢に外套を被せ、グレッダは雑嚢を漁り薬を取り出す。
だが、アルマーニは踵を返し舌を打った。
「ガレナ! サバラニア!!」
何語かも分からない叫び声を上げているオーガに、グレッダの表情が歪む。
閃光での目眩ましは成功したが、あとの暴走が怖いことは承知の上だ。なんとか攻撃を避けて逃げる他ないのだが……。
「魔法の類で唯一の出入り口が塞がれちまってる。逃げ場がねぇんだよ」
「なるほど。君がここまで戦う理由はそれか。魔法の術者がオーガなのかい?」
「いんや、可能性とすりゃあ……ボルネード本人だなぁ」
アルマーニの言葉に、グレッダはあからさまに驚いて見せた。
「まさか。立会人や監査まである中でかい?」
「分からねぇよ。こいつを殺してみりゃあ分かるだろうな」
疑問をぶつけるグレッダに再び舌を打ち、アルマーニは地を蹴った。
オーガの目が復活し、湾刀を乱暴に振り回し始めたことにより、他の魔物共は後ろへと下がっている。
戦うなら今しかない。
「ウガァァァッ! ラアァッ!!」
おぞましい雄叫びを上げ、オーガは赤い毛を逆立てて湾刀をアルマーニへ奮った。
その大振りな攻撃を避け、オーガの股の下へ潜り込むと、太い足を何度も手斧で切りつける。
大木の如き足首は、微かに皮膚が捲れる程度で全く致命傷にはならない。
「ギィギィギャー!」
不意に一匹のゴブリンが叫ぶと、オーガは切りつけられていた足を重々しく持ち上げた。
踏みつける気だと、気付いた頃にはすでにアルマーニは走っていた。同時に、勢いよく踏み締められた地は沈み、舞い上がる土煙によって辺りを包み込む。
寸でのところで避けたアルマーニは、土煙に咳き込みながらもオーガを見据えた。
「こっちの状況も見てほしいもんだね」
「あ? うおっ!?」
と、膝を付いて安堵していたアルマーニは、振り返ると同時に身体を捻らせた。
グレッダが後ろから矢を放ったのだ。
髪を掠った矢は、真っ直ぐオーガのふくらはぎへと突き刺さる。
一言声を掛けてくれなければ頭に刺さり死んでいただろうが、グレッダはお構いなしだ。
「グゥ……ア?」
オーガの胸や腕に当たっては弾かれる矢は、虚しくカランカランと音を立てて地面に落ちていく。
蚊に刺された程度の痛みに首を傾げるオーガだが、グレッダの表情は真剣そのものだった。
「君は巨体だから効き目は薄いだろうが、毒ってものは少しの傷口から侵入するものなんだ。だから……!」
力強く弓弦を引き絞り何本もの矢を放つグレッダは、アルマーニが態勢を整えたところで手を止めた。
放ったのは全部で八本。
全ての鏃に塗られた毒は、オーガの小さな傷口から侵入し、少しずつ身体を巡っていく。
その効き目がいつかは分からないが、勝てる確率は幾分上がるはずだ。
「……で? ここからは俺が時間稼ぎってか?」
「ああそうなるね。僕は彼女を守らないといけないから、頼むよ相棒」
「都合のいい時だけ相棒呼びすんじゃねぇよ」
受付嬢を持ち上げ避難しようとするグレッダに、アルマーニは深い溜め息をついて痺れる腕を振った。
「バリナス、スアロウ……ガヤ」
「なんだぁ? 楽しく殺ろうってかぁ? 悪ぃが俺はさっさと帰りてぇんだ」
何かを話すオーガに対して、アルマーニは腰を屈めて右足に重心を掛ける。
時間稼ぎならばもう一度眩虫を投げるのも手だろうが、効かなかった時のリスクが大きい。
逃げ回るにしても体力の限界はとうに越している。手段は煙幕ぐらいか。
「……そうか。簡単なことじゃねぇか」
ふと、アルマーニは挟み撃ち用の穴に目を向けた。
高さはあれど、穴が開いているということはそこだけ脆い可能性が高い。
オーガほどの強力な腕力や攻撃ならば、この壁ごと破壊出来るのではないか?
「スアロウ……ッ!!!」
「!?」
よそ見をしていたのが仇となったか。
オーガが横薙ぎに湾刀を振り回し、アルマーニは少し遅れてしゃがみ込んだ。
微かに髪が掠り、宙に漂っていく。
「おう、いっちょやってみるかぁ……!」
しゃがみ込んだまま手斧を盾のように構え、アルマーニは出入り口に近い壁へと前転した。
気持ち悪い感触と、途中何かの死体に阻まれたが、アルマーニは迷わず転び続ける。
「協力してくれよ、頼むぜぇ。生きてりゃあ奢ってやるからよぉ!」
「ウゴアァァアアッ!!!」
血塗れで立ち上がり、壁に背を向けて両手を広げたアルマーニ。
それを挑発と受け取ったオーガは、湾刀を頭上から叩きつけるよう一気に振り下ろす構えを取った──。