「お前を信じているから」
田打しをした後の土の匂いが鼻に入ってきた。気付けば4月の中旬になっており、工藤も俺も最後の大会へ着々と足を進めていた。
「俺さ、理沙と別れようかと」
「えっ?」
「もちろんちゃんと考えた。その上でのこの決断だから」
「そうか……」
「お前には何度も惚気けたし彼女の話をした。でも今の状態で付き合っていることに申し訳なさがあるから別れた方がいいんじゃないか?って思い始めた」
彼は突然のことのようでずっと黙っていた。頭痛と吐き気が込み上げながらも自分の家の前で工藤と突っ立っていた。
「お前が決めたことだろ?じゃあ間違っていないんじゃないのか?」
「突然ですまんな」
「いや、俺に謝んな。ちゃんと彼女と納得するまで話すんだぞ。理不尽な別れ方は心にナイフを刺したまま逃げるようなことだからな」
「おう」
「お前を信じているから」
俺はこの言葉の意味がこの場では分からなかった。いつかこの言葉が分かるだろうとばかり思っていた。
俺はその晩に『話したいことがあるから明日一緒に帰ろう』と、理沙にLINEを送った。理沙からは『分かった。じゃあ18:25に玄関前ね』と返ってきた。
今日は工藤と久しぶりに話してスッキリとした感覚があった。そして改めて彼には尊敬の意を抱いた。そんな男を振った小さくて目のクリクリとしたあの女の気が知れなかった。少しアホなところ以外非の打ち所もない。もしそこと彼の常人とは違う感性を持っていることに冷めてしまったのなら致し方がないが俺が男だったらそんな部分は気にならない。
いや、もしかすると同性なら気にならないことも異性として見たら、恋人として見たら気になるのかもしれない。だから俺も1年数ヶ月の間、理沙に対してとても小さな不満が募った結果今更になって爆発したのかもしれない。そんなことを考えているだけで鈍器で頭を殴られ続けているような痛みが走った。俺はその痛みに耐えられずベッドに横になった。
また恐ろしい朝がやってきた。過去に人狼ゲームをやったことがあるが、そこでは『恐ろしい夜がやってきました』と画面上に書いてある。市民は人狼に殺されるかもしれない恐怖に怯え、人狼は昼に話し合いで自分が処刑されるかもしれない恐怖に怯える。ちなみに俺は何に怯えているのか?答えは分からないが俺は恐ろしい朝に怯えてベッドからなかなか出られなかった。あんなに強い頭痛故に眠りも浅く日が昇る何時間も前から目は覚めていた。しかし日が昇るのを窓から確認すると、ドラキュラが朝日を恐れるかの如く布団を被り、全身に寒気が走り震え出した。そんなことは露も知らず母親が起こしに部屋へやってくる。俺にはそれが鬼のように思えた。また今日もやってくるんだね。
「雄太郎、もう準備しないと間に合わないでしょ!早く起きな!」
「う、うーん……はーい」
気だるそうな声が自分の口から出てきた。そして俺はベッドからフローリングへ足をつける。あの無機質な冷たさが恐怖へ突き落とそうと企んでいるようにも思えた。また今日も生きてしまった。できることなら眠りながら死んでしまいたかった。




