「仕方がなかったことなんだ」
工藤に好きなだけ喋らせていたら外は真っ暗になっていた。彼はモンスターエナジーを飲み終えてその上コーラも飲んで3時間滞在してたのにも関わらず1度もトイレへ行かなかったので少し心配になった。真っ白な雪の上とそれに負けないくらい真っ白な細いズボンにおもらしをしてるんじゃないかと思った。
雪は止んで家の2階から見える線路には未だ電車が動いていないのを確認できた。換気のために窓を開けた。とても寒かった。彼の心と同じくらい。
「本当に残酷だな」と独りごちをポツリと呟いて開けた窓から映った景色を眺めていた。「恋は麻薬」と聞いたことがあるが彼は今麻薬が切れた常習犯だろう。そして、今分かったことは彼が手を出した「麻薬」はとてもタチの悪く彼の弱みに漬け込んだものであった。
「もしかするとそうせざるを得ない事があって別れたのかもしれない。そうしたらユアのことは責められない」
工藤はそんな事を言っていた。一理あるがその確率は低いかもしれない。しかし彼にとってはそれが救いのようだ。
「俺がもっとちゃんとしていればこんな事にはならなかったのかもな」
「いーや、誰も悪くないさ。お前も彼女も悪くない、これは仕方がなかったことなんだ」
俺は工藤の彼女を責めたい気持ちを抑えて彼にそう言った。
「仕方がなかった……事なのか」
煮えきっていない口調でそう呟いた。そして最後に緑色の魔剤を飲み干した。
果たして理沙はどうなのか?確かに俺を愛してくれている。自分の彼女まで工藤と元カノのようなことが起きたら……。考えるだけで吐き気がしてきた。やっぱり愛されているならこれからも付き合っていくべきなのだろう。「愛されているうちが幸せ」と彼は言っていた。絶望の縁に立たされてやっと大切なものに気付かされる。今日の彼を見ていてそう思ったのだ。
俺の部屋はエナジードリンク独特の甘い匂いと工藤が残していった負のオーラが詰め込んでいた。その中で俺は理沙に3月の入試休みの日に時間があるからその日にデートへ行こうとスマホに打ち込んだ。
電車が動き出して中断されたテストも終わった2月の終わり頃、部活が再開された。午前中に終わったため、午後から1限のみ授業があり、そこで数Ⅱの試験が返された。もちろん赤点だった。いつもより重たいリュックを背負って部室へ向かった。
「は!?あれだけで部活辞めるとか言うんじゃねーぞ馬鹿野郎!」
「うるせーな!俺の勝手だろ!」
「金稼ぎに副部長を降りるかよ!情けねーな」
「その言い方止めろや!馬鹿にすんじゃねぇぞ!」
部室へ入らなくてもけたたましい声が響き渡っていた。ドアノブに手をかけた瞬間、この状況の部室に入るのを拒んだ。それは意図的ではなく本能的なのだろう、どうやっても右手は思うように動かずにドアノブの前で止まったままだった。気温は氷点下を下回るほど寒いのにも関わらず額と首元からは汗が滲んできた。動悸も激しくなって少し息苦しい。カタカタと音を立てて両膝も踊り出した。何か変な感じがした。自分の身体が自分のものではないような感覚に襲われて不思議な感じがした。俺は部室のドアの前でしゃがみ込んだ。深呼吸も出来ないほど呼吸が浅くなっており、次第に目の前も暗くなってきた。
そのまま意識が遠くへ飛んでいった。