教科書に手を触れたとき
その後、お母さんに助けられて自分の部屋のベッドに辿り着いた。悪寒と吐き気でなかなか寝付けなかったが、その場から動けもしなかった。
それから授業中の居眠りのように浅い眠りを何度か繰り返していたら朝が来た。寝たら全回復!なんてことはなくてまだ左手の先は冷たくて痺れたままだった。
「おはよう。雄太郎、元気になったの?」
自分の部屋からリビングへ現れたらお母さんに話しかけられた。
「うん、大丈夫」
過去に「人は大丈夫じゃなくても大丈夫と言ってしまうものだ」と工藤が言っていたのを聞いたことがあるが、その通りだ。それ以外の言葉は発せなかったし思い浮かばなかった。
「今日朝ご飯はいいよ。時間がないし急ぐから」
「そう。じゃあおにぎり握るね」
お母さんは階上へ上がる俺にも聞こえるように大きな声で、響くように伝えてくれた。
一旦部屋に戻り、制服に着替えて、中身が昨日のままのリュックサックを今日から戻る日常に替えるために教科書を詰め込んだ。教科書に手を触れたとき「オエッ」と音がした。それは紛れもなく自分の口から吐いた音だった。
何も混み上がってこなかったが、まさか自分がこのタイミングで嗚咽をするとは思わず驚いた。
暫く身体が驚きのあまり動かなかったが、時計を見ると電車の時間まであと少しだった。驚いている時間もなく、リュックサックを持って家から飛び出した。
「桂馬君、今日の放課後時間取れる?」
朝のホームルームが終わってから担任が俺にそう話しかけた。
「うーん。顧問の先生に聞いてみます」
「もし時間が取れたら、AO入試の面接と作文の練習をしようと思うので職員室へ来てください」
「はい。分かりました」
「今、部活忙しい時期なのにごめんね。早めに終わらせるから」
「いえいえ、とんでもないです」
地区大会が終わって、頭の片隅にとりあえず置いておいたAO入試まで1ヶ月半を切っていた。「地区大会が終わったら面接と作文をやろう」と、担任が面談を終えて言っていた記憶があった。
昼休みにいつも通り顧問に呼ばれ、職員室へ行き、今日のことを説明した。
「そうですか。じゃあ今日は君が部活にいないんですね?」
「はい。少し遅れて部活へ行きます」
「そういうことなら部長代理を誰かに任せてください。そうじゃなきゃ認めないからな」
「分かりました」
顧問と話すと、見つめ合うと、自分の正直な気持ちが出て来なくなる。そんなニュアンスの曲が俺が生まれた頃にブレイクしたが、好きで嫌われるのが怖くて素直に話せない。ではなくて、独裁者に逆らって殺されるのが怖い奴隷のようで、素直に話せない。と似ているような気がした。
またふと頭の中で「生きている意味あるのかな」と思った。身体もそろそろ限界だ。精神的にも来ているのだろうか。それすらもよく分からないほど余裕なんて言葉が自分の中に存在しなかった。
また今日の昼休みもテニスコートへ出向いて雑務をするのであった。




