「おめでとさん」
「無事その人と付き合えることになった」
次の日の午前5時、工藤からLINEが届いていた。
「おめでとさん。ちゃんと大切にしろよ」
彼は普段日付が変わる前に寝ているヤツだがこんな時間に起きているもんなのだろうか。付き合えたことに興奮冷めやらぬまま1人で飛び跳ねていたんだろう。そんな彼の姿が頭の中で思い浮かんだ。
工藤にもそんな勇気があったのか。上から目線だが小心者かと思っていた彼は意外と大胆だった。何故か工藤に負けた気分になっていた。今の自分と工藤とを照らし合わせると確実に彼の方が勝っている気がしてならなかった。
「あー、本当にこいつにもできたんだな」
起こしたばかりの体をまたベッドの上に仰向けになった。
当たり前だが冬の朝は寒かった。昔の人は「冬はつとめて」を「をかし」と感じたらしいが単純に寒いだけだ。昔の人はドMかよ。
少しの胸騒ぎを感じながらも何かと努力をしているのに報われない彼にもちゃんと春が来ていた。それに安心していたのは確かだった。
その日の部活での出来事だった。副部長の金山が珍しく来ていて背中に学校名が書いてある青色のウインドブレーカーを着て狭い部室でテニスラケットを持ちながら何か叫んでいた。
「金山、どうしたんだよ」
「コイツが俺の事サボりだと言ってきやがった」
金山の怒りの矛先は金山とよく考え方が似ていて気がよく会うが喧嘩をすれば金山と犬猿の仲のように睨み合い、啀み合う富澤だった。
「だってサボりだろ?副部長なのに部活をサボってバイトなんて。それで遊ぶ金稼いでるんだろ?」
「は?お前自分が何言ってるか分かるか?」
金山は眉間にシワを寄せ目付きを何か切れてしまうほど鋭くさせて、富澤に殴りかかろうとした。周りにいた部員で金山を全力で止めた。
「てめえ!殺してやる!殺してやる!」
金山の声は嗚咽混じりに変わっていた。
「やれるもんならやってみろよ!」
冬の寒い部室の中、怒号と罵声で非常に濁った嫌な空気になっていた。
部長の俺はただの傍観者になっていた。
1月の終わり頃、俺は世にいう音ゲーをするために1人であの街へと向かった。連日の積雪と気温が上がらないことからアスファルトが見えないくらいの氷が張っていたが、幸いなことにその日は空はどんよりとしているものの空から何かが降ってくることはなかった。この地域では今のような天気を「晴れた」と言う。
太陽が南中して少し経ってから電車に揺られながら銀世界へとなった田んぼをボーッと見つめていた。日を重ねる毎に頭痛と吐き気の症状は悪化していったが今日はそれほど症状が出ていなかった。部活が休みでその分気持ち的に安心しているのかもしれない。
俺は溜まっていたLINEを電車の中で返し、工藤には話題が切れたから「あの街に向かってる」とLINEした。そうしたら工藤から「俺も向かってる」と返ってきた。それに加えてもう1件LINEが来た。「彼女と一緒に」と。
「!?」
電車の中ということと驚きすぎて声も出なかった。「え、まじで?」と送ると「うん」立て続けに工藤から「彼女が雄太郎に会いたがってるんだけど」とすぐに返事が来た。
「!!??」
これから音ゲーしに行くのに!?ちょっと待てよ。
「ちょっと待てくれ」と送信すると工藤から「ドンキの18禁コーナーでも行くつもりだったん?」「そもそも1人?」と返信が来た。確かにドンキは合ってるし1人も合ってるけど…。「いや違う、音ゲーやろうと」「じゃあいいっしょ。隠すことなんもないし」「いや待て、オタクがバレる」「別にいいだろ」「良くねえよ」間もなく電車は終点に着こうとしていた。どうにでもなっちゃえ。俺は「分かった。ドンキのゲームコーナーにいる」と送信した。