REPORT 1
二話目です。
これからもどんどんいきます。
コポコポと静かな部屋で給湯器が音を立てている。
僕は火を入れたばかりの暖炉のそばで椅子に座り、お湯の沸騰を待っていた。
時間を潰そうと応接用のテーブルの上に新聞を広げるが、僕は満足に読めなかった。
理解できたのは今日が大陸歴1895年の冬の月の7日であり、ついに東部大陸と北部大陸間で平和協定が結ばれたということだけで、自分の語学力のなさをまた改めて痛感する。
「あれからもう一年だっていうのに、一体僕は何をやってんだろうな…」
そしてまた新聞に目を落とす。紙面では立派なスーツに包まれた男二人が握手をしていた。
突然に甲高い音がして驚きかけたが、給湯器かと納得し火を止めて、茶葉を入れておいたティーポットに熱いお湯を注ぐ。まだ冷たい部屋の中で白く湯気が上がる。
茶葉はサンロマン産のもの、所長のお気に入りである。
湯気に少し遅れてその匂いが広がった。甘い柑橘系の香りだ。
時計の針はもうすぐ7時だし、起こしに行こうかと思った時だった。
事務所の扉が開いて、彼女は入ってきた。
「おはようございます、猫屋敷さん」
と声をかける。彼女もこちらを向き返事を返してくれる。
「おはよう少年君、早いんだね。
先にきて紅茶を用意してくれるなんて、なかなか気が利いてる」
黒い髪をショートカットにした猫屋敷さんは部屋の奥にある専用の椅子に沈み込む。
格式の高そうな赤いクッションと木製の肘掛けが彼女の上品さを表している。
「今朝は少し遅かったですけど、珍しいですね」
僕はなんとなくの疑問を問いかけてみた。
「昨夜はね、ちょっと調べ物をしてて書斎にいたんだよ。気がついたら日付けが変わってて慌ててベッドに潜り込んだんだ」
「そうなんですか? 言ってくれたら僕も…って字が読めないから無理でした」
この国に移ってきて一年の間に会話はなんとかできるようになってきた僕だが、筆記の方は全くダメで、勉強はしているもののなかなか上手くいっていない。
「気持ちだけ受け取っておくよ、ありがと少年。
それに私は君が紅茶を淹れてくれるだけで十分に助かってるんだ」
「軍に入る前の茶摘みの経験がこうして生かされるとは思ってもみませんでしたが、猫屋敷さんが喜んでくれるならいつでも淹れますよ。
まだ寒くなるみたいですし、今度は南部大陸のお茶が美味しくなりますから今度は少し違う趣向もいいんじゃないですか?」
ここ東部大陸の南の南部大陸、その地の茶葉は冬になると美味しくなるのだ。
「へえ、じゃそうしようか。
南部の紅茶は久しぶりかな。またいいものを仕入れておいてね」
茶葉の仕入れ、これは店で買うのではなく知り合いの茶葉商人から直接買い付けているのだ。香り、味わいを引き上げるための工夫の一つ。
「それはそうと猫屋敷さん、今日は依頼は入ってないんですか?
先日の地質調査の依頼から日が経ってますが…」
「大丈夫、依頼なら昨日入ったんだ。
新聞は…、ああそれか、うんうん聞いていた通りだね。
それはもうみた?」
と猫屋敷さんが僕の前に広げられた新聞を指す。指した先には大きな写真があり、それはさっき見た平和協定の記事だった。
「……、一応目は通しましたが、平和協定が結ばれたってことぐらいしかわかりませんでした。
あの、聞いていた通りっていうのは…?」
「今回の依頼だよ。
依頼主からすでに話は聞いていたんだ。
依頼主はここサンロマンの政府で、内容はあるレポートを探すこと」
「レポートですか?」
「そう、それはなんでもあってはいけないものらしくてね、平和協定の邪魔になるものなんだってさ。
レポートを探してこっちに渡せっていうのが向こうの依頼なんだよ」
「なるほど……。
でもそういうレポートって普通厳重に管理しているものなんじゃないですか?
えっと、バレてはいけないもの、なんですよね?」
機密に当たる単語を知らなかったので少し変な表現になったが、僕の疑問は伝わっただろう。
ちょうど蒸らし終わったポットからカップに紅茶を注ぎ、猫屋敷さんの前へ置く。
細い指をカップに伸ばし上品に紅茶を飲む猫屋敷さん、美味しいよと僕をねぎらいまたカップを机に戻した。
「本当なら然るべき場所で管理するものだよ。
だけどこのレポートはそうじゃなくって、十年前の大戦期に紛失してるんだ」
大戦というのはすなわち、10年前に一応の終結をみた第四次大陸間戦争のこと。
これは東部と北部大陸で行われた戦争で、歴史上最も死者が出たものだ。
まだ各地でにらみ合いが続いていて、未だ終結し切ったとはいえない。
「紛失?」
「そう。そのレポートは対戦中の東部大陸側の戦況、作戦と発明した新型兵器をまとめたものらしいんだけどね、特にその新型兵器関連は見れば国の科学力、技術力が丸分かりになってしまうものだから、たとえ協定を結んでも見つかったら不味いんだ。
当時そのレポートをまとめた研究所の所長はそのレポートをなんらかの形で残して、大戦が終わる直前に手ばなしたんだそうだよ」
「それは、また、なんというか厄介で迷惑な話ですね」
「本当にそうだよって言いたいとこなんだけどね、それで私に仕事ができるならそうともいえないでしょ。
そういうわけで少年、仕事だよ。
今回の依頼は紛失したレポートの捜索、最悪の場合は」
と少し悪い顔をして猫屋敷さんは、
「その破壊だ」
とこういった。