同じクラスだった堂本
「部活、心配してる?」
「今は離れられて嬉しいかな。正直なこと言うと」
「やっぱ大変なんだね」
「まあ、そうだな」
前方には川の方向に沿って光の密集帯が広がっていた。
「私が雄太郎のために出来ることってある?」
「え?んー、」
「私、雄太郎のためなら何でもするよ」
「ありがとう」
空には大きな満月が本州から来た修学旅行生を照らしていた。
「3日目の午後、一緒に回ろう?」
「うん、いいよ」
みんなから外れてベンチに座ることは目立つと思っていたが案外夜景に気を取られて視線を感じることはなかった。
「ごめんな、心配かけて」
「ううん、いいの。ちゃんと思っていること話してくれて嬉しかったよ」
先生が生徒を集め始めた。下から見える風景に目を奪われた生徒が疎らと先生のもとへ集まり始めていた。
「じゃあ、またね」
「うん」
改めて俺が彼女に愛されていることを確認できた。それだけで満足で安心した。
下山している最中、前の方がザワついていた。
「なんか、前のクラスザワついているな」
「あれ、まさか」
「え?」
「俺、お前の背中を押す前にひと仕事やったんだ」
「どうゆうこと?」
「吐いた」
「……だからあんなにスッキリとした顔だったのか」
「ああ、気持ち良かったぜ」
「馬鹿たれ」
俺は軽く奥田の頭を叩いた。頼もしいやつかと思ったら動機が吐いてスッキリしたからというただの気分だったことに落胆した。やっぱり奥田はただの馬鹿だった。
その後、旅館へ泊まり翌日は班別研修で歴史建造物をめぐり、軍艦島へ。案の定、奥田は船酔いをし船上で海へリバースした。その翌日は午前中に原爆記念館で当時の長崎市内を写真で見た。
そして長崎市内から佐世保にあるテーマパークへバスで移動した。自由行動になった時、俺は理沙に連絡をして入口の前で待っていた。
「お待たせ」
「うん」
「じゃあ、行こっか」
疲労が溜まって身体の痺れと頭痛が激しくなった。それでも俺は理沙と一緒にいたからそれを感じさせないような振る舞いをした。
理沙と俺はいろんなアトラクションを体験して暗くなるまで一緒に遊んだ。
「ご飯何食べる?」
「んー、何でもいいかな」
「何でもいいってなによ」
理沙は俺を見て笑っていた。その奥にボーイッシュな服装をし、ショートヘアの1年のときに同じクラスだった堂本を見つけた。友だち3人と一緒に回っているようだった。弾けるような笑顔を振りまきながら俺らと反対方向に歩いて行った。
高校1年のはじめ頃、俺は春の陽気に誘われ授業中に寝てしまい、入学早々に恥をかいた。それに対して不機嫌になって昼休みに左側の窓を眺めながら右腕を枕にしてボーッと体勢を崩していた。
「桂馬くんって授業中に寝る人だったんですね」
その言葉にムッとしたが俺の鼻に入ってきた匂いは爽やかな香りだった。女の声ではあるが女子の出す甲高い声よりも1オクターブ低く落ち着いている声だった。
「今日はたまたまですよ」
前を見ていなくて姿を確認できなかったが前に立っている彼女は上品な声で笑っていた。
「あ、あの。LINE、交換してくれませんか?」
予想だにしなかった言葉を聞いて俺は前を振り向いた。髪が長くて制服を見本のように着こなし、顔立ちが整っているスレンダーな彼女が右手にスマホを持ちながら頬を赤らめていた。
「い、いいですよ」
俺はスマホを取り出して彼女とLINEを交換した。
「あ、私、堂本夏琳。よろしくね」
堂本ははにかみながら左手を降っていた。
「ねえ?」
理沙が背伸びをしながら俺と目線を合わせてきた。
「カレーとラーメンどっちがいいって聞いたじゃん?」
「ああ、ごめん」
「どっちがいいの?」
「ラーメンかな」
雄太郎の心に少し影がかかった。これが良いものか悪いものかこの時の雄太郎には分からなかった。