お前ずっとこんなことをしていたのか?
「桂馬、団体戦のオーダー決めようぜ」
富澤がテニスコートの片付けをしていた俺を呼んだ。
「おけ〜」
俺は自分の学校が印刷されているボールを買い物カートの上に置いてある籠に入れて富澤達が待つベンチへと向かった。
「部長!何かやることありますか?」
両腕でボールを抱えながら1年生が2人、話しかけてきた。
「学校名書いてあるか確かめてからカートの籠とあっちにある青い籠に分けてね」
「え!マジすか?」
「俺ら全部あっちの籠に入れちゃいました…」
あっちの籠とは学校から持ってきたカートの籠だった。
「マジで?分かった。じゃあ協力して仕分けよう。他にゴッチャにして入れた籠は?」
俺は富澤の方向に顔を向けた。富澤は苦笑いして「俺らでやっとくから」と距離のある俺に聞こえるように大声で伝えてくれた。団体戦のメンバーには申し訳なかったが、俺は部長として1年生と一緒にボールを仕分けた。
最後の責任者はもちろん俺だ。「学校へ戻る」と言って学校と反対方向へ車を走らせた顧問に電話をした。
「もしもし」
『もしもし』
「今全員テニスコートから出て俺以外帰りました」
『そうか。ご苦労』
「先生、まだ俺らのテニスボールを学校に持っていかなきゃですが、それはどうすればいいでしょうか?」
『あ!そうだったな〜。忘れてた。もう酒飲んじゃったから運転できねぇや』
随分早い帰宅ですね〜。忙しいんじゃなかったんでしょうか?と、言ってやりたかった。でもそれは喉まで来てから何かに引っかかった感触がして、胃の中に引っ込んで溶けて言った。
『すまねぇけど学校のテニスコートまで運んでくれ。誰か他にいるのか?』
「いや。俺1人です」
『すまねぇな。じゃ、そゆことで』
テレビのバラエティ番組の笑い声を背景にした、酔っ払った独裁者の声は、通話終了のアイコンをタップしてスマホから流れなくなった。これからまた学校へ戻らなければならない。しかも今日は晴れていて自転車に乗って来ている。そんな状況でどうやって運ぶのか。もう一度かけ直して聞いてみたかった。
結局自転車はテニスコートに置いてきた。そしてテニスボールの乗った買い物カートを押して学校を目指した。
田んぼしかない学校までの道のりは数m感覚で電柱灯が置いてあるだけだった。
春が来たとはいえ手の指先が凍りそうなくらい冷たくなったのを感じた。
俺は1人でスマホを見ながら歩いた。時刻は午後7時15分を過ぎていた。カラカラと鳴る買い物カート。それをスマホを見ながら無心に学校の方向へと押していく。何もない田園には虫の声も聞こえない。土の匂いが鼻をくすぶるだけの農道だった。
「おい、大丈夫か。手伝うぜ」
後ろから声が聞こえてきて振り向いた。そこには富澤が暗闇の中立っていた。
「お前、ずっとこんなことをしていたのか?」
「まあ。部長だしそれくらいやって当たり前だからな」
「いや、俺らに言ってくれよ」
富澤がテニスボールを学校のテニスコートに置いてきて、俺が田んぼのど真ん中にあるテニスコートへ戻って自転車を取りに行った帰り道、いろんな気持ちが混ざったような声を富澤は出していた。
「気付かなかった俺も悪いけれど、1人で抱え込んだ雄太郎も悪いからな」
「ごめん」
「もっと言ってくれよ。俺も副部長だから」
それ以来、富澤は俯いたまま駅に着くまで言葉を発しなかった。




