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第九話 【女の涙】



「うらぁっ!」



 腐敗したゾンビの肩口に目掛け、アルマーニは手斧を振り下ろす。


 ぐちゃり、という粘着質な皮膚に邪魔をされ刃が止められるが、そのまま横へ力を込め斜めに胴体を切り離す。


 切り離された首から上が落下し、呻き声を上げ続けるゾンビに顔面を蹴り飛ばすと、また別のゾンビに手斧を振り回していく。


 同時に、グレッダが槍を持ち突進すると、三体のゾンビを纏めて串刺しにして腹を蹴り飛ばしていた。


 だが、それでも打ち漏らしたゾンビがすり抜け、ソルシェと受付嬢に襲い掛かってしまう。



「ふんっ……!」



 手を伸ばし血塗れの大口を開けるゾンビの頭部に、受付嬢は臆することなく細剣を突き出し退治していく。



「なかなかの腕前で」



 グレッダは後ろで奮闘する受付嬢を誉めるが、返事はない。必死なのだろう。



「はぁはぁ……!」



 果敢にも、ソルシェは肩で息をしつつ、小振りの剣でアルマーニを援護している。


 今にも噛みついて来ようと近付いてくるゾンビの頭を撥ね、バックステップで下がり態勢を立て直す。


 ヒット&アウェイを得意とするソルシェの戦い方は、駆け出しながら十二分の戦力であった。



「やるじゃねぇか!」


「本当? ありがとう!」



 アルマーニに誉められ、ソルシェは素直に喜び玉の汗を拭った。



「あと二匹。集中してください」


「ったく、すぐに水差しやがる……おらっ!」



 受付嬢に注意され、アルマーニは苦笑しながらも這い寄ってくるゾンビの頭を思い切り蹴り飛ばす。


 腐敗した肉体は簡単に分離し、蹴られた頭は糸を引いて宙を飛んだ。


 血と随液が撒き散らされ、大量の蛆が地面に放り出されると、ソルシェはこみ上げてくる胃液を無理やり飲み込む。



「これで終わりっ!!」



 液体を気にすることなく、アルマーニは力強くゾンビの頭に振り下ろし、土壁に向けて叩き付けた。


 役目を終えた手斧の柄から手を離し、付着した気持ち悪い液体や蛆を綺麗な布で必死に拭っていく。


 道を塞ぐように積み上がったゾンビの死体に唾を吐き、汚れた布を捨てると、休むことなくアルマーニは踵を返した。



「あ、あの、ちょっと待って下さい」



 モンスターハウスへ行こうとするアルマーニは、ソルシェの声により足を止めた。


 肩で息をしている姿を見て「休憩するか?」と、声を掛けるアルマーニだが、ソルシェは黙って首を横に振る。



「違うんです。ボルネードさんは、ここを一本道って言ってましたけど、もし抜け穴があるなら……その」


「また挟み撃ちにされるんじゃないか、ってことかな」



 ソルシェの言葉を引き継ぎ、グレッダが槍の手入れをしながら息をついた。


 

「流石にもう来ねぇだろうよ。この奇襲は俺らの誘導だ。まぁ、逃げるってなった時にまた挟まれちまうか」



 考え込むアルマーニは、顎を撫でて来た道を振り返る。


 どこから湧いてきたのか。

 抜け穴があるとするならば、塞ぐ手だてはあるのか。


 悩みどころだが、アルマーニの思考を止めたのは受付嬢だった。



「申し訳ありませんが、私は一秒でも早くボルネードに追い付かなければなりません」



 小さく手を挙げて呟く受付嬢に、皆が判断に困り始める。


 と、今まで考え込んでいたグレッダが、綺麗になった槍を持ったまま後ろへと下がった。



「僕が行こう。彼らがモンスターハウスに辿り着いたなら、こっちは油断しているはずだ」


「一人でいけんのかぁ?」


「君は彼女たちの守り役で必要だ。事が終われば合流するさ」



 アルマーニの問いに、グレッダは外套を翻し雑嚢に手を掛ける。



「必要かい?」


「いんや、俺よりお前が持っとけ。俺は耐えるぜ」


「そうかい。なら、お互い気を付けて行こうか」



 グレッダから突き出された拳に、アルマーニは軽く拳でぶつけて苦笑した。


 踵を返し、ゾンビ共の死体を端に蹴って寄せたグレッダは、早々と来た道を戻っていった。



「本当に大丈夫なんです?」


「俺の相棒は強ぇよ。負けても死ぬ玉じゃあねぇ」



 不安げなソルシェの問いに、アルマーニは振り返ることなく笑って答える。


 

「信じているんですね」


「おうよ」



 ソルシェの柔らかい笑みに釣られ、アルマーニも顔を緩めた。そんな雰囲気を、受付嬢が咳払い一つで現実に引き戻す。



「早く行きましょう」


「悪ぃ悪ぃ。んじゃあ行──」


「あああ゛あ゛あ゛ぁぁっ──!!!」



 受付嬢に急かされ歩き始めようとしたアルマーニは、鼓膜が破れる程の甲高い悲鳴に驚き耳を塞いだ。



「かたま……にげ……し……っ!」


「たすけ……こん……っ!?」



 微かに聞こえるのは、ボルネードに付いて来ていた冒険者たちの声だ。


 その声は次第に小さくなると、今度は悲鳴と雄叫びに変わっていく。


 その声に、受付嬢がいち早く走り出した。



「お、おい!」



 一人で向かう受付嬢に、アルマーニは慌ててソルシェと共に一本道を駆ける。


 すると、急に立ち止まった受付嬢に、アルマーニはぶつかってしまった。



「うお、急に止まるんじゃねぇよ……!?」



 文句を言いながらも全く微動だにしない受付嬢に、アルマーニは疑問に思いつつ前を見据え、絶句した。



「……いや、どうして……!?」



 ようやく合流したソルシェも、前に広がる光景に絶句し、その場に崩れ落ちる。


 三人が見た景色は、地獄そのものであった。



 微かなランタンの明かりと地に落ちた松明が照らすのは、ウルフ共に喰われる冒険者だ。


 腕や足を喰い千切られ、鎧を壊し腹の肉を貪るウルフ。

 その傍らには、冒険者を助けようとした少女が、ゴブリンと蜥蜴人に嬲られ玩具にされていた。


 一方で、懸命に戦う青年の姿が見えたが、背後から来ているゴブリンの奇襲攻撃により前のめりへと崩れ落ちる。


 充満する血の臭いと獣臭さ。

 咀嚼音と肉が抉られる嫌な音。

 女の悲鳴と下卑たゴブリンの笑い声。


 それらが一斉に鳴り響き、ぽっかりと空いた洞窟の広間にこだましている。



「……はは、逃げるぞ」



 思わず笑ってしまったアルマーニは、それでもまともな思考を巡らせ口に出した。


 モンスターハウスといえど、ここまで勢力が拡大した巣を相手に、この数で殺り合うなど不可能だ。


 さらに、魔物共は殆どが武装している。

 駆け出し程度が適当に振り回す攻撃など、容易く防がれてしまう。


 上級者が数十人揃っていて、依頼を達成出来るかどうか。それほどのものだ。



「……逃げるにしても、彼らを見捨てる訳には」


「悪いが俺が守れんのはお前らだけだ。あいつらを助ける義理なんざねぇよ」



 剣を取ろうとする受付嬢の手を止め、アルマーニは首を左右に振った。



「万が一逃げられたとして、これだけの数が入り口まで来るとなれば、街が危ねぇ」



 松明をソルシェに持たせ、アルマーニは受付嬢の手を取って後ろに下げようとした。


 だが、受付嬢は動かない。

 明かりがないとはいえ、女の匂いに敏感な奴らが多いのだ。今すぐにでも逃げなければ間に合わない。



「死にてぇなら構わねぇ。だがな、もう手遅れだ」



 真剣な眼差しで見つめ、アルマーニは何度も説得を試みる。それでも、受付嬢は動かなかった。


 

「確かに、もう手遅れかも知れません」


「おい……!?」



 受付嬢の声は震えていた。

 

 異様に感じたアルマーニは、受付嬢を無理矢理引き寄せようと腕を掴んだ瞬間、凄まじい静電気のような痛みが伴い、すぐさま手を引っ込めた。


 ゆっくりと振り返る受付嬢の目には涙が溜まっており、早まる鼓動を抑えるように胸を鷲掴んだ。



「どうなってやがる……!?」



 手を掴むことは出来ても、受付嬢の身体を引き寄せることが出来ない。


 見えない壁が阻んでいるのか、バチンッという音と共に二人の手は無理矢理離されてしまうのだ。



「もしかして……魔法?」



 足元から広間に繋がる一定のライン。

 それを見て、ソルシェは息を飲んだ。


 

「結界の類だと、思います。先に倒された冒険者の遺品を魔物が使っているのでしょう」



 冷静に分析してみせる受付嬢だが、足が震えていた。足だけではない、身体も、声も、恐怖で震えている。


 これが本当に魔法だとすれば、巻物を解いた奴を見付けて殺すしか方法はない。


 だが、モンスターハウスだ。

 巻物を解いた奴がどいつなのか、それを特定して殺し、群れから逃げる。


 そんな芸当が出来る奴など、いない。

 


「……ソルシェ。協会に戻って応援を呼んでくれ」


「わ、私が?」



 アルマーニの言葉に、ソルシェは眉をひそめた。



「俺は依頼を受けちまったんだ。こいつだけは連れ帰えらなきゃなんねぇ。だから頼む、お前しかいねぇんだ」



 頭を下げるアルマーニに、ソルシェは右往左往とし俯いてしまう。


 それでも頭を下げ続けるアルマーニを見て、ソルシェは逡巡した後に小さく頷いた。



「すぐに戻れるか分からない。……それでも」


「あぁ、それでもいい。十分だ」



 不安げなソルシェを抱き締め、アルマーニはなるべく優しい笑みをして見せる。


 対して、ソルシェは覚悟を決め強く頷くと、松明を持って踵を返し走り始めた。


 その小さな背中を見送り、アルマーニは大きく深呼吸してから、受付嬢の背中にある手斧を取って前に広間に足を踏み入れる。



「……優しいんですね」


「目の前で泣かれちゃあこうするしかねぇだろぉ。ったく、女の涙は怖ぇな」



 震える受付嬢の肩を叩き、アルマーニは鼻を鳴らした。


 異変に気付き始めた魔物共が、ゆっくりとこちらへ歩いて来る姿に、半笑いをしてさらに前へ出る。



「死なねぇ程度に頑張るとするか……なぁ!」



 飛び掛かってくるウルフに、アルマーニは腰を屈め狙いを定めると、一気に手斧を振るい地面に叩き付けた──。




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