衝動
「おい!ぼさっとしてんじゃねぇ!このゴミクズが!」
いつにも増して、キツい親方の怒鳴り声。それもそのはず、ただでさえ俺たち労働者を見下している親方なのに、今日の俺は1日中、上の空だった。あのギター男の言葉が頭から離れない。俺はこんな所で何をしているだろう?という疑問が拭えない。何のために働くのだろうと。
仕事が一段落し、休憩の時、同僚に聞いてみた。
「お前は一体何のために働いてる?」
すると笑いながら
「そんなの、明日を生きるためだよ。決まってんだろ?」
「いや、そうじゃなくて、それ以外にしたい事とかって事さ。」
「うーん、そんなもんねぇよ。俺たち労働者は明日明後日生きるためにただ働くだけだ。そこに何かの意味なんてない。ただ生きるためだけだ。」
今まで俺なら違いねぇと頷き、せっせと仕事に戻るだろう。
でも今は違う。あの男みたいな煌びやかでなくても、楽しそうに生きたい。そうするためにはどうすればいいか誰も答えてくれない。と言うよりも、誰も知らないと言った方が正解なのだろう。皆、自分が何をすればいいのかわからない。だから、とりあえず生きている。
でも、それではきっとダメになるって気がして、やっぱり仕事が手につかず、上の空で親方に叱られるのだった。
それからしばらくして、またあのバーへと足を運び、いつもの席で、いつもの酒を頼む。一ついつもと違うのは、あのギター男がいないということだった。
「マスター、今日はあのギター男いないのかい?」
「そうなんだ。しばらくは戻ってこられないと言っていたよ。あの人はあちこちにファンがいるんだ。だから、ツアーみたいなものなんだろうね。」
まるでテレビやラジオで華々しく、活躍するロックスターの話を聞いたような気がした。あの男は何となく凄いのでは無く、確かに凄いという事を実感させられた。
そして、目的がなくなったので、勘定をしているとき、マスターに一つ提案をされた。
「君、あの人に憧れてるだろう?」
「うーん、あの男みたいな生き方がしたい。でもどうすればいいかわからないんだ。」
「簡単なことだよ。君のしたいようにすればいいんだ。」
「それがわかれば苦労しないよ。」
「本当にそうかい?僕でも君のしたがっている事は分かるよ?」
俺のしたい事。あの男みたいな生き方。帰り道で悶々とした時、ショーウィンドウにギターが飾られている店を見つけた。
その時、何か電流が流れたような衝動で、勝手に店に入り、気がつけばギターを買っていた。自分でも訳が分からなかったが、本能がそうさせたような感覚だった。そして、不思議と高揚感が増していき、気がつけば、家路に向かって走り、一緒に買ったギターの本を読みながら、練習を始めた。
これが俺の人生を変える瞬間だった。