メトロノームのズレ
恐怖の朝はいつもやって来る。そして俺を殺そうと眩しい朝日を窓から照らしてくる。また今日も学校へ行かなければ、休日は部活へ行かなければと鉛のように重い身体を起こし、無機質な冷たさのあるフローリングに足をつける。
そんな生活から理沙のことは俺の中から消えていた。
もうここでケジメを付けるしかない。そう思って昨晩、2日ぶりに理沙にLINEを返した。『明日の帰りに2人で話したい事があるから一緒に帰ろう?』と送った。
これで合っているのか、正解を相談出来てフランクに言ってくれそうな工藤にもLINEを送った。『いいんじゃない?まあ、重くなってしまうのは仕方ないよな笑』と10分後に返ってきた。『これで来なかったら確信犯だろうな。けど、このLINEで来なくたって仕方ない笑』10点中4点といったところか。
これで朝を待つだけだ。彼女には本当に迷惑をかけた。辛い思いを沢山させた。でもこれで終わりだ。部屋の明かりを消してベッドに潜り込んで目を瞑ったら、彼女との思い出のシーンがフラッシュバックした。最初は同じテンポに設定したメトロノームのように、1寸の狂いなく規則正しく2人で音を合わせられていた。でも、どこかで違うテンポを刻み始めてどちらか片方が重りを下げて、どちらかが重りを上げたように、恐ろしいほど合わなくなってしまっていた。
「メトロノームは最初同じテンポでも、次第に合わなくなって、そのズレが積み重なって最終的には同じテンポを刻むようになる」誰かがそんなことを言っていた。だからズレが生じても、いつか一緒になるならその日を待とう。そんな気持ちで1年以上付き合っていた。でも、そのズレが最終的に同じテンポを刻む前に、俺が壊れてしまう方が先だと思った。
彼女には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。でも今の俺では彼女を幸せにすることも、俺自身が幸せになることもないだろう。どんな気持ちで受け止めるのだろうか。愛する人に裏切られたと思うのだろうか。それともやっと自由になれたと思うのだろうか。出来れば後者であって欲しい。
頭の中でグルグルと彼女のことを考えていたら、日付けが変わっていた。朝が足音を立てて自分の方へ近付いていた。
部活も終わり、俺は玄関前に1人で彼女を待っていた。彼女は生徒会の仕事があって遅れるとのこと。今日もまた、部活は早く終わっていた。
玄関からは部活を始めて間もなくて、部活が終わっても気を張っているような初々しい1年生が駅へ向かって行ったり、後輩ができて子分のように1年生を引き連れている2年生、そろそろ引退し、自分の進路について見つめなければいけない3年生は、部活でできた仲間と最後の思い出を作ろうと談笑しながら帰っていった。この中で誰ひとりとして身体が怠くて頭痛や目眩、手のしびれに悩まされている人なんていなさそうだった。
みんな体調に困っていることなんてなく、快活に生活を送っていた。どうして自分だけこんな目に遭っているんだろうか。原因は分からないが、自分の身体が蝕まれていっているのは確かだ。
立っていて倒れないように俺は壁に寄りかかる。迷彩柄のリュックが白く汚れる。そんなもんはお構いなし。倒れそうだから寄りかかっているだけだ。
そろそろ地区大会だというのに万全な状態とは程遠いし、むしろ悪くなっていた。
春も終わり、薄ピンク色の花が咲いたあの木は緑色の葉を生い茂らせていた。これから梅雨が来て夏が来る。曖昧な進路をはっきりさせなければ。そう思って待ちぼうけをしていた。




